小さな恋と穏やかな日々
遠い昔、ある大国に一人の巫女がいた。
巫女と言っても普通の人間と殆ど変わらない。ただ世界最後の1匹となった龍が持っていたとされる、美しい金の瞳を持っていただけの人間だった。
アリアと言う名の巫女は、その国の貴族として生を受けた。
アリアの家系には極稀に輝かんばかりに美しい金の瞳を持つものが産まれた。瞳の美しさは他のどんな宝石も霞むほどで、過去にはその美しさに惚れ込んだ他国の王族に求婚されそのまま嫁いでいったこともあったらしい。嫁ぎ先の国では未だ金の瞳を持ったものは産まれていないようで、ほかにも婚族となった家は他にもあるはずだが、なぜかその金の瞳を持って生まれるのはアリアの生家で生まれた女児だけのようだった。それは、この国の創造主の片割れであった女がこの家の生まれだったからと言われている。もう遠い昔に起きたことで、だれもがおとぎ話のように冗談めかして語るだけであったが。
この国の人間は緑や青、グレーや茶の瞳のものが多く、その中で唯一金の瞳をもつアリアは目立っていた。
目立っていたのは瞳の色だけのせいではない。柔らかな絹のような手触りのなめらかな金髪、まつげはくるりと上を向き、すっと通った鼻筋やふわりとややさがり気味の眉、そしていつもみずみずしく赤いふっくらとした唇。まるで光の妖精のような儚さと美しさを持った少女だった。幼い頃から人一倍に愛らしさを持った少女であったが、歳を重ねるごとに可憐さだけではなく女性としての美しさを開花させていっていた。同じ年の少女たちよりも少しばかり低い背に華奢な手足ではあったが、女性らしい膨らみをしっかりと備えており、それがより一層男たちの目をひいた。
そんな浮世離れした美貌を持つ少女であるアリアには、当然多くの縁談が寄せられた。貴族として縁を結びたがるもののほかに、アリアの美しさを自分のものにしようとするもの、夜会で見かけたアリアに一目惚れをしあわよくば妻にと願うもの、アリアの美しさを側で鑑賞したいがために手元に置こうとするもの。様々であった。
本来の貴族であればそのうちの一番家柄の良い男を選んだであろう。しかし、アリアの親は、親としての愛情で、自らの選んだ人と添い遂げることを願いそれらを一蹴していた。
アリアの両親、そして館に勤める使用人たちは気づいていたのだ。愛すべき彼らの少女の胸には、幼い頃から一人の人間がずっといることを。
アリアには2人の幼馴染がいた。領地が隣にある貴族の同い年であるカインと、アリアの又従兄弟にあたるひとつ年上のエレオノールである。3人は親同士の仲が良かったこともあり、幼いころからよく一緒になって遊んでいた。美しい少女でありながらお転婆で気の強いアリアと、素直で真っ直ぐで他人に優しいカイン、少し引っ込み思案ながらもおっとりとしながらもしっかりもので年下の二人を見守るエレオノール。それぞれ別々の性格にもかかわらず、何故か馬が合うようで3人はとても仲が良かった。
幼い頃から目をひく見目をしていたアリアは、生まれ持った容姿が様々な人間を呼び寄せてしまうことを悟っていた。誰も彼もがアリアを手に入れようと甘い言葉ばかりをかけてくる。そんな他の人間たちに嫌気が差すのも当然と言えよう。なにせ、彼らは見た目の美しい少女を愛でているだけで、”アリア”を見ていないのだから。
そんな環境の中で、アリアは両親と二人の幼馴染だけが”ちょっとお転婆で可愛いアリア”として自身を見てくれているのだと理解していた。だからこそ素の自分でいられるのは彼らの前でだけ。特に幼馴染二人がしてくれる”普通の女の子”扱いがなによりも嬉しかったのだった。
そうして幼少期からずっと一緒に過ごすうちに、アリアはいつしかずっと自分がカインを目で追いかけてしまうことに気がついた。それがどういうことなのかわからなかったアリアは、親友であるエレオノールに相談した。
「ねえ、エリー。私ね、最近おかしいの。」
「まあ、どうしたのアリー?またどこかで転びでもした?」
「ちがうわよっ!もうっ!」
ムキになって言い返す様子にふふふと笑いながら、エレオノールはアリアを見た。
「アリア、それはね…」
「まって?!私まだ何にも言ってないわ!」
「わかるわよ。私を誰だと思っているの?…それはね、アリー、きっと恋だわ」
「こい?…こいって、そんな…」
そうつぶやいてから顔を赤らめ俯くアリアを、エレオノールは優しい眼差しで見つめていた。
誰よりも早く、その恋の芽生えを感じていたのは誰でもないエレオノーレだった。活発で、おとなしくしているよりも庭を走り回って探検をするのが好きな彼女が、少しずつ変わっていたのだ。これまで逃げていた淑女教育を真面目に取り組み始めるようになったり、今まで嫌がっていた動きにくい可愛らしいドレスを着る回数が増えたり、なによりふとした時にカインのことを目で追っては頬を上気させていたのだから。その姿はまごうことなく、恋をした少女そのものであった。鈍感な男の幼馴染はこれっぽっちも気づいていないようだったが。
このあとに続くだろう言葉も予想できていた。アリアにするその返事が、どれほど自分にとって辛いものであろうとわかっていても。エレオノールは静かにアリアが口を開くのを待っていた。
「ね、ねえエリー。あの、ね?お願いしたいことがあるの」
「なあに?アリー。貴女のためなら何でもするわ?言って頂戴?」
「私の、わたしの恋、を手伝ってはくれないかしら…だって、エリーってば完璧な淑女なんですもの。わたし、貴女になれたらよかったのに。」
「もちろん手伝うわよ!それとね、アリア、それは違うわよ。私にないものを貴女は持っているのだから。他人と比べてはだめ。貴女は貴女でいいの。私のかわいいアリア。」
そう告げて、アリアを抱きしめたエレオノーレはこころを決めていた。
引っ込み思案でなかなか同世代の子達と馴染めなかった自分を明るく楽しい世界へと連れ出してくれた子。誰よりも純粋で、優しい子。いつしか向けられる笑顔が、自分だけのものになったらいいのにと願ってしまっていた。叶わない思いだと知っていた。
だから、かわいい幼馴染で、そして、きっと自分が恋をしているアリアの幸せを応援することを心に決めたのだった。
幼き日、アリアの部屋でひっそりと行われた会話は二人だけの秘密になった。
まだ国が平穏で、だれも恐怖に怯えずに暮らしていた、そんな日のことだった。
その後、家柄も付き合いも申し分なく、また愛娘であるアリアがカインに恋心をいだいていると察したアリアの父は、カインの家へと婚約願いを出した。アリアのことをカインの家族も可愛がっていたこともあり、即日で婚約が成立した。カインも、今はまだただの幼馴染でしか無いが、いつかアリアといるうちに愛を育むだろうと、そう考えて。
その後、行われたお披露目式ではカインの隣でとびきりの笑顔を浮かべるアリアを、だれもが微笑ましく見守っていた。
誰もが、この穏やかな日々がずっと続くと、そう思っていた。
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