波動拳の修行
マスターブラックはレイジたちに向かって言った。
「まず、波動を発生させるには、魂の力を手のひらに集中させるのじゃ。そしてイメージするのじゃ、魂の力を体外へとはじき出すイメージじゃな。」
レイジは自身の手のひらを見つめてつぶやいた。
「魂の力を集中させて...はじき出す。」
レイジは手のひらを目の前の木に向けて放った。しかし波動は出ず、魂の力は手のひらに集まったままだった。それを見たマスターブラックはレイジにアドバイスをした。
「ほっほっほ。波動を発生させるには、まず相手をイメージするのが重要なんじゃよ。」
「相手を?」
「うむ。魂の力で吹き飛ばすには、物理的に考えてはいけないのじゃ。もっと心の底から相手を憎むことが重要なんじゃよ。」
「相手を憎む?」
「うむ。お主は魂の力を集める時、何も考えずにやっておるのか?」
「...確かに、俺は魂の力を一点に集中させるとき、この一撃で相手を殺そうと思って集中させている...」
レイジは顎に手を当てて自身の行動を改めて考えてみた。マスターブラックは深くうなずいた。
「その通りじゃ。魂を操る術で、肉体に目を向けてはいかん。波動の発生の根本は『拒絶』じゃ。」
「拒絶か...」
「うむ。魂の力は感情によって引き出される。相手の事を拒絶する反応。それが相手を攻撃する波動として発生しておるのじゃ。ゆえに波動拳を極めること、それすなわち己の感情を完璧にコントロールする事なのじゃ。」
「感情をコントロール...それは得意分野だな。」
レイジは得意げに笑った。マスターブラックはほっほっほとひげを触りながら笑った。
「そうじゃろうな。お主からはそういった知性を感じる。ゆえにお主ならすぐにマスターできるじゃろう。さあ、波動拳を撃ってみるがいい。」
マスターブラックに言われてレイジは深く集中し始めた。
『手のひらに魂の力を集中させて...憎しみの心を表に出し...相手を...拒絶する!!』
レイジはバッと勢いよく右手を目の前の木に向けて突き出し、波動拳を放とうとした。するとレイジの手のひらから目に見えない力が放出され、目の前の木は跡形も無く粉々になった。
レイジは自身ですら驚くほどの威力に圧倒していた。
「...これが...『波動拳』...!?」
マスターブラックは満足そうに笑った。
「ほっほっほ。そうじゃ。これが波動拳の威力じゃ。どうじゃ?今までの筋肉を強化しての攻撃とはモノが違うじゃろう?」
「ああ。ここまで違うものなのか...」
レイジは筋肉強化と波動拳との圧倒的な差に驚いた。マスターブラックは付け加えて言った。
「うむ、じゃがそれは波動拳が凄いわけではない。お前さんの筋力が少ないゆえのものじゃ。もしお前さんが筋力を鍛えたなら、波動拳よりも威力が出るかもしれん。まあ、それを差し引いても、お前さんは波動拳の扱いがとてつもなく上手いのう!普通は波動を出せるようになるまで1カ月はかかるものじゃよ?しかもその威力はそうそうたやすく出せるものでは無いんじゃがのう。」
「そうなのか?まあ、魂の力の扱いは姉御に鍛えられていたからな。基礎はばっちりって事だな。」
「なるほどのう。じゃが、今のお主の攻撃程度では、わしはおろかわしの孫のタイダイにすら勝てんじゃろうな。」
「...え?」
レイジは怪訝な表情を浮かべた。
「ほっほっほ。では今の威力でわしに撃ってみよ。わしはその10分の1の魂の力で相殺して見せようぞ?」
マスターブラックはレイジを挑発するように言った。レイジはその挑発にあえて乗った。
「いいだろう。じゃあさっきと同じ力で波動拳を撃ってやる。ケガしても文句言うなよ?」
レイジはそう言ってさっきと同じ様に息を吐き、集中して魂の力を手のひらに集めた。そしてカッと目を開いてから波動拳を20メートルほど先のマスターブラックめがけて放った。マスターブラックは本当にレイジの魂の力の10分の1の魂の力しか手のひらに込めずに波動拳を放った。お互いの波動拳はちょうどお互いの距離の真ん中あたりで衝突し、大きな音と衝撃を発しながらマスターブラックの方へと流れて行った。
「...あれ?相殺できてなくね?」
レイジが思い描いていた相殺とは違い、マスターブラックの方へと流されていった自身の波動拳は地面をえぐり大きな土煙をあげていた。マスターブラックの姿が土煙で覆われて見えずレイジはもしかして殺してしまったのではないかと心配した。しかしそんな心配する必要も無く、土煙が無くなった後マスターブラックは傷一つない姿でその場に立っていた。
「マスターブラック!よかった、死んだかと思ったぜ。」
レイジはそう言ってマスターブラックに近づこうとしたが、その地面の異様さに気づき、足元を見た。そこはマスターブラックの足元から数センチ先がまるで戦車でも通ったかのようにえぐれており、そのえぐれた地面はマスターブラックの左右数十メートルまで続いていた。
「これは...俺の波動拳が左右に流されたって事か...?」
レイジは自身の波動拳がマスターブラックの波動拳によって左右に分かたれたことを今認識した。マスターブラックはほっほっほと笑った。
「惜しいのう。実際には波動拳の左右ではなく中心を破壊したのじゃよ。ゆえにわしの頭の付近にも波動拳は通って行ったぞ。」
「中心を破壊...?そうか!」
レイジはその言葉だけで理解した。
『つまり俺の波動拳の中心に、マスターブラックは波動拳を当てて自分の当たる部分だけを相殺したのか!?俺の波動拳は一見すると派手で威力も大きそうに感じるが、敵に当たる部分はほんの真ん中の部分だけだった。それをわかっていたからマスターブラックは10分の1の魂の力でその部分だけを相殺したのか!?だが、そうすると...』
「...波動拳はもっと絞れるって事か?」
レイジは頭の中で考えていたことをまとめてから、自身の知りたいことだけを言葉にした。マスターブラックはそれを聞いて少しだけ目を開いて驚いた。
『驚いたのう。たった一回の相殺でそこまでたどり着くとは...この子の強さは魂の力を操る技術よりも、物事の事象を理解し、頭の中で素早く答えを導き出す地頭の良さにあるのかもしれんのう...』
マスターブラックはレイジの頭の良さに驚き、そしていつも通りの笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。鋭いのう。その通りじゃ。」
マスターブラックはそれだけ言った。レイジはその言葉を聞いて自身の導き出した答えがあっていることに喜びを感じ、二ッと笑ってまた波動拳を出すために集中し始めた。
そんなやり取りを見て昆布は困惑した。
「え?どういうことでござるか?絞れるって、何の話でござるか?」
昆布の質問にマスターブラックはほっほっほと笑った。
「なに、心配せんでも説明するぞよ、今の相殺の話をの。」
「頼むでござる!拙者には全く理解できなかったでござるよ!」
昆布はそう言ってマスターブラックから話を聞こうとキラキラと目を輝かせながらマスターブラックの顔を見た。そして昆布ほどではないが、あんこも、ネネも、ヤミナも今の波動拳の衝突を見てなぜレイジの回答が『波動拳は絞れるのか?』にいたったのかが分からず、聞き耳を立てていた。
姉御は理解し、ただ『なるほどね』とだけつぶやいた。ゴゴは全く興味なく筋トレをしていた。
「ほっほっほ。では、聞きたいものだけ聞いておくれ。今の波動拳の衝突で大事な事はひとつじゃ。それは『なぜわしの波動拳がレイジの波動拳の10分の1の魂の力で相殺できたのか』って事じゃな。」
「うんうん!それを聞きたかったでござるよ!」
「うむ。結論は、わしの波動拳はレイジの波動拳に比べて的を絞ったものじゃったからじゃよ。」
「的を、絞ったものでござるか?」
「うむ。わしが狙っていたのはわしの身に危険がある場所だけじゃ。つまり、レイジの波動拳の中心さえ相殺できればあとは突っ立っているだけでかわせるという事じゃな。」
「なるほど!だからあの威力を浴びても無傷だったんでござるね!?でも、それってただ波動拳を中心に当てただけでござるよね?それだけなら絞れるのか?って疑問は湧かないんじゃないでござるか?」
「うむ。確かに。じゃがレイジはその答えにいたったのじゃ。それはわしの憶測じゃが、きっとレイジは不思議じゃったんじゃろうな。いくら中心に当てたとしても10分の1では無理があると。」
「うんうん!拙者もそれは不思議だなーって思ったでござるよ!」
「うむ。そしてレイジは色々と仮説を自身の頭の中で考えたのじゃろう。そしてひとつの答えにたどり着いた。それが『波動拳は絞れるのか』正確には『波動拳は発生した後の力を巨大な大砲ではなく、一本の槍のように一点だけに絞れるものなのか?』という疑問じゃな。」
「波動拳は発生した後の力を...え?なんだって?」
昆布は眉をひそめて首をかしげた。マスターブラックはほっほっほと笑った。
「これは波動拳を放ってみればわかるのじゃが、波動拳は発生した地点から円が広がるように力が出ておる。いわばクレッシェンドみたいな感じじゃな。だんだん広く大きくなるイメージじゃ。」
「なるほど?まあ、さっきの兄貴が木を粉々にしたときの波動拳はまさにそんな感じでござったな。」
「うむ、じゃがそうなると問題がある。それは、距離があればあるほどその威力は分散してしまうということじゃ。」
「へぇー。それじゃ波動拳は近距離じゃなきゃ使えないって事でござるか?」
昆布の質問にマスターブラックはニヤリと笑った。
「普通ならそうじゃな。普通なら!じゃがのう。わしのような熟練の波動拳使いはその弱点を克服したのじゃよ!それが!『波動拳を絞る』という事じゃ!」
「波動拳を絞ることが、弱点を克服する事?どうしてでござるか?」
「うむ。まず波動拳は通常、距離が離れれば威力が分散してしまうのはわかったのう。しかし、それを押さえることができるとしたら、その威力はほとんど失うことは無いじゃろう?」
「確かにそうだけど...あっ!」
昆布はここまで聞いてようやく理解した。それを確認したマスターブラックは深くうなずいて答えた。
「その通りじゃ。レイジの波動拳とわしの波動拳はちょうどわしらの距離の真ん中で当たったにもかかわらず、わしはレイジの波動拳の真ん中だけを捉えることができた。ゆえにわしは10分の1の力でも相殺できたのじゃよ。」
「なるほど!それに兄貴は気づいたから『波動拳は絞れるのか?』って質問したって事でござるね!?なるほど!納得でござるよ!」
昆布は謎が解けてスカッとしたらしく、晴れ晴れとした表情で笑った。マスターブラックはほっほっほと笑った。
「そういう事じゃよ。ちなみに波動拳は絞れるには絞れるが、わしのレベルにまで達するにはあと5年はかかるじゃろうな。それはレイジや白霧の連れ子並みの技術力を持っておる者で5年じゃ。そうでない者はもっとかかるじゃろうな。」
「はえー!そんなに凄いんでござるか?マスターブラック殿の波動拳は?」
「ほっほっほ。まあのう。波動拳自体、わしが編み出した拳法じゃからのう。わしを超える者はいまだ出ておらんのじゃよ。孫のタイダイが超える潜在能力はあるものの、真面目に修行しないからのう。...っと!いかんいかん!愚痴が出てしもうたのう!よし、ではわしの本気の波動拳をお前さんらに見せてやろうではないか!」
「おぉーーー!!さっすがマスターブラック殿!太っ腹ぁ!!」
昆布はマスターブラックを褒めてよいしょした。マスターブラックはほっほっほと笑い、ゆったりと腰を落として息を吐き、左手を前に突き出し、右手に魂の力を集めて目つきが鋭くなった。その瞬間、今までの優しそうなおじいちゃんの姿は一瞬にしてこの場にいる誰もが恐れるほどの強者の顔つきになり、その背のオーラにはレイジにはわからない何かを背負っていることが分かった。
「それでは、見ておれぃ!!これが!本物の!波動拳じゃああああああああ!!!!」
マスターブラックはそう叫ぶと同時に右手を勢い良く突き出した。すると目の前の木は全く微動だにせず、変化すら見えなかった。しかしマスターブラックは息を吸い、また元の優しいおじいちゃんの顔に戻った。
レイジたちはもっとすさまじい破壊が見られると期待していたが、その期待は裏切られ、レイジはマスターブラックに聞いた。
「今のが...本物の波動拳か?別に何にも変わって...」
レイジがそう言いかけたその時、姉御は冷汗を流しながらレイジに言った。
「レイジ、その木の後ろの光景を見な。」
レイジは姉御に言われるまま後ろを見た。そこは一見すると何も変わっていなかったが、目を凝らしてよく見ると木々に穴ができていた。それを見た瞬間レイジはハッと気づいた。
「まさか...この穴は...波動拳が貫いた穴か!?」
レイジの一言にその場の全員が驚き、マスターブラックの顔を見た。マスターブラックはいつも通りに笑っていた。
「ほっほっほ。その通りじゃ。わしはの、波動拳を極限まで一点に集中し、さらに放出後のだんだんと大きく、そして威力が分散する波動拳を極力抑えることができるのじゃよ。これぞ、わしの究極奥義『一槍貫』じゃ!これを喰らったものはいかなる盾を用いても防げぬことからわしがつけた名前じゃ。」
「一槍貫...じゃあ!もしかしてこの技なら街に張られてる大型のシールドとかも貫けるのか!?」
「...ああ。貫けるぞ。」
「本当か!?なら、魔王軍はこれを利用したのか...?」
「いいや、それは違うのう。」
「...なんでだ?」
「確かに、一槍貫はシールドを貫ける。しかしのう、貫いたとしても貫けるのは一瞬だけなのじゃよ。貫いた後はすぐにシールドが穴をふさいでしまうのじゃ。じゃからわしの奥義ではシールドを破壊するなどという芸当は無理じゃな。まあ、それでも神のへそくりであるシールドを貫けるのはとてつもない利点じゃがな。」
マスターブラックはそう言った。姉御はそれを聞いて深くうなずいた。
「...確かにね。シールドが登場したことで闘いは大きく変わったからね。シールドは本当に何にも通さないのさ。だから多くの武術大会ではシールドの使用を禁止するぐらいだからね。それにシールドは本当に値段が高い。それに見合うほどの価値があるからね。それを貫けるなんて話は、あたしは初耳だね。」
姉御は腕を組んで言った。マスターブラックはほっほっほと笑った。
「そうじゃのう。前回の公式戦でシールドを解禁したのは間違いじゃったな。あれほどまでにシールドが普及しておるとは思わなかったからのう。」
マスターブラックはため息をついた。そしてレイジはマスターブラックに聞いた。
「なあ、マスターブラック。どうやったら波動拳の放出後の威力分散を抑えることができるんだ?」
レイジに聞かれてマスターブラックは顔をあげて笑った。
「ほっほっほ。それはとてつもなく高度な技術が必要じゃよ。教えてもよいがそれならばひとつ、わしの頼みを聞いてはくれぬか?」
「なんだ?」
レイジはすぐに聞いた。マスターブラックはフッフッフと怪しく笑った。
「わしの弟子になれぃ!レイジ!お主ならば、波動拳の後継者になれるぞ!」
マスターブラックはビシィッと指をさして言った。レイジは困った表情を浮かべた。