赤紫色の霧④
ゴゴと色兎はお互いににらみ合い、不敵に笑って同時にその距離を詰めた。
「はああああああああああああ!!!」
ゴゴは右手を振りかぶり、自身の間合いに入ると同時にその拳を振り抜いた。色兎は華麗にその拳を右に体を傾けて避け、右足を踏み込み力の乗った拳をゴゴの腹にぶち込んだ。
「ガハァッ!?」
ゴゴは内臓が飛び出るかと思うほどの威力に口から血を吐き出しながらも、左手で色兎を掴もうと腕を振り抜いた。しかし色兎はすさまじい速さでその場からいなくなり、ゴゴがその姿を見失った。
「なにぃ!?どこ行った!?」
ゴゴは顔を左右に振りながら色兎の姿を探したがどこにもいなかった。そして色兎はゴゴの視線をかいくぐってゴゴの背後に回り込み、渾身の右ストレートをゴゴの背中にぶち込んだ。ゴゴは背中にまるで高速で動く車が衝突したかのような衝撃を受けて前方に勢いよく吹っ飛ばされた。
「ぐわぁ!?」
ゴゴは森の中の木々をなぎ倒しながら吹っ飛び、いつ着地するのかと思っていたところに色兎が吹っ飛んでいるゴゴの目の前に現れ、両手を握ってまるでハンマーのようにゴゴを叩きつけた。ゴゴはその攻撃を脳天に直撃してしまい、さらに地面に勢いよく頭が突き刺さった。
「ふぅ、これでオッケーかな?」
色兎は一仕事終えたような、すっきりとした表情でその場を去ろうとしたが、ゴゴが地面から頭を引っこ抜いてすぐに立ち上がったので驚いた。
「う、うそでしょ!?なんでそんなにピンピンしてるのー?」
色兎は少なからず相当なダメージを与えたと思っていたが、ゴゴはまるで何事も無かったかのように笑いながら拳を握り戦闘態勢に入ったので驚いた。
「ガッハッハ!苦しいパンチだった!!じゃあ、こっからは俺も本気を出していく!!!」
ゴゴはそう言うと全身に力を溜めはじめた。すると白い蒸気のようなものがゴゴの体から発せられ、ゴゴの筋肉が一段とムッキムキになった。それを見た色兎はまた驚いた。
「えぇー!?これって、魂の力じゃん!?ゴゴは魂の力を使えないって、牛鬼様もガイアも言ってたのに!?」
色兎は聞いていた話と違うことに驚き、そしてゴゴの人離れした筋肉量に驚いた。
『これだけ大きな筋肉は人間はもちろん、魔族の中でもそうそういないよ!?』
色兎はそう言って身構えた。しかし思った以上にゴゴの筋肉が大きくならない事に不思議に思った。
「あれ?想像よりも大きくならない...?」
「ああ!俺は魂の力を10%しか引き出せねーからな!これが限界だぜ!!」
「な、なーんだ!そうなんだ!よかったー!その程度なら全然楽勝だね!」
色兎はホッとし、ストレッチをして体をほぐしながら準備運動を済ませた。そして色兎は構え、ゴゴもグッと手を握りしめて構えた。
「ガッハッハ!!やっぱりつえー奴と闘えるってのは最高だぜ!!」
ゴゴはそう言って今度は一歩一歩、慎重に色兎との距離を詰めた。それを見た色兎は少し驚いた表情を浮かべて言った。
「あら!?さっきまでの勢いだけの攻撃じゃなくなった!?」
「ガッハッハ!そうさ!俺はつえー奴と闘いまくって学んだのさ。力押しだけじゃどうにもなんねぇ相手もいるってな!だからこそ!俺は力技拳の基本を忠実に守る!」
「...力技拳の基本?」
「ああ!力技拳の基本は『近づいて殴る』だ!そして、俺は近づけるが殴れない!だから殴るために頑張る!」
ゴゴの発言に色兎は一瞬キョトンとした表情を浮かべて、次第に笑いが込み上げてきた。
「うふふ!うふふふふ!あなたってすっごく面白いね!」
色兎はそう言ってじりじりと間合いを詰めてくるゴゴに対して色兎も構えてその場を動かずにいた。両者の間合いはどんどんと近づいていき、ゴゴの拳が色兎の顔の前まで迫るほどに近づいた。しかしその距離でも両者は構えたままだった。そして色兎がゴゴに聞いた。
「あら?この距離まで近づいたのに、殴らないの?」
「ガッハッハ!まあな。ここまで近づいて感じたが、この距離でも俺の攻撃は外れるだろうな。だから、待ってるんだ。」
「待ってる?何を?」
色兎は聞いた。ゴゴはガッハッハと笑って答えた。
「お前が攻撃してくるのをだ。サライヤンと闘って分かった。俺は攻めるよりも攻められているときの方が強いってな!」
そう言ってゴゴは一歩を踏み出した。2人の距離はすでにほとんどなく、色兎の胸とゴゴの腹筋が触れ合うほどの距離だった。そしてゴゴは宣言通り、そこまでの距離になっても自分から攻めることは全くしなかった。その行動に色兎は面白く感じた。
「うふふふふ!面白いわ!じゃああなたの思惑通り、こっちから攻めてあげる!!」
色兎はそう言うと同時にゴゴの腹に向かって一瞬の正拳突きをぶち込んだ。ゴゴは衝撃で地面をえぐりながら後方へと弾き飛ばされた。そしてゴゴは色兎の攻撃を喰らって狂った笑みを浮かべた。
『いいぞ!そのまま攻撃してこい!色兎!!サライヤンのように完全に俺を上回る相手に勝つためにはひとつだけだ。俺のタフさで相手を攻め疲れさせる!!これしかない!!これこそが、俺がお前に勝つための道筋だ!!!』
ゴゴは心の中でそう思い、指でクイクイッと、かかってこいという意味の挑発をした。色兎は笑ってその足に力を溜め、勢いよくゴゴへと接近し、ゴゴの顔面に膝蹴りを喰らわせた。
「ゴッフ!?」
ゴゴは色兎の攻撃を喰らい、体勢を崩してあおむけに転びそうになった。しかし色兎がゴゴの背中へと回り込み、ダンッと地面に勢いよく踏み込んでゴゴの背中に思いっきりアッパーをぶち込んだ。
「うぐあっ!?」
ゴゴは背骨が折れたかと思うほどの威力に思わず声が出て、そのまま空中へと飛んで行った。そして色兎は大きく足を開き、右手をじっくりと握りしめ、空中から落ちてくるゴゴにタイミングを合わせて大きく踏み込みながら本気の右ストレートをゴゴの胸の心臓部にぶち込んだ。
「ゴッハァッ!??」
ゴゴは口から血を吐き、白目をむいてそのまま飛んでいき、地面を破裂させるほどの勢いでぶつかった。辺りにはまるで爆撃を受けたかのように土が舞い上がった。そして色兎は「フゥー」っと息を吐いて呼吸を整え、飛んで行ったゴゴの方を見た。ゴゴはピクリとも動かなかった。
「ふぅ、ハァー。...さすがに、ちょっと舐め過ぎだったよね。私に攻めさせるなんて。...でも、いくら相手がタフだからって、体を爆散させられなかったのは残念だったなー。やっぱり牛鬼様みたいにはいかないね!」
色兎は勝負を決し、エロマの所へ向かおうとした。しかし色兎はその歩みを止めた。ゴゴが口から血反吐まき散らしながらゆったりと立ち上がったからである。それを見た色兎はさすがに青ざめ、恐怖した。
「う、うそでしょ?あんな攻撃を喰らって、生きてるの!?」
色兎はゴゴが立ち上がるのをただ見ることしかできなかった。あまりの驚いて自身の目を疑っていたからである。そしてゴゴは自身がまき散らした血反吐で顔面中血だらけになりながらもフラフラと立ち上がり、色兎を見て狂気の笑みを浮かべた。
「が、はっはっは!...まだ、まだ、これから、だぜ!!」
ゴゴは再び拳を握り、おぼろげになりそうな意識の中、敵をはっきりと認識し、そしてまた一歩一歩慎重に色兎へと間合いを詰めた。色兎は目の前にいる死にかけの人間に恐怖を感じ、ゴゴが一歩詰めるごとに一歩後ろへと下がり、無意識に間合いを維持した。そしてそんな状況を見かねたエロマが助けに入った。
「色兎ちゃん!大丈夫よ!相手はもう瀕死!そのまま押し切れるわよ!」
エロマの声援で色兎はハッと我に返り、恐怖を振り払ってゴゴと同じように自身も一歩一歩間合いを詰めた。ゴゴが一歩詰めるたびに色兎が一歩詰める。色兎はその一歩一歩が勇気を振り絞る極限の一歩だった。
『な、なんなのこいつ...全然、もう死にかけているはずなのに!?どうして私が震えるの!?』
色兎はゴゴに対する得体のしれないものを感じ、全身が震えていた。しかしゴゴは逆にその一歩一歩が最高の一歩に感じられた。
『この間合いを詰める一歩一歩が、たまらねぇ!!俺は、生きている!!人間として生きている!!!』
ゴゴは湧き上がる恐怖と興奮に心が踊り、さらに魂の力を解放していった。それは色兎が無視できないほどの魂の力だった。
『こ、こいつ!?この死にかけの状態で、どんどんと魂の力が上がっていってる!?さっきのが10%だったとしたら、今は50%以上はあるよ!?』
色兎は目の前の死にかけの男が歴戦の猛者のように感じた。そしてゴゴはニヤリと笑って色兎に語り掛けた。
「なあ、色兎。ようやくだ。ようやく、俺のエンジンもあったまってきたところだ。こっからだ。国家らの俺は、命をかけるぜ?はっはっは!!命をかけた俺は、強いぞ?」
ゴゴは不気味に笑い、そしてズドンと一歩を踏み込んだ。その距離はゴゴが腕を伸ばせば色兎に届く距離だった。その距離に、色兎は恐れた。そして色兎は我慢できずに攻撃を仕掛けた。
「うわあああああああああああ!!!」
色兎は飛び上がり、ゴゴの首めがけて右足で蹴りを入れた。その蹴りはゴゴの首を完璧にとらえた。しかしゴゴは平然とした表情でそれを受けた。
「...どうした?色兎?軽すぎるぞ?かゆくも無い。」
色兎はそう言われてビクッとおびえ、ゴゴの顔面を蹴りながら後方へと距離を取った。
『こ、こいつ、防御力が格段にアップしている!?』
色兎は右足がジンジンと痛んでいる事を感じた。そしてゴゴは荒い呼吸のまま右手を振りかぶった。
「今度は、俺から行くぞおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゴゴは土を蹴り上げてその距離を一瞬で詰めた。そして色兎は驚いた。
『防御力だけじゃない!?スピードも...!?』
色兎はとっさに身の危険を感じ、全力でゴゴの攻撃を避けようとし、何とか顔面スレスレの所でゴゴの攻撃をかわした。
「...はぁ!はぁ!あ、危なかった!」
色兎は恐怖し、逃げ腰になり後ずさった。そしてゴゴは死にかけの体で全力の攻撃を繰り出した反動でさらに口から血を吐き、死が近づいてきた。しかしゴゴはそれすらも楽しんでいた。
「ハァーッハッハッハッハッハ!!!楽しいなぁ!!感情が湧いてくるぞおおおおおおおおお!!!」
ゴゴは両手を開いて天を仰ぎながら叫んだ。その光景を見ていた色兎は恐怖をさらに感じて呼吸が荒くなった。そしてそんな色兎の肩にエロマはポンと手を置いた。
「色兎ちゃん。どうやら、私たちが思っていた以上にゴゴ君は化け物みたいね。でも大丈夫よ。私たちなら勝てるわ。今までだって、そうして勝ってきたでしょう?」
エロマは色兎に優しく微笑みかけた。色兎はその笑みを見て落ち着きを取り戻し、自身の顔にピシャリと両手で平手打ちして恐怖をかき消した。
「...うん!もう大丈夫!!そうだよね。私はひとりじゃないんだもんね!大丈夫!さっきは私の全力を上回るパワーに驚いただけだもん!冷静になればあんな攻撃、絶対当たらないもん!」
色兎はそう言って戦意を回復させ、再び構えた。そしてゴゴは自身の高ぶる感情を抑えられず、まるでケダモノのように2人へと襲い掛かった。