波動拳の修行②
「それで?どうして俺の飛ぶ斬撃はマスターブラックのと違うんだ?」
「おお、そうじゃったな。お前さんの飛ぶ斬撃は刀全体に波動拳を流し込んでおるからじゃよ。わしはこのナイフの刃の部分に糸を張るような状態で流し込んでおるのじゃ。そうすることで波動拳を飛ばした際に大きな違いが出るんじゃよ。」
「なるほど。...難しいな。波動拳を刀に流し込むだけでも集中するのに、刃の部分だけに流し込むなんてマジで難しいぞ。」
レイジはなんとか刃の部分にのみ波動拳を流し込もうとしたが、刀の半分まで凝縮させるのが精いっぱいだった。マスターブラックはほっほっほと笑った。
「これはかなりの高等テクニックじゃからな。殺意を込めた貫きの波動拳が出来るようになったらこの技も習得できると思うぞ?それに、そもそもお前さんの武器である刀は斬撃飛ばしの波動拳には向いておらんのじゃ。」
「向いてない?」
「うむ。確かに刀は切れ味が抜群じゃが、得物が長すぎるのじゃよ。それは波動拳を多く流し込むことになり、燃費も悪い上に難しいといいところなしなのじゃよ。じゃからわしの得物はこのナイフなのじゃよ。これなら燃費を押さえ、技術的にも楽に飛ぶ斬撃を撃てるのじゃよ。お前さん、そういう武器は持っておらんのか?」
マスターブラックに聞かれレイジは少し考え、ハッと気づいて懐からドスを取り出した。
「これが俺の持っている武器の中で一番得物が短い武器だ。これなら大丈夫そうか?」
「うむ。刀よりかははるかにマシじゃろう。...ん?このドス、ジェラルドのものとそっくりじゃな。」
「ジェラルド!?知っているのか!?マスターブラック!?」
レイジは驚いて大声をあげながら聞いた。マスターブラックはびっくりして少し体勢を後ろにそらした。
「な、なんじゃ!?いきなり大声出して...まあ、ジェラルドは昔の戦争中に出会ったわしの戦友じゃよ。まあ、その戦友も最近死んだんじゃがな。確か、マフィアタウンでルドラータファミリーを率いておったがかつての仲間に裏切られて死んだと聞いておる。」
「そう!そうなんだよ!俺たちその場にいたんだよ!?」
「な、なんじゃと!?お前さん、それは本当かの!?」
マスターブラックは反らしていた体をギュイッと近づけて聞いた。レイジはうなずいた。
「ああ。俺たち他の勇者候補のドナルドに呼ばれてマフィアタウンに行ってたんだ。その時に出会ったのがドナルド達が所属してたルドラータファミリーのファーザーのジェラルドだったんだ。そして色々あってルドラータファミリーはほとんど全滅。生き残ったドナルド達からファミリーの証としてこのドスをもらったんだ。」
レイジは苦しい出来事を思い出し、少し顔をゆがませながら言った。マスターブラックはその話を真剣に聞いてただ頷いた。
「...そうか。そんなことがあったのじゃな...。...そのドスはのう、20年前の戦争時代に、わしとジェラルドとヒノマルの国の武将じゃった『芦川剣武』という男の3人で闘っておった時期に芦川に教えてもらった仲間の印じゃったな。」
マスターブラックは空を見上げて懐かしい思い出に浸りながら言った。すると昆布が今まで聞いたことも無いほどの大声で驚いて叫んだ。
「ええええええええええええええ!!!???あ、芦川剣武うううううううううううううう!??」
その大声にその場にいた全員がビクッと肩をすくめて驚き、レイジが昆布へと振り向いた。
「うわっ!?な、なんだ?いきなり叫んで...その人は、知り合いとかか?」
レイジに聞かれて昆布は「あっ」と言い、恥ずかしそうに身を縮めながら答えた。
「そ、そうでござる。拙者の生まれたヒノマルの国の将軍でござるよ。つまり、国のトップに立つお方でござる。まさかここでその名前を聞くことになるとは思ってもみなかったでござるよ!」
昆布は心底驚いた表情で言った。それに対して姉御は顎に手を当てて考えてから言った。
「芦川剣武...聞いたことあるね。確かヒノマルの国でも特に武に重きを置いた政治を敷いているって話だったかね。それゆえに元々刀鍛冶で有名だったヒノマルの武具をさらに発展させたんだってね。しかも17年前に戦争が終わった後でも武力の増強を続けているって話だしねぇ。まあ、また戦争が始まったから正解だったのかもしれないけどね。」
「そうでござるね。まあ、死んだんでござるけどね。」
昆布の一言にその場にいた全員が驚き、マスターブラックはさっきの昆布と同じ声量で驚き叫んでいた。
「ええええええええええええええ!!!???芦川剣武も死んだのかあああああああああああ!!?」
「うわぁ!?びっくりした。...知らなかったんでござるか?」
「し、知らなかった...え!?それはいつの話じゃ!?」
マスターブラックは昆布の肩を掴み、揺さぶりながら聞いた。昆布は頭をぐわんぐわん揺らされてあわあわとしながら答えた。
「じぇ、ジェラルド殿が死ぬよりも前の話でござるよー!拙者がヒノマルの国を旅立った日の前日でござる―!」
昆布の話を聞いてマスターブラックはさらに驚き愕然として、掴んでいた昆布の肩を力なくするりと抜け落ちるように手を離した。昆布は頭をクラクラとさせていた。そしてレイジが昆布に聞いた。
「お前がヒノマルを出た前日だって!?それって、ネネの故郷で出会ったときの話か?だとしたら相当前の話だぞ?」
「そ、そうでござるね。拙者もまさか剣武殿が死んだという情報がここに届いてないとは思ってなかったでござるよ。だって、ヒノマルの国では大騒ぎだったんでござるから。なにしろ芦川一族ほぼ皆殺し。幼子や剣武殿の妻たちは全員殺され、唯一無事だった芦川剣武殿の弟である『芦川剣聖』殿が後を継いだって話でござるからね。」
昆布の説明にレイジは何も考えずに言った。
「それって、その芦川剣聖ってやつめっちゃ怪しくないか?一族の中で唯一死ななかったんだろう?王座を狙って暗殺を企てた可能性が高いんじゃないか?」
レイジの発言に昆布はムッとして否定した。
「剣聖殿はそんなことしないでござる!!!いくら兄貴でも剣聖殿を侮辱するのは許さないでござるよ!?」
昆布は珍しくレイジに対して怒りの表情をあらわにした。レイジは初めての経験で少し驚きつつも冷静に話した。
「あ、ああ。悪いな。...驚いた。お前に怒られるのは初めてだな。相当その剣聖って人が好きなんだな。」
レイジにそう言われて昆布はハッとして照れながら答えた。
「えへへ。まあ、そうでござるね!剣聖殿は拙者の命の恩人でもあり、心の恩人でもあるでござるからね!剣聖殿ほどの優しいお方は見たことがないでござるよ!」
昆布は自慢するように剣聖のいいところを言った。レイジは興味深そうにうなずきながら「へぇー!」と答えた。
「昆布がそんなに好きになるなんて、よっぽどいい人なんだろうな。疑って悪かったな。」
レイジは素直に謝った。昆布はブンブンと首を振った。
「とんでもない!拙者の方こそ、兄貴は剣聖殿を知らなかったんでござるからね。それなのに怒っちゃってごめんでござるよ!...それに、今一番かわいそうなのはマスターブラックの方でござるしね...あのー、なんかネタバレみたいなことしてごめんでござる。」
昆布は両手を合わせて謝った。マスターブラックは昆布に気を遣われて空元気ながらも笑顔を浮かべた。
「ほ、ほっほっほ。いいんじゃよ。...多分、いずれ知ることになったじゃろうしな。それに、最近は三人とも忙しく、全然会っておらんかったからのう。まあ、寂しいが別れはいずれ来るものじゃからのう...」
マスターブラックは悲しそうに微笑んだ。レイジは少し気になってマスターブラックに聞いた。
「...ところでジェラルドの事なんだけど、あいつの元仲間がマフィアのボスをやっていたんだけど、そいつらに裏切られて死んだってのは知ってるんだろう?」
「うむ。知っておる。」
「だったらぜひともドナルドってやつに手を貸してやって欲しいんだ。ドナルドはジェラルドのマフィアの幹部で、あの惨劇から生き延びて復讐を誓って今力を蓄えているらしいんだ。」
「ドナルド...それは、勇者候補のドナルドのことかのう?」
「そう!そのドナルドだ。たぶんドナルドだったらいずれこのバトルマスタータウンにも来ると思うんだ。自身のパワーアップの為にも、実力のある者を集めるためにもな。」
「なるほどのう。じゃが、わしはこの街のトップに立っておるがこの街におる実力者たちは皆、わしの命令で動くものでは無いからのう。いくらわしが頼んでも無理じゃと思うぞ?それに、わしの教えられるものは波動拳ぐらいしかないからのう。ジェラルドの幹部と聞けば、脳筋な男なのではないのかのう?もしそうであればわしにできることは無いぞ?」
「ああ。大丈夫だ。ドナルドは確かに強いけどゴゴみたいな筋肉バカとは違ってかなり頭も切れる奴だからな。俺の読み通りならあいつも波動拳を学べば相当な実力アップになると思う。」
「ふむう、まあよかろう。ほかでもない優秀な弟子の頼みじゃからのう。もしそのドナルドという男が現れたらお前さんからの頼みじゃと言って修行をつけてやろう。それに、わしの孫のタイダイを倒せる実力者は多い方がいいからのう。」
「...なんか、話を聞く限りそのタイダイってやつ?相当な実力者なんだな。今のマスターブラックよりも強いのか?」
レイジは質問した。その質問にマスターブラックは困った表情を浮かべた。
「うーむ、どうなんじゃろうなー。たぶんわしの方が強いんじゃろうが、たとえわしに負けたとしてもタイダイは動かんじゃろうからな。あの子は怠惰で女好きで遊んでばかりの孫じゃが、根は真面目じゃからなー。一応はわしの事を尊敬しておるみたいじゃよ。ただ、それ以上に今の実力以上の力を追い求めることに価値を感じておらんようじゃな。今が楽しければそれでよいという考えじゃな。」
「なるほどなー。まあ、友達になれそうだな。」
「お前さんもかいな!?はぁ、どうしてこの時代の実力者たちは怠惰な者が多いんじゃろうな。...きっと戦争を知らないからじゃろうな。あの戦争を知っておる者からしたら、最強を目指さなければ生き残れないと実感しておるからのう。今の子たちにはそれが無いんじゃろうなー。」
マスターブラックはため息をつき、レイジは困った表情を浮かべ頭をかいた。
「...まあ、そうかも。なんか、魔族と戦争になったって聞いても、そんなに実感ないんだよなー。この人間大陸にいる限りは安心できているっていうか、そもそも魔族と闘わないと生き残れないみたいな状況でもないしな。小競り合いが続いている感じ?」
レイジは実際に自分が感じている事を言葉にした。それを聞いた姉御とマスターブラックは同時にため息をつき、姉御がレイジに向かって言った。
「レイジ、まあ、そう思うのは仕方ないとは思うけど、魔族はおそらく本格的な侵略の為の諜報活動をしていると思うよ?だから大規模な戦争は起こってないってだけで、いずれ必ず生存戦争が起こるよ。その時の為に努力しておかないと!死んでから『努力しておけばよかった』なんて後悔しても遅いんだよ?」
姉御は正論をレイジに投げかけ、レイジはバツが悪そうに眼をそらした。
「...わかってるよ。でも、今の俺たちがいて負けるとは思えないんだよなー。俺も姉御もあんこもネネも昆布も普通の人に比べれば相当強いし、ゴゴはバカだけどその力と諦めない根性は相当のものだし、ヤミナは実力こそないけれどその機械で俺たちのサポートをしてくれるし、もう盤石じゃない?」
レイジはそう言った。姉御は少し考えてからうなずいた。
「確かに、あたしもそう思うよ?」
「だろ!?まあ、強くなる必要があるのは分かるけど、そこまで急ぐ必要はないんじゃないかなーって思うんだよな。それに、波動拳を学べば俺はもっと強くなれるんだしさ。」
「でもね、レイジ。この7人のうち1人でも欠ければその盤石さは揺らぐ。そしてそのまま流れるようにバタバタと仲間が死んでいく。あたしはそう思うけどね。」
「...怖いこと言うなよ。姉御。」
レイジは冗談を言っているのだと願い、軽く受け流そうとした。しかし、姉御の目は本気だった。
「...あたしはね、経験あるよ。白霧と一緒にいたパーティーではそういう風にしてほとんどが死んだよ。仲間の結束が固ければ固いほど、誰か1人でも死んだ時、その結束を疑ってしまうんだよ。『あの時ああしていればあの人は死ななかった』とか、そういう思いが全員の心に生まれてね。」
姉御の言葉にレイジは何も言えず、ただ聞くことしかできなかった。そして姉御は話を続けた。
「仲間が頼れるのはいい事さ。だけどそれに頼ってばかりで1人でも生きていく力を身につけられなかった者から死んでいくよ。だからあたしは口を酸っぱくして強くなれって言ってんのさ。今のあんたは昔のあたしと同じさ。仲間の誰か1人でも死んだら自分のせいだと自分を責めて、そして自暴自棄になって何もかも嫌になるだろうね。」
「...それは、経験談か?」
レイジはジッと姉御の目を見た。姉御は力強くうなずいた。
「...ああ。そうさ。まあ、そんなときに出会ったのがあんただけどね。」
「俺?赤ん坊の時の?」
レイジが聞いた時、姉御は少しうれしそうに微笑みながら答えた。
「ああ。もしあたしがあの時あんたと出会わなければ、今でもあたしは闇の中にいただろうね。」
「...そうか。...だが、姉御は一つ勘違いをしているぞ?」
「...?勘違い?」
姉御は首をかしげた。レイジはフッと笑った。
「ああ。この仲間は誰一人死ぬことは無い!誰かが死んだ時の為に強くなろうとするバカはいない。みんな、誰一人として死なせないために強くなってるって事さ!」
レイジは親指を立てて自信満々に言った。あんこも昆布もネネもヤミナも姉御を見て照れながらもうなずいた。しかしゴゴは反対した。
「え?みんなそうだったのか?へぇー!初めて知った。俺はただ俺の為だけに強くなろうとしてたけどな!」
ゴゴはガッハッハと笑って空気の読めない発言をした。レイジは苦笑いをしながら答えた。
「お前は...もう死んでもいいわ!うん!大丈夫!」
レイジは満面の笑みを浮かべて冗談を言った。ゴゴはガッハッハと笑った。
「そうか!大丈夫か!!なら安心して死ねるぜ!!」
ゴゴは冗談なのか本気なのかわからない発言をして筋トレに励みだした。