赤紫色の霧の中⑥
ゴゴは今まで通り一直線に近づきその丸太のように大きな腕を目一杯振りまくった。色兎とエロマはその攻撃をかわしながらも確実に感じることがあった。
『ゴゴの動きが、鈍くなっている...!?』
2人はゴゴがさすがに限界に達していることを察して今までのような避けることだけを考える闘い方から少しづつ、反撃を与える闘い方へと変化していった。それはゴゴが一番よく理解していた。
『クソッ!色兎とエロマは完全に俺の動きが鈍い事を察して反撃に出てきている...!スタミナには抜群の自信があったが、さすがにダメージを受けすぎたな...。これは、このままちんたらやってる時間はねぇ!一気に終わらせる!!』
ゴゴはそう思い、攻撃の手を止めて一旦色兎達から距離を取った。その行動に色兎達は困惑した。
『あのゴゴが攻めの手を止めた...?何か考えがあるの?それとも、諦めた?』
色兎はゴゴの行動に様々な理由を考えた。そしてエロマは色兎に話しかけた。
「ねぇ、色兎ちゃん。ゴゴくんはもう相当限界みたいね。でも、油断はしちゃいけないわよ?いくら今までよりも動きが鈍いからって、あの攻撃が当たったらあたしたちも立ち上がれないからね。」
「た、確かに!エロマちゃん、ありがと!すっかり油断してた!そうだよね!」
色兎は感謝をエロマに伝えた。エロマは微笑んでうなずいた。そしてゴゴは色兎とエロマに聞いた。
「なあ、色兎とエロマ。俺は今から卑怯な手を使う!悪いが、覚悟しておけ!!」
ゴゴは正々堂々とした態度でそう言い、魂の力を全力で解放し始めた。色兎とエロマはゴゴから発せられる魂の力に、ビリビリとしたものをその肌で感じ取りゴゴの発言が嘘ではない事を感じた。
「ま、まだこんな力を出せるの...?どうやらゴゴくんは私たちが想像していた以上に化け物なのね。ここで決着をつけないと、魔王様の作戦に支障が出そうね。...というかもう出てるのよね。」
エロマは心で思ったことを独り言のように吐き出しながら言った。それを聞いていた色兎もうなずいて同調した。
「そうだね!今後の為にも、恨みはないけど倒させてもらうよ!!」
色兎はそう言うと残った力を全て出し切る気持ちでゴゴの前に立ちふさがり、右手を握って構えた。エロマも色兎と同様に痛みと疲れでクタクタな体に鞭打って力を振り絞り構えた。そしてゴゴは叫んだ。
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゴゴは叫び終えると同時になんと、自身の左腕を自身の右手で爪を立てながら握り、そのまま力いっぱい左腕の肉を引きちぎった。その奇行に色兎とエロマは戦慄した。
「な、何なの!?何をしているの!?」
エロマは訳も分からず動揺した。そして色兎は唖然として言葉も出なかった。そんな2人をまるで気にもせずにゴゴは狂ったように笑い、その自身の肉片を色兎に向けて投げ飛ばした。肉片は血を周囲にまき散らしながら色兎へと向かって行く。色兎は気味悪がってその肉片を避けたが、まき散らされている血が色兎の胸に付いた。その瞬間、ゴゴはニィッと笑った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゴゴは再び叫ぶと自身の右手をグイィッと後ろへと引いた。するとその瞬間、色兎の体は何かに引っ張られるようにして動き出した。そして色兎は理解不能のまま足が地面から離れ放物線を描くようにしてゴゴの元へと引き寄せら始めた。
「「えっ!!?」」
色兎とエロマは2人とも同じ声を出して驚いた。そしてエロマは色兎とゴゴの間に何か赤い糸のようなものがあることに気づいた。エロマはそれを認識してようやく理解した。
「あの赤いの...ゴゴくんの血だ!?」
エロマがその言葉を言い、色兎はそれを聞いてその時に理解した。そしてゴゴは叫びながら言った。
「その通りいいいいい!!!俺の能力は『くっつける』能力!!!俺は!!自分の肉片とそれに連なる血を自分の右手にくっつけて粘着ロープみたいにしたんだああああ!!!そして!!!この一撃ですべてを終わらせる!!!」
ゴゴはそう叫ぶと自身の右腕を天高く掲げ、フゥーッと息を吐いて歯を食いしばり、右手を強く握りしめた。
「力技拳奥義、ビッグ...ボム...」
ゴゴがそう言い終えるとゴゴの右腕はまるで爆発したかのように膨れ上がり、その大きさはゴゴの身長を超え、その太さはゴゴの体格を超えた。その状態になった瞬間、風がゴゴの周囲へと吸い込まれるように風向きが変わった。そして色兎は空中でどうする事も出来ない状況で悟った。
『...あ、あんなの喰らったら、絶対、死んじゃう...!!』
色兎は空中でもがいたが、ゴゴの血の粘着ロープはどうやっても剥がすことができず、『死』というイメージが頭の中を支配した。そしてそれを見ていたエロマはドクンドクンと心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
『ど、どうしよう!!?どうしたらいいの!!?私が色兎ちゃんを引っ張ればいける...?いえムリ!!!引っ張ったところでゴゴの脚力なら一瞬で間合いを詰められる!!私がゴゴを攻撃しても絶対ムリ!!ゴゴが私の攻撃で止まるわけない!!!...こうなったら、私がやれることはひとつしかない!!!』
エロマは覚悟を決めて色兎とゴゴの間に割って入り、色兎を攻撃して弾き飛ばした。色兎はエロマが身代わりになろうとしていることを察して弾き飛ばされながらも必死に手を伸ばした。
「エロマちゃん!!!!!」
エロマは目に涙を浮かべながらガチガチと震える口で色兎に言った。
「色兎ちゃん!...元気で...!」
エロマは最後に聖母のような笑顔を見せてその場で立ち尽くした。そしてゴゴは地面が割れるほどの勢いで踏み込んでから右手を振りかぶった。
「ボンバーーーーー...シューーーーーーーーーーーーートーーーーーーーーーーーーー!!!!!...っといきたいところだが!!!」
ゴゴはそう言って振りかぶっていた右手では無く左手でエロマの首筋をトンッと叩いてエロマを気絶させた。そして肥大化した右腕をゆっくりと解除した。右腕からは白い蒸気が勢いよく出ながら元の大きさへと戻った。そしてゴゴはフゥーッと息を吐いた。
「殺しはダメだって言われてるからな!卑怯だが、エロマの後ろを取るために色兎を狙ったふりをした!クソォッ!!!!!俺はこんな方法でしか勝てねーのか!!!」
ゴゴは叫びながら言った。そして色兎はお尻から地面に着地して尻もちをついた体勢になった。
「え、エロマちゃん!!エロマちゃん!!!」
色兎はそこから四つん這いの体勢になってエロマに近づいていった。だがその前にゴゴが立ちふさがった。
「さぁ!!最後だ!!!色兎!!!1対1だ!!俺の右手はもう使いもんにならねー!!片腕しか使えねーってのは同じ条件だ!!!さぁ!!!闘えええええええええ!!!!!」
ゴゴは色兎に向かって叫んだ。しかし色兎はすでに戦意を喪失しており、ゴゴの足の間をすり抜けてエロマの無事を確かめに行った。
「エロマちゃん!エロマちゃん!!!」
色兎の呼びかけにエロマは「うーん」と寝ぼけているかのようなあいまいな返事をした。それを聞いた瞬間、色兎はホッとして目から大粒の涙がポロポロと頬を伝って落ちた。
「エロマちゃん...!!よかった...本当に良かった...!」
色兎はエロマをギュッと抱きしめて涙を流しながら喜んだ。それを見ていたゴゴは色兎に闘う意思が感じられずに、シュンとした。
「...なんだよ、もう終わりかよ...せっかく...これから...だってんのに...」
ゴゴはそう言いながら頭がぼんやりとし始め、体がフラフラとし始めそのまま後ろへと倒れた。色兎は驚いてゴゴの方を見た。ゴゴは目が虚ろになり口を半開きにさせたまま浅く呼吸をしていた。
「...ちょ、ちょっと?ゴゴ?...えぇーっと...大丈夫?」
色兎は倒れたゴゴに近づいた。ゴゴはまるで死人のようにピクリとも動かなかった。そして色兎はどうしようかと考えていた時にレイジたちがゴゴの元へと到着した。
「ゴゴ!!?」
レイジは誰よりも早くゴゴの元へと駆け付けた。そして色兎は何故レイジたちがここにいるのか不思議だった。
『どうして勇者候補のレイジがここにいるの!?エロマちゃんの霧の中は常人には耐えられないはずなのに...あっ!!』
色兎は理解した。エロマが気絶してしまったので霧が晴れてしまったのだと。涙で視界が確保できなかった状態では理解するのに時間がかかってしまったのだ。そして色兎は自身のパワーもだんだん元に戻っていくのを感じた。
『まずい!ラブミストで発情してないから私のパワーも元に戻ってく!?ど、どうしよう...!?これ、逃げられないよね...?』
色兎はまさに追い詰められたウサギのように、ブルブルと震えて怖がっていた。しかしその瞬間、空からウィンドが色兎の前に降り立った。
「はぁ、はぁ、霧が晴れていましたから、まさかと思い来てみましたら、まさかやられているとは...。」
ウィンドは息を切らしながら言った。そしてレイジたちはバッと後ろへと跳んでウィンドとの距離を取った。そしてウィンドを追いかけてきたドナルドとも出会った。
「ど、ドナルド!?なんでお前までいるんだ!?」
レイジはドナルドの登場に驚いた。ドナルドはイライラした表情で答えた。
「はぁ、はぁ、こいつが俺との闘いを放棄して逃げ出したからな。追いかけてきた。」
「ああ。まあ、そこも聞きたかったけど...」
レイジは何故ドナルドがバトルマスタータウンにいるのかを聞いたが、帰ってきた答えはレイジの求めていた答えと違い少し戸惑っていた。しかしレイジは今はそれ以上にウィンドとの闘いに集中しようと思い、一旦ドナルドへの疑問を置いておいた。ウィンドは周りを見回してから話し始めた。
「これは...さすがに勝てる気がしませんね。かといって、この2人を連れて逃げることも出来なさそうですね。...これはー...まずい状況ですね。」
ウィンドは冷や汗がタラ―ッと額に垂れながら言った。レイジはうなずいた。
「まあ、ね。魔王軍四天王の1人を確実につぶせるチャンスをみすみす逃すわけはねーな。」
「フフフ。そうですねぇ。わたくしも同じ状況でしたら見逃しませんですからね。...ここは、仕方ありません。正直、あなたたちに見せるのは絶対やめて欲しいと魔王様に言われていましたがね...」
ウィンドはそう言いながら左手に付けていた腕時計を操作し始めた。するとその瞬間、ウィンドと色兎とエロマの周りに黄色くぽわぁっと光る球状のバリアのようなものが張られた。レイジは見たことも無いものに驚いた。
「な、なんだ!?この黄色い膜みたいなやつ!?...シールドか?いや、たぶん違う気がする...な、なんだ?なんなんだ!?」
レイジは何故か湧き上がる感情を抑えられずにいた。気が付くとレイジは目にいっぱいの涙を浮かべていた。それは姉御も同じだった。
「な、何だい!?どうしてこの黄色い光を見ていると、こんなにも...こんなにも...!?」
姉御は胸をギュッと握って高鳴る感情を抑えようとした。その姉御とレイジの異常にあんこ、昆布、ネネ、ヤミナは驚いて困惑した。
「え!?レイジ!?姉御ちゃん!?どうしたの!?あ、あのウィンドってやつに何かされたの!?」
あんこは姉御の肩に触れて聞いた。姉御はただ呼吸を荒くしていた。それを見たウィンドは驚きながらも納得していた。
「...なるほど。あなたたちだけ反応するのですね。...なんだか、ずるいですね。」
ウィンドは少し嫉妬したような反応をした。そしてウィンドは人差し指と中指を立てておでこからピッと動かして言った。
「それではみなさん。ごきげんよう。」
ウィンドがそう言うとなんとウィンドたちは一瞬にしてその場からいなくなった。それを見たドナルドは驚きを隠せなかった。
「な、何!?なんだ!?どこへ行った!?...透明化か?いや、違うな。これは、完全にこの場からいなくなっている...瞬間移動とでも言うのか...?」
ドナルドは考えてみたが全く理解できず「クソッ!」と悪態をついた。それに対してヤミナはビクッと驚きながらも小声で独り言を言った。
「た、確かに。レーダーで調べてもなんにも反応ない...き、消えちゃった...」
ヤミナは持っていたノートパソコンのようなものを確認しながら言った。そしてレイジはようやく気持ちが落ち着いてゆっくりと立ち上がりゴゴの元へと駆け寄った。
「う、うぅ、ゴゴ。だ、大丈夫か?」
レイジの呼びかけにゴゴはガバッと起き上がった。
「お、おお!!レイジ!!来てくれたか!?気をつけろ!色兎って奴とウィンドがまだ闘える状態だぞ!...って、あれ?色兎とエロマは?」
ゴゴは色兎とエロマがいたはずの場所をキョロキョロと見て言った。レイジはとりあえずゴゴの無事にホッと胸をなでおろしてからゴゴに言った。
「...無事でよかった。話はとりあえずバトルマスタータウンに戻ってからにしよう。それより、サライヤンはどこ行ったんだ?」
レイジの言葉に全員がキョロキョロと周囲を確認したがサライヤンの姿は見えなかった。そしてゴゴが言った。
「まあ、あいつならどうせ俺に会いに来るだろう。いったん帰ろう。さすがに今回のは...死にかけたな。」
ゴゴはそう言ってフラフラになりながら歩き出した。レイジはとっさに肩を貸した。
「おっと!大丈夫か?いや、大丈夫じゃないな。左手もえぐられているらしいしな。肩貸すぞ?」
レイジはゴゴの右手を持ち上げて自身の肩にかけて言った。そして昆布もゴゴの左手を持ち上げて肩にかけた。
「拙者の肩も貸すぞ?ゴゴ。音を聞いているだけで相当暴れてるのが分かったからな!」
ゴゴはハッハッハと疲れ切った声色で笑った。
「ありがとな、レイジ、昆布。」
ゴゴは感謝の言葉を言ってゆっくりとバトルマスタータウンに向かって歩き出した。