赤紫色の霧②
レイジたちとサライヤンは赤紫色の霧の前までやって来て驚いた。
「...ゴゴ、来てねーじゃん...。」
サライヤンはその場にゴゴが来ていない事に驚いていた。それはレイジも同様だった。
「マジかよ、確かにこっちの方角に走って行ったのに...もう霧の中に入って行ったのか?」
「いや、どうだろうな。ゴゴはああ見えて意外と冷静だからな。強敵の気配が感じられない場所にはむやみに突っ込まないだろう。...突っ込まないよな?」
サライヤンはレイジへと振り向きながら言い、レイジは頭を抱えた。
「...わからん。あいつの行動はいつもわかんねーんだ。突拍子もない事をいっつもやるから。」
レイジの言葉を聞いてサライヤンは声をあげて笑った。
「ハーーーーッハッハッハッハ!!!そうか!一緒にいるお前でもわからないか!?...やっぱりゴゴって面白い男だな。」
サライヤンは満足そうに笑った。そうこうしているうちにゴゴがノコノコと歩いて現れた。
「おお、なんでみんなこんな所にいるんだ?暇か?」
ゴゴはのんきに話しかけた。そしてサライヤンが居ることに気づくと一瞬にしてその表情が狂った笑顔に変わった。
「サライヤンンンンンンンンンンン!!!俺と勝負しに来たのかああああああああ!!!??」
ゴゴはズドンと足を踏み、拳を強く握り戦闘態勢に入った。サライヤンはまた大声で笑った。
「ハーーーーーーッハッハッハッハ!!やっぱりお前のそのバカまっすぐさは気持ちがいいな!!?受けて立とうっ!...と言いたいところだが、あいにく俺は別の用事で来たんだ。お前の相手は俺じゃない。」
サライヤンの言葉を聞いてゴゴはシュンと冷静になって真顔になった。
「ああ。そう。そりゃ残念だ。...ん?俺の相手は別にいるのか?」
「そうだ。この霧の中にいるはずだ。」
サライヤンに指をさされた先をゴゴは見た。
「ああ。これか。なんか、ヤバそうな雰囲気がプンプンするな。これ入っても大丈夫なのか?」
「わからん。が、入ってもらう。中に俺の大切なネリィが入っちまったんだ。それを救出してほしい。お前にな。」
「なんで俺なんだ?お前の方が強いだろ?」
「まあ、そりゃそうなんだが...どうやらこの中は俺には厳しすぎる状況になっているんだ。」
「ん?どんな状況なんだ?」
「それは...まあ、口には出したくない状況だな。汚らわしすぎる。マジ醜い。キショイ。」
サライヤンはまるでうんこを見るかのような軽蔑した目でその霧の中を見た。ゴゴもジッと目を凝らしてみたが特に異常はなかった。
「うーん、わからない。まあいいや。この中に強い奴がいるのか?」
「ああ。おそらく幻獣の仕業か、幻獣使いの仕業だな。まあ、経験上の話だから予想でしかねぇ。」
「ふーん。まあいいや!最近のレイジたちは修行ばっかりで暇だったんだ!久しぶりに本気で暴れるか!!」
ゴゴは気合十分に体を動かしてやる気を出しながら言った。そしてレイジはゴゴに言った。
「ゴゴ、中がどうなっているのかわからない。だからお前がまず入ってくれ。もしかしたらサライヤンの罠かもしれないが、お前ならそのタフさで何とかなるだろう。」
「おお!俺にそれらしい役割が出来たのか!?嬉しいぞ!じゃあ行ってくる!」
ゴゴは笑顔で手を振りながら赤紫色の霧の中へと足を踏み入れた。そしてそれと同時に違和感に気づいた。
「ん?なんか、この霧...甘ったるい?」
ゴゴは鼻に入ってくる匂いの異常さに気付いた。そしてそれを聞いたレイジは眉をひそめた。
「甘ったるい...?どんな感じの匂いだ?毒って感じか?」
レイジに聞かれてゴゴは一層鼻を動かして匂いを確かめながら話した。
「うーん、毒っぽさはねーと思うが...なんだろう、体が少しだけ熱くなる感じがあるな。」
「熱くなる感じ...?うーん、よくわからないな。とりあえず、それ以外には危険はないのか?」
「ああ。まあ霧のせいで見通しは悪いが、匂い以外は変なもんはねーな。大丈夫だと思うぞ!」
ゴゴは笑顔で言った。そしてレイジたちは警戒しながらその霧の中へと入ってみた。すると確かにゴゴの言うとおりの甘い香りがレイジたちの鼻に入ってきた。
「...確かに、甘い香りだ。なんというか、花と果物を混ぜたみたいな甘くてうまそうな匂いだな。...なんだか少し、頭がクラクラするような匂いだな...毒か?いや、これは...なんというか...!?」
レイジはそこまで言ってその匂いの異常さに気づいた。それは入ってきたみんなも同じだった。
「これは!?ぐっ...!?体が、火照る!??」
レイジは自身の体の芯から熱っぽさを感じ、そして理解した。
「この霧!?発情させる作用があるぞ!?」
レイジは自身の下半身の変化を感じ取り、吐息を漏らしながら言った。昆布はレイジと同じように吐息を漏らしながら答えた。
「な、なるほど。確かに、そうでござるね。まさか、こんな罠があるとは思っていなかったでござるよ!」
昆布は頭を押さえながら言った。そしてあんこも自身の体の変化に驚いていた。
「う、うん。なんだか、胸がドキドキする...。すっごく、服脱ぎたい気分!」
そう言ってあんこは自身の服を脱ぎ始めようとした。それを姉御が苦しそうに止めた。
「こ、こらあんこ!こんな、ところで脱いだら、はぁ、はぁ、危ないでしょ!」
姉御はそう言ってあんこを腕をつかんで服を脱がせないようにした。そしてヤミナはギュッと自分の服を掴みながら何も言わずにもだえていた。
『うぅ、こ、これはキツイよぉ。レイジ君はネネちゃんの彼氏だってわかってるのに、気持ちが抑えられなくなっちゃう...!』
ヤミナは理性と本能のはざまで揺らいでいた。そしてネネはレイジの右手を両手でギュッと握ってレイジを見上げた。
「レイジ...」
ネネはほほをほんのり赤く染めながら吐息を漏らし、まるでおねだりするような少し困った表情でレイジを見上げた。レイジはそれを見た瞬間、理性が崩壊しかけるほどの衝撃を受けた。
『か、可愛すぎる!!!???うあああああああ!!?ま、まずい!?このままだと理性が崩壊するううううううううううう!!!!??』
レイジはそのままネネを抱きしめて愛し合いたいという欲求が頭の中を支配しながらも、ほんのわずかに残った理性を振り絞ってみんなに命令を出した。
「み、みんな!!一旦出るぞ!?」
レイジはネネの手を引っ張りながら霧の外へと出た。すると先ほどまでの湧き上がる情欲が嘘のように消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、う、み、みんな、大丈夫か?」
レイジは膝に手を置いて息を切らしながら周りを確認した。すると全員が地べたに座り込んで息を切らしていた。そして昆布がレイジを見て言った。
「せ、拙者は、大丈夫でござるよ。」
昆布が言い、姉御とあんこも手を挙げて答えた。
「あたしらも、大丈夫さ。もう収まったみたいだ。」
「うん!...でも服は脱ぎたかったなー。」
あんこはマイペースなことを言い、姉御は疲れが感じられるため息をついていた。そしてヤミナは自身がいけない考えをしてしまったことに罪悪感を感じ、レイジの顔をチラチラと申し訳なさそうに見ながら言った。
「う、うん...ウチも、大丈夫...。」
そしてネネはレイジの手を握ったまま答えた。
「...私も、大丈夫...」
ネネは少し複雑そうな表情をしながらレイジの顔を見ずに答えた。そしてネネは考えた。
『さっき私がレイジの顔を見つめたとき、私はこのまま愛し合おうって思ったけど、レイジは違ったのかしら...。...やっぱり、私は魅力が無いのかしら。だからレイジはあの場で私のことを抱いてくれなかったのかしら...』
ネネは悪い思考の負のループに入りかけていた。しかしレイジはそれをなんとなく察して言った。
「あー、そのー、ハニー。さっき、俺はハニーの顔を見たとき、理性が壊れるほどの衝撃が走ったよ。可愛すぎて死ぬかと思った。」
レイジの告白にネネは驚いて「え!?」と大きな声が出た。レイジはうなずいて話を続けた。
「まあ、そのー、勘違いしないで欲しいんだけど、さっき俺がこの場から出ようって言ったのは別にハニーが嫌いだからとかじゃなくて、そのー、ハニーとはもっと、ちゃんとした形で愛を深めたいなって思ったからなんだ。流されるままにするのはイヤだったんだ。だから、大丈夫。ハニーは世界で一番かわいいよ。」
レイジは照れながらも優しく微笑みかけて言った。ネネは嬉しさと恥ずかしさのあまり顔をプイッとそっぽを向いて「ば、バカ...」と照れ隠しに言った。レイジはその仕草すらかわいいと思った。
そしてそんなことをしている途中でレイジはあることに気づいた。
「...あれ?そういえばゴゴは?」
レイジの言葉にみんなは辺りを見回した。すると霧の中からゴゴの声が聞こえ、そっちを向いた。
「おーい!レイジ―!」
ゴゴは霧の中から声をかけた。レイジは不思議に思い話しかけた。
「何やってんだ?ゴゴ?早く出て来いよ。」
レイジの問いにゴゴは困った表情を浮かべた。
「いやー、それがよ!出れねーんだ。こっから。」
「はぁ?どういうことだ?」
「だからよ、出れねーんだよ。なんていうか、見えない壁があるって感じだな。こりゃ。」
ゴゴは霧の中でパントマイムするかのように空中にある見えない壁をドンドンと叩いていた。そしてサライヤンが言った。
「...お前もか。」
その言葉にレイジは反応した。
「お前も...?」
「ああ。うちのネリィも出られなかったんだよな。なぜか。それを見て俺は入らなかった。助けを呼ぶ必要があると思ったからな。一度入ると出られないものだと思っていたが、そうじゃないみたいだな。」
「ネリィ...あの犬の魔族か。...ネリィも出られなかったって、どうなってんだ?」
「わからん。とりあえず俺様はこの霧が嫌いすぎる。だがネリィは助けたい。だからお前に頼んだんだよゴゴ。お前はそういう性欲は無いんだろう?」
サライヤンに聞かれてゴゴは笑顔で答えた。
「ああ!たぶんない!ってかよくわからない!その欲求がどういうものなのか知らないからな!」
「フッ、やはり俺様の判断は正しかったな。この霧の中を平気で歩けるのはお前だけだ、ゴゴ。ネリィを助け出してくれ。そしたら俺様がお前と闘ってやってもいいぞ。」
サライヤンの言葉にゴゴはパァ―ッと明るい表情を浮かべて嬉しそうに言った。
「本当か!?そりゃ最高だな!!よーーーーーし!!!じゃあさっさとこの霧を無くしてネリィを助けてやるぜ!...ちなみにどうやったら霧は無くなるんだ?」
「あー、多分幻獣か幻獣使いを倒せば無くなるはずだ。何とか見つけ出して殺してくれ。」
「ああ!分かった!」
ゴゴはそう言って元気よく手を振りながら霧の中をドンドンと進んでいき、レイジたちはその姿が見えなくなった。そしてレイジは不安な気持ちをボソッとつぶやいた。
「ゴゴの奴、大丈夫かな?俺、あいつが勝ったところを一度も見たこと無いぞ?本当に幻獣とか幻獣使いとかの仕業だとしたらあいつ、勝てんのかな?」
その言葉にその場にいた全員が黙り込んでしまった。皆がそう思っていたからだ。しかしサライヤンだけはレイジの不安を鼻で笑った。
「フッ、お前はゴゴと一緒にいるというのに、あいつのことを何も知らないんだな。」
「ゴゴのことを...?」
「ああ。まあ、確かにあいつは実際そこまで強いわけじゃない。だがな、あいつは闘う者にとって一番大切な物を持っている。」
「一番大切な物...?」
「ああ。それは戦闘を楽しむ心だ。お前は確かに実力はあるみたいだが、その大事な心がない。だから弱いんだよ。俺から言わせてもらえばな。」
サライヤンはレイジを侮辱する発言をし、レイジはムッとした。
「俺が弱い?ゴゴよりもか?それはさすがに無いな。あいつの戦闘を何度か見ているが、あんな馬鹿みたいに突っ込むだけの奴よりかは少なくとも強いと思うぞ?」
レイジの言葉にサライヤンは声をあげて笑った。
「ハーーーーーッハッハッハ!それは確かにそうだな!だがな、俺がそこの魔族のお嬢ちゃんをさらえなかったのは、ゴゴのおかげだぞ?」
「ゴゴの?」
「ああ。お前は見ていないから知らないのだろうが、まずゴゴを痛めつけてボコボコにし、その上で幻獣使いであるあいつの弱点の神のへそくりを全身に装着させて拘束した。そしてゴゴの皮膚は重度のやけどのようにグジュグジュになっていた。」
「ああ、聞いたよ。だがそれはさすがに嘘だろう?人の皮膚はそんな闘っているうちに治るほど便利なもんじゃねーだろ?多分重症に見えただけで本来はそんなに大したやけどじゃ無かったんじゃないのか?」
「フッ、まあ、百歩譲ってそうだとしよう。だが、その状態でお前は勝ち目のない俺に挑めるか?」
「え?」
レイジはそう問われて一瞬戸惑った。
『確かに、そう言われるとゴゴの異常性が分かるな。自分が万全の状態でも手も足も出せない相手に、重傷を負った状態で立ち向かう...確かにすごいとは思うが...』
「それはただゴゴがバカなだけなんじゃないのか?相手との実力差がわからないだけの...」
「それは違うな。あいつは闘う相手をちゃんと選んでいる。自分よりも強い奴としか戦おうとしないだろう?」
「...確かに。」
レイジは顎に手を当てて少しだけ考えた。そしてサライヤンはそんなレイジを見てフッと笑った。
「すまなかったな。少し意地悪なことを言ってしまったな。まあ、お前は強いよ。ただ、心の強さを知らないのは少しまずいと、そう言いたかっただけなんだ。」
「ん?ああ、それはー...どういたしまして?」
レイジは何故サライヤンが謝ってきたのかよくわからず、とりあえずお礼を言った。そしてそんなことを言っていたら霧の奥から大地が揺れるほどの大きな音が鳴り響き、レイジは驚いた。
「うお!?...ゴゴの奴が闘いを始めたのか?」
サライヤンがうなずいた。
「たぶんそうだろうな。ま、信じて待とうじゃないか。ゴゴの勝利をよ。」
サライヤンはそう言って地面に座り、くつろぎ始めた。