赤紫色の霧
レイジたちが波動拳の修行を始めて1カ月が経ったころ、木に寄りかかって女の子座りをして太ももにノートパソコンのような機器を乗せていたヤミナが大声を出した。
「み、みんな!な、なんか、北の方から誰かが近づいてくる!!」
ヤミナは自身の操っていた飛行型ドローンからの映像を見て言った。その場にいたレイジ、あんこ、姉御、昆布、ネネは北の森の方に体を向けて警戒態勢に入った。そしてガサガサと音を立てながら現れたのはなんとサライヤンだった。
「さ、サライヤン!?」
レイジはそう言うと同時に携えていた名刀『憤怒の魂』を握って抜刀の構えを取った。サライヤンはキョロキョロと何かを探すようにその場にいた全員を見回した。
「...ゴゴの奴はいないのか?」
サライヤンは眉をひそめながら言い、レイジは言った。
「...ゴゴなら『筋肉が俺を呼んでいる!』とか言ってどっか行ったぞ?」
レイジの話を聞いてサライヤンはガックリと肩を落とした。
「なんだよ。ゴゴの奴いないのかよ。せっかくあいつに好都合の依頼をしようと思ったのによ。」
「依頼...?」
レイジは顔をしかめた。サライヤンはうなずいた。
「ああ。俺が拠点にしてる山奥の方になにやら赤紫の霧が出てよ。まあ、ありゃ幻獣の仕業だな。」
「...どうして言い切ることができる?」
レイジは質問し、サライヤンは少し面倒くさそうな顔をしながら話した。
「そりゃ、勘ってやつだな。...まあ、ちゃんと説明するとまず赤紫色の霧なんて自然現象では発生しないだろ?それに先に入ったうちのネリィがいつまで経っても戻って来ねぇ。だからゴゴの奴に援護を要請しようかと思ったんだがな。」
サライヤンの説明を聞いてレイジは少し考えた。
「...そういえばゴゴの奴が向かった先もここからさらに山奥の方だったような...」
レイジの独り言にサライヤンは驚いた。
「なに!?ゴゴの奴、もう向かったのか!?」
サライヤンに聞かれてレイジは少し身を反らしながら答えた。
「まだ決まったわけじゃないが、ゴゴはあっちの方向に行ったぞ?」
レイジは山奥の方を指さした。するとサライヤンは驚き、そして笑った。
「ふっふっふ、こりゃ、予想以上だな。まさにドンピシャだ。よし、それなら早く向かうぞ?」
そう言いサライヤンは向かおうとしたが、レイジはそれを止めた。
「いやちょっと待て!まだ向かうと決まったわけじゃないぞ?第一、この前俺たちを襲撃してネネをさらおうとしてきた奴に協力なんてするわけないだろ?」
レイジの言葉にサライヤンは不満そうにレイジを見つめた。
「...確かにそういう気持ちは分かるが、逆に俺の気持ちも考えろ。万全の敵の前にむざむざと姿を現すってのは相当の勇気がいる行動だぞ?そんな行動をしてまで助けを頼んでんだ。少しくらい信じてみてもいいんじゃないか?それに、俺が嘘をついていると分かったら俺の事を全員で襲えばお前らでも勝てるだろう?」
サライヤンはそう言ってレイジを説得しようとし、レイジはサライヤンの言うことに一理あると思い姉御に相談した。
「...どう思う?姉御?確かに、嘘はついていなさそうだが...あのサライヤンが助けを求めるほどの脅威って事なのか?それは俺たちの手には余る案件じゃないか?」
「そうだねぇ。まあ引き受けてもいいんじゃないかな?たとえサライヤンの言っていることが嘘でも真実でも闘いになるのは明白。そろそろ波動拳の修行の成果を試すときだと思うしね。」
「...確かにそうか。波動拳が実戦でどれだけ使えるかを試すいい機会か。...闘うのヤダなー!なんて面倒くさいんだ...。まあ、仕方ないか。あーあ!誰か魔王をぶっ倒してくんねーかなー。そしたら俺が強くなる必要ないのに。」
レイジは大きくため息をつきながら本音を漏らした。姉御はフッと笑った。
「まあ、レイジの気持ちは分かるけどね。それに、あたしだってレイジに魔王を倒してもらおうとは思ってないからね。ただ、生き残って欲しいから強くなって欲しいって思ってるだけだからね。あたしだって、誰かが魔王を倒してくれたら嬉しいさ。」
「...まあ、そうだよな。少なくとも俺は魔王を倒すなんて面倒だからやらないけど、生きるために強くなるのは、まあ、やるしかないかぁ。あーあ。早く戦争終わってくんないかなぁ。魔族の文化とかも俺すっげー気になんだよな!あれだけ強い奴らが一体どんな生活してんのかって考えるとワクワクするんだよな!」
レイジは少年のようにキラキラとした瞳で言った。姉御はその瞳を見てフッと笑い、レイジの頭を撫でながら言った。
「そうだねぇ。戦争さえなければ、気軽に遊びに行けたんだろうけどね。でも、17年前に終結した人類と魔族の100年戦争があったからねぇ。今が戦争状態じゃなくなったとしても、敵国に行くのは難しいかもねぇ。はぁ、もしかしたら結局はどちらかが絶滅するまで戦争は続いてしまう運命なのかもねぇ。」
姉御とレイジはお互いにため息をついた。そしてサライヤンが遠くから声をかけた。
「おーい!俺に協力する話はどこ行ったんだ?早く決めてくれよ!」
サライヤンに呼ばれてレイジは返事をした。
「ああ!分かった!協力してやる!ただし、裏切ったりしたら覚悟しておけよ?」
「おう!それでいいぞ!」
サライヤンはうなずいて答えた。するとネネが不安そうにレイジを見つめながらレイジの服の袖をギュッとつまんだ。
「だ、ダーリン...」
ネネはレイジの顔を見上げながら言った。その目を見た瞬間レイジはネネが不安に思っていることを察してニコッと笑った。
「大丈夫だ。ハニー。サライヤンが俺たちをだまそうとしているのかどうかは分からないが、少なくとも、ハニーのことは俺が絶対に守るよ。それに、最初にハニーに会ったときに渡したスイッチがあっただろう?それを押してくれ。そしたら俺、すぐに飛んでいくよ。ハニーがどこにいても、絶対助けに行くから。」
レイジはそう言ってネネの頬に右手を添えながら言った。ネネはレイジの発言で自身がさらわれるかもしれないという不安がかき消され、レイジの手に安心感を感じながら感謝した。
「...ありがと、ダーリン。...絶対に助けに来てよね?」
ネネはレイジが本当に自分を助けに来るのかという不安にかられてそう言った。レイジはフッと笑って左手をネネの右手と恋人繋ぎしながら答えた。
「ああ!約束する!だって俺は、世界で一番ハニーのことを愛しているから。ハニーのことを絶対に失いたくないから。」
「ダーリン...」
2人はとてつもなく甘く、とろけるような雰囲気になり互いに顔を見つめながらその雰囲気を楽しんでいた。しかしそこに水を差したのはサライヤンだった。
「おいいいいいいい!!!いい加減にしろって!!イチャイチャしとる場合かああああ!!!こっちだってなぁ!ネリィがあの霧の中から出てこなくて焦ってるってのによぉ!もういい!ゴゴが霧の方に向かって行ったんだろう?だったらもういいわ!これ以上待ってられるか!ばーか!」
サライヤンの言葉にレイジとネネはハッとしてお互いに距離を取った。そしてレイジが謝った。
「ああ。悪かったよ。付き合って1ケ月だからな。まあ、許してよ。すぐ向かうから。」
レイジがそう言うとサライヤンはフンッとそっぽ向いて走り出した。レイジたちもそれについて行こうとした。
「よし、じゃあ俺たちも行くか。それで、やっぱり姉御がヤミナを背負っていくか?ヤミナは普通の女の子だからな。俺たちのスピードに付いてこられないからな。」
レイジはヤミナの方を見て言った。ヤミナはオドオドしながら答えた。
「ふへへ。そ、そうだね!姉御ちゃんにおんぶしてもらおうかな?」
「よし。じゃあ姉御。頼んだ。じゃあ全員、行くぞ!」
レイジはそう言って走り出した。そして姉御はヤミナをおんぶして走り出した。そして走っている途中で姉御はヤミナに聞いた。
「ヤミナ。あんた、大丈夫かい?」
急に話しかけられたヤミナは驚きながら答えた。
「ええ!?な、なにが?」
「レイジの事さ。あんた、レイジの事が好きだったんだろう?」
「うぇぇ!!?そ、それはー...」
ヤミナはそこからの言葉が見つからず、黙ってしまった。姉御は話を続けた。
「...だから、今のレイジとネネの関係を見て苦しんでいるんじゃないかと思ってね。」
姉御の言葉にヤミナはとても悩んだ。そして悩んだ末に重たい口を開いた。
「...そうだね。すごく苦しいよ。でも、いいんだ。ウチは、幸せになれない運命だからね。むしろ世界を憎むくらいでちょうどいいんだ。」
「ん?どういうこと?」
姉御はヤミナの言葉の意味が理解できず聞いた。ヤミナはとても悲しそうな、苦しそうな、そしてすべてを諦めているかのような達観した目をしながらフッと息をついた。
「そりゃ、わかんないよね。でも、いいんだよ。ウチはもう、答えを出したから。」
ヤミナの言葉に姉御は何か覚悟めいたものを感じた。
『この子、何かあるね。なんというか、この歳で背負うべきじゃないほどの重荷を背負っている気配がする。でなければここまで達観した答えは出てこないからね。でも、その重荷を詮索するのは得策じゃないね。余計にこの子を追い詰めてしまいそうだね。』
姉御はそう思い、これ以上詮索することをやめた。
「...そっか。でもねヤミナ。これだけは覚えておいて。どんな状況、どんな出身だろうとね。幸せになる権利は誰にだってあるの。ただ、それに大きな障害がある人もいるってだけなの。立ち向かうかどうかは、ヤミナが決めることだからね。」
姉御は優しい声色で言った。ヤミナはその言葉が胸に突き刺さり、すごく苦しくなり、それと同時にまた諦めたようなため息をついた。
「...姉御ちゃん。...ありがと。でも、たぶんウチの障害は、この世で一番大きすぎる障害だね。」
「...そうなんだね。だったら、一人で抱え込まないで、あたしらに相談しな。まあ、それを話せるほど信頼できるんだったらね。たぶん、今のあたしらには話せない事なんだろうね。でもね、ヤミナ。あんたはもうあたしらの仲間だからね。辛いことがあったら抱え込まずに言いな?ここにいる全員が味方だよ?」
「姉御ちゃん...」
ヤミナは姉御の言葉に心を打たれて目頭がカッと熱くなるほどに嬉しかった。そしてヤミナは答えた。
「...うん。もし、ね。もしみんなが今よりももっともっと強くなったら、言うよ。ウチの、闘っている相手を。」
ヤミナはそう言って少しだけ笑顔を浮かべた。