瞬く凶兆の星
アリアのデビュタントの日をきっかけに、いつしかカインとティファナは恋人同士のようになっていった。
最初、カインは記憶が曖昧なまま急展開していたティファナとの仲に困惑していたが、あの一夜が彼女を無碍にできないでいた。そうこうしているうちにティファナが話し上手で気配りもうまく、笑顔で話しかけられるたびに…いつしか絆されていった。朗らかに話しかける笑顔の裏に何があるのかを知らず、純粋に信じてしまっていた。
一方のティファナはカインがアリアに恋心をいだいていることを最初から知っていた。学校で、時折アリアを見るカインの瞳に熱が込められていることに気付いていたから。けれど、本人がそれに気がついていないことを良いことに、カインの関心や思考を自分の方に向けるよう、彼に罠を仕掛けた。思考を混濁させる薬に媚薬、そして自分の体を使ってなりふり構わずに。
なぜ貴族令嬢がこんなことをしたかといえば、貧乏な男爵家のティファナは良い金づる…もとい貴族のパトロンが必要だったからであった。男爵家、それも貧乏な、という形容詞がついてしまうティファナの家には、縁談を打診してくる家が少ない。そのうちのほとんどが、爵位を金で買おうと企む商人ばかりであった。ティファナが目指す、貴族の女として人生を楽しむにはお金と爵位は無くてはならない。だからこそ、貴族として地位の高く、また婚約者同士の仲がこじれており漬け込みやすそうな人を探しリストアップしていた。そのうちで、顔が整っている部類であるカインをターゲットに選んだ。侍らせるなら顔がいいほうが良い、そんな単純な動機。そこに感情は無く、本当は誰だって良かった。
そうしてそれぞれの関係が壊れていくのと同じように、あるものも壊れはじめていた。それは随分前から予兆が合ったものの、誰もが気付いて来なかったもの。それが、ようやく人々に”異常”と認識され始めたのだった。平和に慣れきっていた王宮の一部では、起こり始めていることの全容が見えはじめた途端に大騒ぎとなっていた。
その始まりは、一人の占星術師が、星の凶兆を読み取ったのがきっかけであった。どうにも凶兆の示す規模が可怪しいと国に訴え続けたものの、平和ボケをした者たちの耳は遠くだれも調査に乗り出さなかった。それならば、と占星術師は役人たちに掛け合い、報告書を借りてここしばらくの事件や出来事を集めていた。膨大な量の書類を読んでは比べそしてまた読み…を繰り返すうちに、あることに気付いたのだ。20年前には一度も姿を表したことがなかった魔物たちが近年になって出没しはじめたこと。出始めた年から日を追うごとに魔物の強さや数、そして出現頻度が上がっていることに。
気付いてしまった事の大きさに慌てた占星術師は、即座に騎士団に話を聞きに行った。討伐を行うのは騎士団が主導で行っていると報告書を読んだからである。
そして絶句した。占星術師が王宮で努めるようになった30年ほど前、騎士団は国の誇りであった。それを体現するかのように誰も彼もがきらびやかな装飾の入った鎧や剣をまとい、誰もが余裕を口元にたたえ悠然としていたというのに。
地獄のような有様であった。
かつての面影はなく、怪我をしていないものは誰もおらず、壁にかけられた鎧も剣もボロボロで手入れも満足にできていない。それでも舞い込む討伐依頼に即座に駆けつけては団員を一人減らし二人減らし…。残っていたのはごく少数であった。
平和ボケをしたこの国の騎士団は誉れあるものたちの職業と称されており、貴族しか入れない。入団試験も厳しくなかなか人を追加できないようにしてあった。それが仇となり、戦闘に長けたごく一部の者たちが戦い続きの休みのない日々を送っていたのだ。
根性のないものは即座に脱退し、そして国を守るという志あるものも高頻度な討伐で疲弊しその疲れから倒れるものも多く。傷を癒やしたり武器の手入れを満足に行えるだけの余裕がないことはひと目でわかった。
「どうして、王に直訴しないのですか。ここは何もかもが足りなさすぎる。人も、時間も、武器も物資も」
「…あなたにはわからないだろう…と言いたいところだが、我らの現状を実際に目で確かめようとしたのはあなただけだ。…これを」
疲れた顔をした騎士団長から渡された紙を見て戦慄が走った。それは、このまま行くとどれだけの魔物がこの国にあふれるかが事細かに書かれたものだった。
「なんて…こと。これを王は?!?」
「出した。が、くだらぬと突き返された。せめて備品の補充をと訴えたが無駄だった。そのような無駄金はないと言いながら、新たに呼びつけた宝石商から最上級の装飾具を買い漁っていた」
「そんな…」
「王を暗愚にしたのは取り巻き共だ。どれだけ被害や状況を報告しようともシャットアウトされる。そのせいでこの国は平和だの一点張り。我らはこのざまだ。」
占星術師にも痛いほどわかった。この国の王宮の腐敗を。同じ目に会ったのだから。
「…この資料だって、我が同胞の血と苦しみと命の結晶だ。これを書いた私の副官だったものはこれを書き上げたその日のうちに殺された。…己がいつか現れるだろうと予測していた、これまでよりずっと強い魔物にな。優秀なやつだった」
「そんな…」
「それは、あなたに譲ろう。我らにはもう、王宮の腐ったやつらと戦う力も、気力もないのだ。あるのは民を守らねばという思いのみ。…もう、疲れてしまった」
その後、会話した騎士団長は亡くなったと風のうわさで聞いた。彼はもともと小隊長だったらしい。それが、立て続けに団長や副団長が命おしさに消え、それまで実質のリーダーとして動いていた大隊長が魔物に破れ…そんな中で仕方なく団長になった人だった。
噂では地位欲しさに他のものを蹴散らした強欲な者、悪魔、人でなし、鬼のような形相で王を脅した騎士の風上にも置けない奴…散々であった。どうせ逃げ隠れた元騎士団長あたりが吹聴したのであろうそれらは、彼を表すにはふさわしくないものばかり。
崩壊寸前だった残り少ない仲間たちをまとめ上げ、ギリギリで回していた剛の者、それが彼であった。そんな最後の砦を無くした騎士団は、そして唯一身を守ってくれていた者たちを失った民はどうなるのかと、先の昏さにめまいがした。
託された想いを、占星術師は背負う以外の選択肢はなかった。
魔物から身を守る良い手はないのか、そもそもこの一連の原因は何なのかと、それをひたすらに調べるしか無かった。味方を作ることもできず、ただもくもくと王立図書館の文献をあたる日々が続いた。
完結までコツコツ進めていこうと想います。
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