ヤミナとあんこ
あんこはヤミナの様子を見に2階の宿屋の部屋までふわふわと浮かんで来た。そしてあんこは宿屋の窓から中の様子を見た。そこには濃い紫色の下着姿で立ちながらゴニョゴニョと喋っているヤミナが見えた。
「...そうだよ?ウチの好きな人。...えぇ―!?そんなことないよぉ!...そうだけど?...いいの!だってもともとウチが幸せになれるなんて思って無いし...うん。...うん。...そうだね。大丈夫。決意は鈍ってないよ。むしろ、レイジ君の為にも全部やり直そうって改めて思った感じだし...」
ヤミナはひとりでいるはずなのに、誰かと話している様子だった。それを見たあんこは首をかしげて宿屋の窓をトントンと叩いた。するとヤミナは「うひゃあ!!?」とまるでお化けでも出たかのように驚き、窓の方を見ながら尻もちをついた。
「...大丈夫?ヤミナちゃん?」
あんこは窓を開けながらヤミナの心配をした。ヤミナは挙動不審にあたふたとしながらへらへらと笑った。
「だ、大丈夫!う、ウチ、お尻おっきいから...全然痛くないよ!?」
ヤミナは額からタラ―ッと汗を流しながら歪んだ笑みを浮かべて言った。あんこはうんうんと頷きながら質問をした。
「ねえ、さっき、誰かと話してた?」
あんこの質問にヤミナは心臓がドキッと跳ね上がった。そしてこれまで以上に挙動不審にあたふたとし、目が全力で泳いでいる状態で必死に言った。
「え!?ああ!?いやー!?そ、そんなこと無い...けどねぇ?」
ヤミナは明らかに嘘をついている歪んだ笑みを浮かべながら焦った口調で言った。あんこは首をかしげて再び聞いた。
「そうかなー?ちょっと前から聞いてたけど、絶対誰かと話してたと思うんだけど...違うの?」
あんこは純粋な目で見ながら聞いた。ヤミナはその目を見て一瞬考えて、諦めたようにため息をついた。
「...バカにしない?」
ヤミナは恐る恐るあんこの顔を見上げながら聞いた。あんこはうんうんと頷いた。そしてヤミナはまたため息をついて白状し始めた。
「...実は、さっきのは...そのー...『妄想』なの...」
「妄想?」
あんこは聞き返した。ヤミナは顔をうつ向かせて目を閉じて静かにうなずいた。
「ウチ、友達とか出来たこと無くて、そのー、みんなと、何話したらいいのかわからなくて...だから、話した時のシミュレーションをしてたって感じなの...」
ヤミナは顔を赤く染め、恥ずかしそうに告白した。あんこは「へぇー。」と言って少し考えた。
『シミュレーションをしてた?そんなことする必要あるんだー?あたしはしたこと無いなー。それに、もしさっきのがシミュレーションだったら、なんか、変なシミュレーションだなー。決意がどうとか、そんなこと話す気だったのかな?』
あんこは少しだけ疑問を感じながらもヤミナの恥ずかしそうにしている態度に、これ以上追及するのはひどい事だと感じて聞かなかった。
「...そっかー。じゃあ、みんなには内緒にしておくね!それより!なんかバトルマスタータウン公式戦?っていうのが始まるらしいよ!?姉御ちゃんたちの所に一緒に行こう!」
あんこは手を差し伸べた。ヤミナはうつむいていた顔をあげてパァ―ッと明るい表情になった。そしてヤミナは「うん!」と嬉しそうに返事をしながらその手を取った。
「えへ、えへへへへ!う、ウチ、こういうの、初めて。ちょ、ちょっと、嬉しい。」
ヤミナは口がゆるゆるになりながら口角が上がった笑みを浮かべた。そしてそのまま出て行こうとしたときにヤミナは重要な事に気づいた。
「...ちょっと待って。う、ウチ、服着てない...」
ヤミナは自身が下着姿であることに今気づき、恥ずかしそうに頬を赤らめた。それを見たあんこはアハハと笑った。
「ほんとだ!あたしは裸の方が好きだけど、ヤミナちゃんは違うんだね!」
「えっ!?ま、まあ、そうだね...へへ、えへへ。」
ヤミナは愛想笑いを浮かべながらせっせと服を着た。そしてあんこはヤミナが服を着たことを確認するとヤミナを抱えて窓から飛び出し、そのままふわふわと姉御の元まで浮かんで行った。
あんこは姉御の姿を確認する位置まで来ると、そのままゆっくりと下降し、ヤミナを地面に降ろして姉御に報告をした。
「姉御ちゃん!ヤミナちゃん、連れてきたよ!」
「ああ、ご苦労。あんこ。」
姉御はあんこの頭を撫でて褒めた。あんこは嬉しそうに撫でられていた。そしてヤミナはオドオドしながら姉御の方を見た。
「あ、えと、そのー、ね、寝坊しちゃって、ごめんなさい...」
ヤミナはチラチラと姉御の顔色をうかがいながら言った。姉御はフッと笑った。
「いいや、気にしなくても大丈夫。あたしも、本当は朝は弱いからね。気持ちは分かるよ。」
姉御は優しくそう言った。ヤミナは少しだけホッとして落ち着きを取り戻した。そして姉御は続けて話した。
「そうだ、あんこから聞いたかい?バトルマスタータウン公式戦が開催されるって。」
「え、ああ!き、聞いたよ?」
「そうかい。なら話が速い。その大会は3か月後に行われる。だからそれまでの間にみんなに修行をつけようと思うんだけど、ヤミナはそのサポートをして欲しい。」
「さ、サポートって...ど、どんなことをすればいいの?」
「まあ、修行自体はいつもと変わらない基礎の鍛錬だけど、やっぱりケガもしやすいからね。ヤミナのロボで治療をしてもらいたいのと、あとサライヤンみたいな面倒くさい相手が乱入してこないかを上空から偵察ロボで見張っててもらいたいってのもあるね。」
姉御はパッと思いつくだけでもヤミナにやって欲しい事を言った。ヤミナはうなずきながら聞いていた。
「な、なるほど。い、意外と、やる事多いね...い、今まで、ウチがいないときは、誰が見張ってたの?」
ヤミナはそーっと覗き込むように聞いた。姉御は答えた。
「ああ。一応あたしやあんこのヒシちゃんで見張ってたよ。まあ、今まではほとんどドラゴンフライで空を飛んで移動していたし、修行も基礎の鍛錬や魂の力を扱うために瞑想を主にしてたからね。そもそも見張りをする必要が無かったんだよね。」
「な、なるほど。そ、そうなんだね...」
「ああ。それに、ドラゴンフライが壊れた後も見張りはそんなに重要視してなかったんだよね。たまに襲ってくる野盗とかは弱かったし、幻獣にも出会わなかったからね。でも、サライヤンみたいなやつがまた襲ってくるかもしれないからね。だからヤミナには偵察もして欲しいのさ。」
姉御は説明した。ヤミナはそれを聞いて少し考えてから答えた。
「...うん。じゃあ、さ、サポートは任せて。ウチ、闘えないけど、サポートは、一応、自信ある...」
ヤミナは言葉通り、今までのおどおどした口調ではなく、はっきりと言った。それを聞いて姉御はフッと笑った。
「ヤミナが自信あるってはっきり言うのは珍しいね。じゃあ、任せるよ。」
「う、うん!」
ヤミナは力強くうなずいた。そして姉御は全員がその場に揃っていることを確認すると指示を出した。
「よし!それじゃ、まずは修行するためにもこの間の湖に行こう!あそこなら暴れても大丈夫だろうし、それにゲンブやサライヤンと闘った場所ならあの強さを思い出しながら特訓できるだろうしね。」
姉御はそう言うと早速ゲンブたちと闘った湖へと歩いて行った。レイジはため息をついた。
「はあ、しょうがないな。俺は死にたくないからな。死にたくないなら強くなるしかないのか...あーあ。なんで殺し合い以外の選択肢をとれねーんだよ。戦争なんてくだらないなー。やりたきゃ俺を巻き込まないでくれよ...」
レイジはブツブツと言いながらも姉御について行った。
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レイジたちは修行をする場所の湖まで来た。道中、ゲンブやサライヤンやラストなどと出くわさないかレイジは心配していたが、その予想は運よく外れた。
「...マジで誰もいなかったな。気配すら感じなかった。途中物音がしたと思ったらただのイノシシとかシカだったしな。昨日の激戦が嘘みたいだな...」
レイジは昨日の激戦で破壊された木々や穴だらけになった地面を見て言った。姉御も同様の感想を抱いていた。
「そうだねぇ。でも、この破壊の後を見れば強くならなきゃってやる気が出るもんでしょ?この中に横たわる死体になりたくないってさ。」
姉御は少し怖い事を言った。あんこは強くうなずいた。
「そうだね!あたしも死にたくない!だから頑張る!」
あんこは張り切ってグッと拳を握った。そして修行を開始しようとしたときに突如として誰かが森の中から現れた。
「ほっほっほ。真面目にしゅぎょうしておるのぅ。感心感心!」
出てきたのはツルッツルに禿げた頭ともっさもさに生えた白いひげを携えたマスターブラックだった。その姿を見たゴゴは誰かが言葉を発するよりも速くマスターブラックに襲い掛かった。
「うおおおおおおおおお!!!マスターブラックのジジイいいいいいいいい!!!!」
ゴゴは嬉しそうに、そして狂った笑顔で殴りかかった。マスターブラックは真正面から右手だけで受け止めた。そしてマスターブラックも嬉しそうに笑った。
「フッ、ゴゴよ。昨日のパンチよりも少し威力が上がっておるのう。」
マスターブラックはそう言うと腰を落として左手で発剄を繰り出し、ゴゴを吹き飛ばした。それを見た姉御はあることに気づいた。
「その打ち方...見たことある...」
姉御は自身の記憶を探った。マスターブラックも姉御の方を見て背中に背負っている小さい薙刀を見て思い出した。
「その薙刀...見覚えがあるのう...お前さん、『白霧』を知っておるか?」
マスターブラックの言葉に姉御は心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けた。
「...白霧さんを知っているの?」
姉御は驚愕した様子で真剣な眼差しを向けながら聞いた。マスターブラックはうなずいて答えた。
「ああ。知っとる。20年以上前の戦争中に同じ前線で闘ったことがある。...お前さん、もしかしてその時におった子供かの!?」
マスターブラックは目をかっぴらいて驚きながら聞いた。姉御は静かにうなずいた。そしてマスターブラックは驚き口を半開きにしながらつぶやいた。
「お、驚いたのう。あの時の子供が、まさか生き残っておったとは...ようあの戦争から生きて帰ってきたのう。...白霧は死んだと聞いておったが...?」
マスターブラックは神妙な様子で聞いた。姉御はため息をついてうつむいた。その動作だけでマスターブラックは白霧が死んだことを察した。
「...そうか。あの子も強かったがのう。やはりあの戦争で色々なものを失ってしまったのう。」
マスターブラックはそう言うとうつむき、何も言わなかった。姉御も何も言わず、その場には重たい空気が流れていた。そしてレイジは思った。
『白霧って誰だ?姉御からは何にも聞いたこと無いな...いや、俺が聞かなかっただけか?』
レイジは重苦しい空気を感じ、姉御に聞く勇気が出ず黙っていた。その沈黙を破るようにゴゴが再びマスターブラックに襲い掛かった。
「俺は!!まだまだいけるぜええええええええええ!!!!」
ゴゴは今度は空中からマスターブラックに襲い掛かり、マスターブラックはそんなゴゴを見てフッと笑った。
「お前さんは...本当に空気が読めないのう!」
マスターブラックは困ったように笑いながらゴゴの攻撃を避け、ゴゴに言った。
「ゴゴ、お前さんの戦闘欲求を満たすのは後じゃ!今は少しだけ話がしたい。」
マスターブラックに言われてゴゴは盛り上がっていた闘志が見る見るうちに大人しくなっていった。
「...そうか。本気で来ないか。なら興味ねー。筋トレしてくるわー。」
ゴゴは意外にもあっさりと諦めて両手にハンマーを持ちながら筋トレを始めた。そしてマスターブラックはフーッと息を吐いてから姉御たちに言った。
「わしはな、お前さんたちを強くしようと思ってここまで来たのじゃよ。」
マスターブラックがそう言うと、レイジは質問した。
「俺たちを強くする?何のために?」
レイジが聞くとマスターブラックはホッホッホと笑った。
「それはの、バトルマスタータウンランキング1位の、わしの孫を倒して欲しいからじゃ!」
「なに!?あんたの孫だと!?」
レイジは驚き、聞き返した。マスターブラックは穏やかな表情で笑っていた。