違和感
レイジの容態を見て安心した姉御たちは救護室から出て話し合った。
「じゃあ、今日はレイジ抜きで修行でもしようか?」
姉御は皆に問いかけた。昆布は当然拒否した。
「ええー!拙者はやらなくてもいいでござるよねぇ?拙者なんかが強くなっても意味ないでござるよー?」
昆布は自虐的に言った。姉御はうなずいた。
「はいはい。分かっているから。ただし、自分の身は自分で守る事。いざという時に誰かが助けてくれるなんて期待したらダメだからね?修行を放棄するって事はそういうことだからね?」
姉御は冷たく言い放った。昆布は苦い表情を浮かべた。
「...厳しい言葉でござるねぇ。まあ大丈夫でござるよ!拙者、逃げ足だけは速いでござるから!」
昆布は自信満々に情けないことを言った。姉御はため息をついた。
「...どうしてうちのチームはこう癖の強い奴らばっかり集まったんだろうねぇ?扱いが難しくて困っちまうよ。」
姉御は頭を抱えた。そして昆布は照れくさそうに言った。
「そ、そんな、個性的だなんて、褒めても何も出ないでござるよー?」
昆布は後ろ頭をかきながら言った。姉御はキリッとした目で見た。
「褒めてないから!」
姉御と昆布は漫才のようなことを言いながら闘技場から出た。そこで姉御は違和感に気づいた。
「...ん?なんか、川の水が...増しているような気がする...」
姉御は今朝に見た川の水の量が増していることに気づいた。そしてそれはおかしい事だと思った。
「雨なんか降ってないはずなのに、どうして増しているんだろうか?...まあ、氾濫するほどの量じゃないから気にしなくてもいいんだろうけど...」
姉御は今までの人生の経験から培われた違和感を感じる力が、姉御に何かしらを伝えていた。
『この違和感を知らないふりして見逃してはいけない気がする...』
姉御の直感がそう言っていた。だから姉御はみんなに言った。
「...今日はちょっと山の方まで行って修行をしようか?なんだか胸騒ぎがするんだよね。」
姉御の言葉にあんこは不思議そうに聞いた。
「胸騒ぎ?なんかヤバそうって事ー?」
「...そうだね。ただの勘違いならいいんだが、なーんかヤな感じがするんだよね。」
姉御の言葉に昆布はおどおどした。
「そ、それって敵って事でござるかぁ!?だ、だとしたらヤバいでござるよ!兄貴もケガしてる状態で闘うなんて!ヤバ過ぎるでござるよー!」
昆布は落ち着きなく姉御たちの周りを駆け回っていた。ゴゴは満面の笑みを浮かべた。
「さいっっっっっっっっっっこーーーーーーーーーーーーだな!!!敵敵敵!!!闘えるうううううう!!!」
ゴゴは嬉しさのあまり謎の踊りを披露していた。ネネはそんなうるさい男二人にため息をついた。
「騒がしいわね。...でも、姉御さんの直感は結構当たるものね。しかもそれが悪い方の予感ならなおさらね。」
ネネは冷静に言った。ヤミナは自身無さげにゆっくりと手を挙げてから発言した。
「あ、あの...き、危険なんだったら、う、ウチはレイジくんの所で待ってようか?そ、そのー、ウチは、戦闘だと役に立たないと思うし...それどころか、闘えないから足引っ張ると思うし...」
ヤミナはヘラヘラとした笑みを浮かべながら言った。姉御は少し考えた。
「...確かにそうだね。誰か一人はレイジの所にいた方がいいかもしれないね。じゃあヤミナはレイジの所にいてもらおうかね。もしあたしらがピンチになったらネネに渡したスイッチを押して連絡を入れるって教えておいてくれないかい?」
ヤミナはペコッとお辞儀をした。
「う、うん!絶対言っておく!」
そう言ってヤミナはレイジの元へと走って行った。昆布は不服そうな顔をした。
「姉御?どうしてヤミナを兄貴の元へと行かせたでござるか?拙者が言うのもあれでござるけど、ヤミナは兄貴に惚れてると思うでござるよ。それって、少し危険じゃないでござるか?そのー、兄貴の恋心が傾かないかなーって心配でござるよ?」
昆布は眉をひそめて言った。姉御はフッと笑った。
「...だって、その方が盛り上がるじゃない。」
「...え?」
昆布は姉御から出た予想外の言葉に驚いて聞き返した。すると姉御は目をハートマークにして言った。
「『本当は俺はネネの方が好き!だけど、ヤミナはこんなにも献身的に俺のことを心配してくれる!ああ!俺はいったいどっちを選べばいいのだろうか!!』ってレイジが迷って迷って迷った挙句に選び出した答えがネネになるのかヤミナになるのか、どっちになるのか楽しみじゃない!!?そういうレイジの恋の葛藤が見たいのよ!ああ!あたしは意地悪だねぇ!性格が悪いって知ってるけど、こんなに盛り上がりそうな展開にワクワクせざるを得ないの!ああー!興奮してきたーーー!!」
姉御は自身の妄想の世界に入り込んでしまった。昆布はそんな姉御の姿にドン引きした。
「...えぇ?姉御って、そういうキャラでござったか?もっと、こう、なんていうか、頼りになる姉貴分って感じかと思っていたでござるが...」
昆布の言葉にあんこが言った。
「もともと姉御ちゃんはこんな感じだよー?あたしたちといる時はいっつも少女漫画を見てキャーキャー言ってたよー。最近は新しい人たちが入って来てたから抑えてたんだろーねー。」
あんこはさも当然かのように言った。昆布は姉御の意外な一面を見て驚きつつもそれを受け入れた。
「...なるほど。つまりこっちの方が姉御らしいって事でござるか?」
「そうだね!こっちの方が姉御ちゃんらしいよ!」
「...そうだったんでござるか...なんというか、類は友を呼ぶって、こういう事かって納得したでござるよ。」
昆布は恍惚に浸っている姉御とウッキウキで踊っているゴゴを見て同じものを感じた。そして姉御はハッと現実に戻ってから咳払いをして言った。
「...とりあえず、山の方に向かおうか。悪い予感は今でもするからね。」
そう言われて姉御たちはバトルマスタータウンを出て川沿いに山を登っていった。
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「魔王様、こちらは準備が整いました。」
魔王軍四天王のウィンドは膝をついて首を垂れながら言った。ファイアとアイスも同じ体勢で魔王の椅子に座る魔王に向かっていた。魔王は頬杖している状態からゆっくりと起き上がった。
「...そうか。では、向かうとしようか。」
そう言って魔王は鉄の仮面を装備して黒いマントに身を包んだ。そしてファイアたちの脇を堂々と歩いて行った。ファイアたちも魔王の後に続いて行った。そして魔王の部屋の外で壁にもたれかかっているガイアを魔王は見つけて言った。
「...ガイア。留守は頼んだぞ。それと、勇者の行動を見張っておけ。分かったな?」
魔王に命令されてもガイアはうなずかずにツーンとした態度をとった。魔王は呆れたようにため息をついてからガイアに近づいた。
「ガイア。私に何かあれば次の魔王はお前だ。だから私はお前を残したのだ。その意味が分かるな?」
魔王に言われてツーンとしていたガイアはうつむきながらチラッと魔王の方を見た。魔王はガイアの肩に手を置いて言った。
「任せたぞ。」
魔王はそれだけ言って歩いて行った。ファイアとアイスもそれに付いて行き、ウィンドはガイアに向かって笑みを浮かべて言った。
「ガイア。私はお前が妬ましいよ。お前はいつだって特別だ。任務も今まで一度も失敗してこなかったし、魔王軍に入った経歴も我々とは別だ。それなのに、我々よりも強い。妬ましくて妬ましくて仕方がなかったよ。」
ウィンドは今までガイアに対して思ってきた負の感情を暴露した。ガイアは黙ってそれを聞いていた。そしてウィンドはガイアから目線を外しながら言った。
「...ですが、あなたが先の作戦を失敗したと聞いて、心底嬉しかった。今まで追いつけなかった背中にようやく手が届きそうな感じがした。...ですが、今は全く別のことを思っている。それは、あなたとようやく仲間になれて嬉しいという感情ですね。」
ウィンドは照れくさそうに頬を赤らめながら本音を言った。ガイアは予想外の言葉に目をカッと開いてウィンドの方を見た。
「ウィンド...」
ガイアは小さくつぶやいた。ウィンドはフッと笑って流し目にガイアの方を見た。
「まあ、ようやくあなたのすごさを認めることができたって事ですよ。...つまり何が言いたいかっていうと、あなたが辛いときは私が手を貸してあげますよ。今までなら、ほくそ笑んでいただけでしたがね。」
ウィンドの心変わりにガイアは疑問に思った。
「...なぜ、今になっていい奴になったんだ?」
その質問にウィンドはフッと笑って答えた。
「単純な話ですよ。あなたが作戦を失敗して悔しがる姿が、過去の私と重なって見えただけですよ。つまり、親近感がわいたって事ですよ。あなたが、失敗しない、心のないマシーンに見えていたのが、人間に見えたからって事ですよ。いや、この場合は魔族に見えたと言った方があなたは喜ぶのでしょうか?」
ウィンドは顎に手を置いて言った。ガイアはフッと笑った。
「ありがたい気づかいだな。どちらでもいい。お前の心の内が分かったからな。」
ガイアはそう言って笑みを浮かべた。ウィンドも笑みを浮かべてお互いにガシッと顔の前で握手をした。そしてウィンドは魔王の方へと歩き出した。
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「カメの奴、腹が減って出て行ってしもうたのぅ。あいつトロイから見つからぬか心配じゃわい!」
セイリュウはぐてーっと青色の地面に横たわりながら言った。幻獣の王は本を読みながらフッと笑った。
「大丈夫じゃないかな?ゲンブはああ見えても厄介な男だからね。何かあっても対処は出来るだろうね。問題は勇者の動きだね。みんな強くなっていってるよ。厄介になりそうだけど、大きな事をなすにはまだ情報が足りないからね。」
幻獣の王はゆったりとリラックスしながらティーカップに入った紅茶を飲んでいた。そしてビャッコが言った。
「だがよ?ちっとばかし待ち過ぎじゃーねーか?いい加減飽きてきたぜ?今までだってずっと待ってるだけだったんだからよ。」
ビャッコは退屈そうにあくびをしながら言った。幻獣の王はまたフッと笑った。
「そうだね。動き出すとしたら力を蓄えてからか、魔族と人間の全面戦争が始まってからだと思っていたが、どうやら両方とも予想以上に時間がかかりそうだしな...」
幻獣の王は考えていた。そこに突如として黒いゲートが開いた。そしてそこから現れたのは魔王だった。
「ごきげんよう。幻獣の諸君。私の一族の仇たちよ。」
魔王は丁寧な言葉遣いで言った。セイリュウとビャッコはすぐさま戦闘態勢に入った。しかし幻獣の王はそれを止めた。
「おやおや、こんな場所にお客人とは、珍しい。...どういったご用件でしょうか?魔王殿?」
幻獣の王はキリッとした目で言った。魔王はあふれ出る魂のオーラを必死に抑えながら言った。
「...今日は話があってきた。闘いを求めているわけじゃない。」
幻獣の王はフフッと笑った。
「...それにしては、殺気が抑えられていませんよ?わたくしはあなたに何もしていないでしょうに。」
「...確かに、お前はまだ何もしていない。でも、存在自体が許せない事ってあるでしょう?」
両者の間にはかつてないほどの緊張感と魂のオーラのぶつかり合いが発生していた。