ゲンブ戦その後
レイジはゲンブが言い残していった言葉が頭から離れなかった。
『幻獣が、元は人間...?それは本当だろうか?確認するすべが何もない。スザクに確認するか?いや、あいつは俺がピンチの時しか喋りかけてこない。もしゲンブの話が本当だとしたら、俺はどうなるんだ?このままバーニングレイジを発動し続けたら、俺も幻獣になってしまうのか?それとも、スザクが復活することになるのか?俺を生贄に?幻獣とはそういう習性があるのだろうか?』
レイジはどんどんと不安を感じて、悪い方向へと考えを深めて行ってしまった。それを察した姉御はレイジの肩を叩いた。
「レイジ!」
その呼び声と肩を叩かれた衝撃でレイジは我に返った。
「あ、姉御...」
レイジは不安を浮かべた表情で姉御の方を振り返った。姉御はその顔を見てすべてを察して優しく言った。
「今はそれの真偽については後回し!とにかく、ネネとゴゴの援護に向かうよ!」
姉御はレイジをねぎらった。レイジは深呼吸をして一旦その問題を頭の片隅まで追いやった。
「...ああ。そうだな。」
レイジはぬぐい切れない不安を感じつつも、それ以上にネネの安否が心配だった。そしてネネのいる方はどこかと探しているとレイジの持っている通信機にヤミナの声が響いた。
「ああ...もしもし?レイジくん?聞こえる?」
レイジはヤミナの声に返答した。
「ああ。聞こえるぞ。」
「よ、よかったぁ。や、やっぱりウチの持ってた通信機と同じタイプだね。ふへへへ。」
ヤミナは不気味に笑った。レイジはそれを気にせずにヤミナに聞いた。
「ヤミナ。ネネの居場所がどこかわかるか?」
レイジに聞かれてヤミナはおどおどとした対応で言った。
「あ、ああ!も、もちろん!えっとねー。そこからまっすぐ西に向かえば、たぶん行けるはず...。こ、細かい指示はレイジくんたちの様子を見ながら出してくね。」
レイジは首をかしげた。
「俺たちの様子を見ながら?どこから見てるんだ?」
「ああ...えっと、う、ウチが開発した飛行型偵察ロボットで、み、見てるから。ふへへへへ。ずっと、レイジくんの事見てたんだよ?ふへ、ふへへへへ!」
ヤミナは一段と不気味に、そして照れくさそうに笑った。レイジはヤミナの好意に気づかずにスルーした。
「そうか。ありがとな。」
レイジはお礼だけ言って姉御とあんこと昆布に聞いた。
「姉御、あんこ、昆布、俺はネネの援護に向かうけど、三人はどうする?かなり疲弊しているみたいだし、ここで待っててもいいぞ?俺とブレイブが居ればまあ、たぶん何とかなるだろう。」
レイジに自身の実力を認められて、ブレイブは嬉しそうに笑った。
「照れちゃうねー!レイジ君に認められたよ!すっごく嬉しいね!」
ブレイブはルンルンと上機嫌になって小躍りをした。昆布はその場に倒れこんだ。
「拙者はもうお手上げでござるー!疲れて動きたくないでござるよー。それに、行ったところで、あのサライヤンとかいう化け物に勝てそうもないでござるからねー。」
昆布は地面に寝っ転がって空を見上げた。レイジは眉をひそめて昆布に聞いた。
「サライヤン?」
レイジの質問に昆布はヘラヘラと笑いながら言った。
「胸毛の妖怪でござるよー。」
昆布の冗談にレイジはより眉間にしわを寄せた。姉御は昆布の代わりに真面目に答えた。
「ああ。どうやらゴゴの知り合いらしい。恐ろしく強いね、あの男は。おそらく、この場にいる誰よりも強いだろうね。それと、お供の魔族の女の子がいたね。犬のような顔をした、可愛らしい女の子だったね。あの子は...どうなんだろう?足は速かったけど、一般的な魔族の子って感じだったね。」
姉御は自身の感じたことを丁寧に伝えた。レイジは姉御の説明でなんとなく理解した。
「...なるほど。サライヤンは強いのか...。まあ、姉御が言うなら確実だろうな。だったら、姉御とあんこと昆布はここに残っていてくれ。そんな状態じゃ正直言って足手まといだ。なんならブレイブをここに残そうか?」
レイジは姉御に聞いた。姉御はフッと笑った。
「いいや、大丈夫。確かに疲弊しているけど、少し休めばすぐ動けるからね。それに、さすがにゲンブみたいな強い幻獣はここにはいないだろうしね。幻獣相手ならあたしは不利だけど、人間相手なら圧倒的に有利だからね。」
姉御に言われてレイジは周囲を確認しながら言った。
「...確かにな。姉御は対人間相手なら相当な経験があるからな。それに、疲弊しているといっても3人もいれば何とかなるか...よし、じゃあ俺とブレイブはネネとゴゴの援護に向かう。何かあれば通信機に連絡をくれ。」
「ああ。わかってるさ。」
姉御は余裕のある笑みを浮かべた。レイジはそれを見て西に向かって走り出した。ブレイブもレイジの後ろをついて行った。レイジの後ろ姿が見えなくなってから姉御はその場に座り込んだ。
「はぁぁぁぁぁ。」
姉御は疲れ果てたため息をついた。あんこは姉御の元へとふわふわと浮きながら駆け寄った。
「姉御ちゃん。さすがに疲れたねー。あたしもう動けないよー。」
あんこはへなへなと全身の力が抜け落ちるかのように姉御の膝へと寝ころびに行った。姉御はあんこの頭を優しくなでながらうなずいた。
「ああ。そうだね。さすがのあたしも、全力を使い果たして疲れたよ。...まあ、レイジが来なかったらゲンブの首を跳ね飛ばせなかったのは本当に悔やむところだけどね。あたしもまだまだなんだねぇ。」
姉御は自身の力ではレイジたちを守り切れない事に苛立ちを覚えていた。あんこはそんな姉御をフォローした。
「そんなことないよ!姉御ちゃんの作戦が無かったらレイジたちだって勝てなかったかもしれないし、それに姉御ちゃんはパワー系じゃないでしょ?ゲンブの防御力とは相性が悪かっただけだよ!」
あんこは姉御の判断は間違えていなかったことを力説した。姉御はそんなあんこの優しさに触れて、心が癒された。
「ありがとね、あんこ。おかげで気持ちが楽になったよ。でも、あたしはまだまだ強くなりたいね。どんな存在からもあんたたちを守れるような、そんな強さが欲しいよ。だからあんこ。力を貸してくれるかい?」
姉御はあんこの頭を優しくなでながら聞いた。あんこはとろけるような表情をしながら言った。
「もちろんだよ!!あたしに出来ることがあれば何でも言ってよ!あたし、姉御ちゃんのためなら何でもするよ!?」
あんこは心底嬉しそうに言った。姉御はギュッとあんこを抱きしめた。
「ありがとね。あんこ。」
「ふぅー!姉御がもっと強くなるんでござるかぁ!?じゃあ拙者はもう努力しなくてもいいでござるよねぇ!?」
昆布は寝ころびながらも茶化すように言った。姉御はフッと笑って片方の眉をあげて挑発するように言った。
「そうだねぇ。あんたが魂の力を全て扱えるようになったなら、努力しなくてもいいかもねぇ。」
昆布は姉御にグサッと刺さる言葉を言われて顔が歪んだ。
「うぅ。確かにそこは明確な改善点でござるよねぇ。拙者はまだ50%ぐらいしか引き出せていなかったんでござるからねぇ。」
昆布はいつものヘラヘラとした言い方ではなく、珍しく真面目に答えていた。姉御もそれに気づいて聞いた。
「おや?珍しく素直じゃないか。いつもだったら軽い冗談を交えて言い訳するのにねぇ。」
姉御に言われて昆布はへっへっへと笑った。
「まあねー。正直、拙者はもう強くなろうなんて思ってなかったでござるけど、ゲンブとの闘いで自分の実力不足がイヤというほどわかったでござるからねぇ。このままだと、拙者たちの中から確実に誰かが死ぬでござるよねぇ。」
昆布は真剣な表情で言った。姉御は何も言わなかった。姉御自身もそれに気づいていたから、反論することができなかった。あんこは昆布の発言を否定した。
「大丈夫だよ!今から強くなればいいんだから!簡単じゃん!」
あんこはとてもポジティブな発言をした。その言葉に姉御も昆布も笑い出した。
「ははははは!!あんこは凄いでござるなぁ!拙者もそんな風に考えて生きていきたいでござるなぁ!」
「そうだね。あんこのそういう所があたしは好きだよ。いつだって前向きなんだよね。この子は。」
姉御と昆布はずっと笑っていた。あんこは2人がずっと笑っていることにほっぺたを膨らませた。
「もー!2人とも笑い過ぎだよー!あたしそんなに面白いこと言ったー?」
姉御は笑いながらも首を振った。
「いいや、あんこのポジティブさにあたしらの心は救われたって話さ。あたしも、おそらく昆布も現実の辛さに心くじかれた経験があるからね。強くなるって事を簡単だって言えるあんこが凄くてね。つい笑っちまったんだよ。」
姉御は笑顔であんこの頭を撫でた。あんこは不思議そうな表情を浮かべた。
「そーかなー?だってあたしとレイジは生まれたときに比べたらすっごく強くなったよ?だから努力すれば強くなれるんじゃないのかな?」
あんこの発言に姉御はフフッと笑った。
「確かにね。でも問題はレイジの気持ちだね。」
「気持ち?」
あんこは首をかしげた。姉御はうなずいた。
「多分あの子は強くなる理由が無いんだろうね。いざとなったら逃げればいいって思っているからね。無理に闘わなくてもいい方法を探そうとするんだよね。それはとてもいい事なんだけど、現実は甘くないからね。どうしても闘わなくてはいけない時はあるからね。」
姉御は自身の過去の経験を思い出しながら言った。あんこはその言葉の意味を真に理解できてはいなかったが、強くならなければいけないということは理解した。
「...うん!じゃああたしがレイジをなんとか説得してみる!」
あんこはニッコリと笑って言った。姉御は優しいほほえみを浮かべた。
「頼んだよ、あんこ。レイジは頭はいいけど面倒くさがりなんだ。それに、現状の戦力ですべてを考えている。つまり、今よりも強くなることを考えていないんだ。だから相手と実力が互角なら戦わない方法を考えるだろうね。そこを踏ん張れるようにしてあげて欲しい。」
「うん!分かった!」
あんこはなんとなく理解した。姉御はギュッとあんこを抱きしめて「頼んだよ。」と言った。