夜、修行場で
レイジ達は夜の10時にいつもの修行場にやってきた。辺りは木々に囲まれて、唯一月の光が照らされるレイジたちの修行場には人の気配は無く、ただ風に吹かれて葉がこすれる音だけが鳴っていた。
「...誰もいないな。」
レイジは辺りを確認しながら言った。その瞬間、目の前の木々の間から人の姿が現れた。それはフォルキットとアルバートだった。
「おお!来てくれましたか!皆さんお揃いで!」
フォルキットは嬉しさがにじみ出ているような、少しウキウキとした様子で近づいてきた。そしてフォルキットとアルバートはレイジたちの前に立ち、レイジは聞いた。
「それで、どうしてこんな時間に?何か大事な用事に思えるが...?」
レイジに聞かれてフォルキットは「ええ。」とうなずいて少し重苦しい表情を浮かべながら重たい口を開いて話し始めた。
「...実は、レイジさんたちにお願いがあるのです。」
「お願い?」
「ええ。お願いとはドナルドに関してのことです。」
「ドナルドか...」
レイジは予想通りの内容だと思い、あまり驚かなかった。そしてフォルキットは話を続けた。
「そうなんです。まあ、お願いと言っても、少し変なのですが...次の公式戦でドナルドを倒して欲しいのです!」
フォルキットの発言にレイジは驚いた。
「ええ!?ど、ドナルドを倒して欲しい!?」
レイジは驚きながらも心の中で思った。
『ドナルドを倒して欲しいって...なんかマスターブラックの頼みも同じ感じだったな。確かマスターブラックの孫を倒して欲しいみたいな...まさかそこが被るとはな。正直、それは予想してなかったな...』
レイジは心の中でそう思いながらもフォルキットの言葉を聞いていた。
「ええ。そうなんです。...おそらくレイジさんたちは気づかなかったでしょうが、ドナルドはもう見てられないほどに弱っているのです。」
「弱っている?」
「ええ。それは肉体的にも精神的にも弱っているのです。おそらく、まだファーザーの死を乗り越えられていないのだと思われます。」
「...ファーザーの死か。」
「ええ、あなたたちの前では...というか、私たちの前ですら、ドナルドは弱みを見せられなくなっているのです。まあ、元々弱みを見せるタイプでは無かったのですが、今までは辛くなったら私たちを頼ることができていたのです。しかし最近はそれすら出来ずにいます。」
「そうか...そんなにひどい精神状態なのか?俺はあんまり感じなかったけどな。」
「ええ。何しろユダが奇襲を仕掛けてきたときに、私たちに『手を出すな!』と言って一騎打ちを挑むほどですからね。昔のドナルドなら必ず『全員で倒すぞ!』と言っていた場面でしたからね。」
フォルキットの言葉にアルバートはうなずいて言った。
「ああ。そうだな。ドナルドは頭のいいやつだ。ファーザーみたいな脳筋な闘い方はあまり好まない性格だったからな。そんなドナルドがファーザーみたいな闘い方をしているのは明らかに間違っている。あいつの良いところが失われていっているんだ。だからユダなんかと相打ちになっちまう。3対1で挑んでいれば確実に勝っていた場面だった。」
「そ、そうか...確かに、数の有利を活かさないのは切れ者のドナルドらしくないな...。でも、なんでそんなドナルドを俺が倒さなきゃいけないんだ?話を聞く限り、俺が倒しても解決にならない気がするんだが...」
レイジの言葉にフォルキットは深くうなずいてから重たい口を開いた。
「...正直、私もそれが最善の方法だとは思っていませんよ。でも、どれだけドナルドと話し合ってもわかってもらえなかったんですよ。何を言っても『ファーザーだったらこうするから』と言って考えることを放棄してしまっているのです。ですから!レイジさんたちの誰でもいい。とにかくドナルドを倒してドナルドの考えが間違っていることを教えてあげて欲しいのです!」
フォルキットはそう言いながら地面に膝をついて両手を置き、深々と頭を下げて地面にこすりつけた。その誠心誠意な態度にレイジは驚いた。
「お、おい!?そんなに頭下げるなって!...断りづらいじゃねーか。」
レイジは頭をポリポリとかいてそう言った。そして悩んだ末に答えた。
「うーん、まあ、言いたいことは分かった。でも、俺はあんまり気乗りしないな。逆効果になりそうで怖いんだが。それに、そもそも俺がドナルドに勝てるとも思えないしなー。」
レイジは困った表情を浮かべた。フォルキットは頭を下げ続けて頼んだ。
「お願い致します!!間違えていたとしてもやっていただきたいのです!もうドナルドを説得するには劇薬しか無いのです!!お願い致します!!!」
フォルキットは地面に額をこすりつけ、必死に頼み込んだ。そのあまりにも必死な様子を見てレイジは乗り気にはなれなかったものの、承諾するしか無かった。
「...ああ。わかったわかった!やるよ。全力で戦うから!だから頭を上げてくれよ。」
レイジの言葉を聞いてフォルキットはパアッと明るい表情になった。
「ああ!ありがとうございます!いやー!もうレイジさんたちにしか頼むことができなくて...」
フォルキットのお礼の言葉を全て聞く前にレイジはさえぎって話し始めた。
「ああー!でも約束はできないぞ?確か公式戦ってトーナメント形式だったよな?だからもしドナルドと当たったらって話だからな?そん時は全力で戦うって話だからな!」
「ええ!ええ!!もちろんそれで十分です!ありがとうございます!」
フォルキットは再び頭を地面にこすりつけて感謝の言葉を述べた。それを見たレイジはなんだか複雑な気持ちになった。
『うーん、必死に頼まれたから承諾したけど、難しいだろうなー。いくら俺が波動拳を学んだからと言ってドナルドに勝てるかは微妙だしなー。姉御いわく、俺よりも強いって話だしなー。...まあ、どうせトーナメントで当たる可能性は薄いか。ならまあ、いっか。』
レイジは頭の中でそう考えて一旦承諾した。フォルキットは立ち上がってレイジの手を握って伝えた。
「では公式戦、楽しみにしております!」
フォルキットはそう言い、そしてアルバートも嬉しそうにフッと笑ってレイジの手を握った。
「ありがとな。レイジ。俺たちのわがままに付き合ってくれて。まあ、もしドナルドに勝てたらなんでもお礼をするぞ。何か欲しいものはあるか?」
アルバートに聞かれてレイジは少しの間考えて困り眉に引きつった口元で言った。
「...じゃあ、魔王倒してくれ。そんで、平和にしてくれ。そうすりゃ俺だって別に強くなろうなんて頑張んなくていいんだから。」
レイジの願いを聞いてアルバートはキョトンとした表情になり、そして数秒後に大きく口をあけて笑った。
「ハーーーーーッハッハッハッハ!!!そうか!!そんなに努力が嫌いか!!?こりゃ面白いなぁ!!ハーーーーーッハッハッハ!!!」
アルバートはそう言って大笑いした。そしてひとしきり笑い終えたときにレイジに言った。
「...なるほどなぁ。俺じゃあその願いをかなえることは出来ねーが、まあ、俺たちルドラータファミリーとこれからも仲良くしてくれたら、一緒に共闘して魔王を倒そうじゃねーか。正直、マフィアタウンを取り返すだけなら魔王退治なんかしなくてもいいんだが、お前が必要としてくれるなら、俺たちも全力で魔王退治をしよう。」
「うーん。確かに、それでいいな。報酬は。だがドナルドは説得できるのか?マフィアタウンを取り戻すまで絶対協力なんかしてくれないだろう?」
レイジの質問にフォルキットは答えた。
「そうですね。たぶん協力しないと思います。それがレイジさん以外の人ならね。」
「俺以外の人?」
「ええ。ドナルドはレイジさんのことをとても気に入っておられますよ。ゴゴさんと同様にね。」
「...ゴゴと同様...」
レイジはその言葉に少し複雑だった。レイジにとってゴゴは自身とは何もかも正反対な人間だと感じていたからである。そんなレイジの反応にフォルキットはフッと笑った。
「まあ、ゴゴさんとレイジさんの性質は正反対かもしれませんが、どちらもドナルドが好きになる要素をお持ちですのでね。ゴゴさんは勇猛さと戦闘狂な所。レイジさんは強さと賢さと素直さですね。」
「素直?俺が?」
「ええ。私も拷問担当として人を見る目は養ってきた方ですからね。少し会って話をすればその人がどんな人でどういう拷問が一番効果的かを見極められますからね。そんな私の目から見ればレイジさんはとても素直な人だと感じますよ?」
「...そうか。でも、俺は別に自分のこと素直だとは思ってねーけどな。」
「フフフ。案外、自分のことは気づかないものですよ。レイジさんは思ったことをちゃんと言ってくれますからね。先ほどのドナルドを倒して欲しいという要望にも、倒すから安心しろとは言わず、倒せるかわからないが全力を出すと言ってくださいましたね。そういう所が素直だと思いましたよ。」
フォルキットに言われてレイジはなんだかむずがゆくなってきた。
「な、なんか、恥ずかしいな。まあ、そんなことは置いといて、ドナルドが俺を気に入っているから俺がお願いしたら魔王退治を手伝ってくれるってのはどういう事なんだ?」
「おっと、そうでしたね。その理由はドナルドの性格ですね。ドナルドは本当に義理堅い男です。受けたものは恩だろうが仇だろうが全て返す男なんですよ。だからマフィアタウンで命をかけて手伝ってもらった恩を必ず返します。だからレイジさんのお願いなら聞いてくれると思いますよ。」
「...まあ、確かに、そんな気はしたな。ドナルドは見た目とか話し方とか怖いけど、そういう所はキッチリとしている感じあるなー。」
「そうなんですよ。」
レイジの言葉にフォルキットはうんうんと頷きながら言った。そしてレイジはうなずいて答えた。
「まあ、分かった。ドナルドに勝てるかはわからないけどやるだけやるよ。その代わり、もし勝てたら本当に魔王討伐に付き合ってもらうからな。」
「はい!もちろんでございますよ!」
「うん。じゃあ今日はもう眠いから寝る。またな。」
レイジは目をこすりながらそう言った。フォルキットは笑顔で返した。
「ええ!それでは公式戦を楽しみにしておりますよ!」
フォルキットはそう言って手を振ってアルバートとともに山の方へと消えていった。それを見たレイジは疑問に思った。
「あれ?バトルマスタータウンの宿屋に行くのかと思ったが、野宿か?」
レイジの疑問に姉御が答えた。
「まあ、おそらくユダの追撃を警戒してのことだろうね。ユダには透明になれる能力があるからね。居場所を特定されないために宿屋は使っていないんだろうね。」
「なるほどなー。...ユダか。あいつも何考えてんのかわかんねー奴だしなー。なんつーか、真面目に魔王を倒そうとしてる勇者ってブレイブだけか?いや、ハニーも一応真面目にやってるのか?」
レイジはネネの方を見た。ネネは少し考えて答えた。
「...私も真面目にやっているというよりも、やるしかないから仕方なくやるっていう、諦めの覚悟ね。たぶん楽しんでやっているのはブレイブだけじゃないかしら?」
「うーん。そうだよなぁ。なんで俺たちなんだろうな?って、何回考えてもわかんねーけど。ああー!これわかったらスッキリするんだろうなー!俺の予想は完全に運!たまたま勇者の装備を触ったから勇者の力が流れ込んできただけだと思う!」
レイジは自身の予想を言った。それにあんこは呆れるようなため息をついた。
「あーあ。また始まった!レイジの変な予想!理由なんて何でもいいってー!平和のために頑張ろうよー!」
「あー。分かった分かった。てか分かってる分かってるって!まあまあ頑張るから。」
レイジは面倒くさそうに返事をした。あんこはムスーッと頬を膨らませて怒った。