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星の勇者  作者: アシラント
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勇者の記憶

 落ちた。

 

 森を抜けた先が幅の狭い溝になっていたことにレイジは気が付かなかった。

重力がレイジの体を引っ張る。しかしレイジは重力以外にも自身の何かを引っ張られている感覚があった。


「あっふ!!」


 レイジは地面に勢いよく背中をぶつけた。思わず声が出てしまうほどには大きい衝撃だった。辺りは日の光が入りにくく薄暗くなるほど、深くて幅が狭い所だった。


レイジは自身の右手を燃やして辺りを照らした。ごつごつした岩肌が30メートルほどの高さまで続いている。登るのには少し苦労しそうだ。


 そんな観察をしているうちに、レイジは奇妙なことに気が付いた。


「このあたりに、生き物が生息していない?それどころか、森の近くなのに水気が全くないぞ?」


レイジは、雨が降ったら水が溜まりそうな溝なのに、からからに乾いていることに違和感を感じた。だが、そんな違和感が吹っ飛ぶくらいの衝撃がレイジを襲った。


「なんだぁ!?これ!?」


レイジの目の前にあったものは、崖の壁にあった灰色の扉だった。ところどころ線が入っていて、扉の上部に赤いランプが点灯している。

その未知なるものに、レイジは恐怖と興奮を同時に感じた。


レイジはその扉をよく観察した。素材は対幻獣用謎化学兵器(神のへそくり)に似ていた。形は長方形で、一般的な扉と同じ大きさだった。


レイジはその扉に触れてみた。すると扉は、緑色の光を放ちながら大きな音を立ててゆっくりと開いた。気圧の違いからか、中から強い風が吹く。レイジの興奮は今までにないほどに高まっていた。


扉が完全に開き、レイジは期待しながら中を覗いた。中はとてもきれいで、ほこり一つないほどにキレイだった。広さは、思っていたよりも狭く、6(じょう)ほどしかない、一戸建ての子供部屋ぐらいの広さだった。


内装は白一色で、家具は何一つなく、あるのは真ん中に堂々と刺されている刀と、手前に置いてある(さや)だった。その刀を見たとき、レイジは何故か懐かしいと思った。


レイジは頭で考えるよりも先に、体が勝手に動いてしまった。彼にとってそれは初めての体験だった。その体に従って、レイジはその刀を握った。その瞬間、頭の中に誰かの記憶が蘇る。


「これは...なんだ!?」


レイジの頭には、この刀を振り回して、絶滅の危機に追いやられた魔族と戦っている青年の姿が見え、写真のような、一瞬だけの映像が何枚も映し出された。


そして、最後の記憶は、とてもきたない映像だった。その映像では、砂嵐が酷く、相手の顔が全く見えなかった。しかし、声だけは、かろうじて聴きとれた。


『あなたならできるわ...。だって...だし、それに.....あなたはこの星の、勇者なんだから!』


そこで映像は途絶えた。


「俺が、勇者!?」


レイジは頭を抱えた。何がどうなっているのか、まるで理解できなかったからだ。しかし、ひとつだけ理解できたことがある。


「この刀、俺は以前、この刀を使っていた記憶がある!もしかして俺は、勇者の生まれ変わりなのか!?」


レイジの右手に握られた刀は、まるで主人の帰りを待っていた愛犬のように、嬉しそうにまばゆい光を放ち、地面から抜け出した。


刀を取ると、グラグラと地面が揺れ始めた。レイジは急いでこの部屋を出た。その瞬間に、部屋は崩れ始め、崖に飲み込まれた。


レイジは驚きと興奮が冷めやまぬまま、いそいで崖を登り、姉御とあんこのいるテントに向かった。


「姉御ー!!あんこー!!」


テントの横で日向ぼっこをしている、金髪で胸のあたりまで髪の毛を伸ばしている女性と、その隣でふわふわ浮きながら昼寝をしている、明るいあずき色をした少し長めのボブカットの少女に向かって、レイジは大きく手を振りながら近づいて行った。


「うん。おかえりーレイジ。」


姉御と呼ばれた金髪の女性は目を閉じながら、レイジを迎えた。


「すごい大ニュースがあるんだけどさ!聞いてくれよ!」


レイジはいつもの冷静な姿とは打って変わって、まるで子供の様にキャッキャとはしゃいでいた。


「あら、珍しいね。レイジがこんなに興奮してるなんて。」


その様子を見て、姉御は上体を起こし、レイジの方を見た。そして、宙に浮かんでいたあんこは目を覚ました。そして大きく伸びて、寝ぼけた声で「おはよー」と、目をこすりながら言った。


「見てくれよこの剣!そこの森の先の谷で見つけたんだぜ!」


そう言ってレイジは右手に持っていた剣を姉御に見せた。その剣を見て姉御は目玉が飛び出る程驚いた。


「ええええええええええええ!!!神のへそくりじゃんか!!!」


普段は目が悪く、常に眉間にしわを寄せていて怖がられている姉御が、そのしわを解くほどに驚いていた。それと同時に、あんこが姉御の声に驚き、普段から眠そうに細めている目を全開にして驚いた。レイジはそんな二人が珍しく驚いた顔を見て驚いた。


「レイジ!神のへそくりが幻獣に一番効果的に効くことを知っているだろ!」


姉御はレイジの手から剣を取り上げ、レイジの様子を見た。姉御のそんな様子を見て、レイジは少し不満そうに頭の後ろをかいた。


「そりゃあ、知ってるけどよ。でもその剣は俺が持っていても全然痛くなかったぜ?」


レイジは姉御を安心させようと優しい口調で言った。


「そうなのか。もしかしたら神のへそくりに似た別の何かなのかもな。」


姉御はレイジの言うことを信じて、剣をレイジに返した。


「姉御はちょっと心配し過ぎなんだよ。俺だってもう17歳だぜ?いつまでも子ども扱いはあんまりいい気分じゃないぜ。」


レイジは返された剣を鞘に戻した。その言葉を聞き、姉御は少しムッとして、レイジに距離を詰めた。


「あのねえ!火の幻獣をその魂に宿してる幻獣士のあんたが、神のへそくりに触れたら、肉が焼ける程熱く感じるのよ!?それなのにあんたは好奇心に任せてすーぐ触っちゃうんだから!もっと慎重に考えてから行動に移しなさいよ!」


姉御が心配性の母親モードに入ってしまった。レイジは「あー分かった分かった。」と首を縦に振りながら顔をそむけた。その様子を見て姉御はため息をつき、腕を組んだ。


「レイジ。あんたはあたしら3人の中で一番考えて動いているのに、好奇心に負けて考えも無しに動くところがあたしにはとても怖いんだ。いつか取り返しのつかないことになりそうで。」


姉御は片方の眉を上げて、優しい口調で言った。それに対しレイジは少しうつむき、目線を外し、少しの沈黙の後に、「わかったよ。」といい、剣を鞘に納めた。


「姉御が心配してくれるのはわかるけど、でも俺は俺の人生を歩みたいんだ。危険なのは承知の上だよ。だから見守っていて欲しいんだ。俺が何をするかをさ。」


レイジはまっすぐに姉御の顔を見つめて、真面目な顔で言った。そんなレイジを見て姉御は、大人になったなあと思い、嬉しさ半分寂しさ半分な気持ちになった。


「わかったわ。レイジの人生だからね。私はもう何も言わないわ。」


姉御は目に浮かべた涙を指で払い、縦にうなずいた。あんこはいまだに驚いた表情をしている。


そんな三人を置き去りにして、世界は大きく変動していった。


「地球に住む人間たちよ。」


突如として、青一色の空に空に映像が流れだした。その映像は、仮面をつけた何者かが正面を向いて話している。その声は大気を震わせるほど低く、人々に恐怖を与えるには十分すぎるものだった。


3人はその映像から目が離せなかった。誰も何も言わずにまじまじと見つめていた。


「私は魔王!17年前に勇者と相打ちになり傷を負ったが、たった今完全な復活を果たした!」


魔王と名乗るものは後ろを向き、歩き出した。そして背景に光が当てられた。そこにあったものは、無数の魔族と思われる兵隊たちが列をなして立っていた。


「見るがいい!人間たちを襲うように訓練された心を持たない兵隊だ!この兵隊たちを世界中にばらまく!私はこの兵隊たちを使い、この地球に魔族の世界を築く!」


魔王はそう言うと、魔法のような力で魔族の兵隊たちを飛ばしていった。すべての兵隊を飛ばした後に、魔王は再びカメラの方に近づいた。


「勇者が復活したということは知っている。勇者の装備が何者かの手に渡ったことは確認済みだ。せいぜい私を倒しに来るんだな。それが勇者の力を得た者の義務だからな。」


そう言い残して、映像は消えた。レイジたちは驚きのあまりその場で立ちすくむしかなかった。しかし、それを動かしたのは、レイジたちが向かおうとしていた街に流れ星の様なものがいくつも降ってきたことだった。


その流れ星は、着地と同時に轟音をならし、地面を揺るがした。黒い煙が立ち上る。レイジたちはようやく頭を正常に働かした。


「今の映像はドッキリでも何でもないのか!本当に魔王が復活して、この世界を牛耳ろうとしているのか!?」


レイジは今起こったことを声に出して整理した。


「街が危ない。助けにいこう!姉御!あんこ!」


レイジは二人の反応を待たずに走り出した。


「待ちな!」


走り出したレイジを姉御は呼び止めた。


「魔王は勇者かもしれないあんたを狙っているに違いない。」


姉御は顎に手を当てて、苦悩の表情で言った。


「じゃあ行くなっていうのか?」


レイジは怒りと焦りの表情で言った。


「いいや、止めたってあんたは行くだろうから、一つだけ約束してほしいんだ。私のそばから離れるなってね。」


姉御はレイジの無鉄砲さを理解しているので、止めはしないが安全の確保を提案した。それに対しレイジはぱっと明るい表情になった。


「ああ!分かった。じゃあ早速行こう!」


「あんこもそれでいい?」


姉御はあんこのいた方を見たが、あんこは誰よりも早く煙の上がった街へと向かっていた。


「そうだった、あの子はこの中の誰よりも正義感のある子だったわ。」


姉御は頭を抱えて首を横に振りながら言った。そして、レイジと姉御はいそいであんこの後を追った。




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