幕間
気が付いたら眠っていたようで、男は目をシパシパさせながら目を覚ました。傍らにいた少女は男の顔を見つめて、不思議そうな顔を浮かべている。
「あら、起きたの?」
「……知らん間に眠ってた。俺はどの位の時間眠っていた?」
「分からないわよ、ここには時計も何も無いんだから」
そう言いながらも少女は、どこか楽しそうに見えた。まるで何か大きな期待がそこにあるかのようにして、幾人もが消えて行った入口の方角を見つめていた。
「どうした?」
「そっか、私はカムパネルラか」
「は?」
「私はジョバンニではなくカムパネルラ。ここが私の終着点って事か……」
その言葉にハッと気づいた男が、彼女に話しかける。
「君、まさか見えてるのか?」
「……ええ、今はクッキリと見えるわ。あれがアンタの言う、入口って奴なんでしょ?」
そう言って彼女が指差した先は、男には何も無い虚空だった。彼女の瞳には、そこに何が映っているのだろうか。
「アンタには見えないんだろうけど、私には汽車が停まった駅が見えるわ。その入口で誰かが手を振ってる」
「それはどんな奴だ?」
「あれはきっと、私の両親だと思う。ずっと昔に死んじゃった両親」
彼女がそう言いながらも、男には何も見えない。
男はまた、どうしようもない孤独感に襲われ始めた。また自分は一人でここに取り残される。どれだけの時間が経つかも分からぬこの世界で、ただ一人で茫然と胡坐をかきつづけなければいけなくなる。
だがそんな事を考えていると、少女は言った。
「あら。あっちで手を振ってる人の中に、アンタの方を向いている人がいるわよ?」
「え?」
「小さい女の子。私達よりもずっと幼く見えるわ」
彼女の言葉に振り向いた瞬間、男の目にもうっすらと姿が見えてきた。
男の目の前には〝橋〟があった。橋は古風な造りをしており、欄干は赤を基調に塗りたくられて、タマネギのようなモノが四方に載せられている。
その先を見ると、確かに小さな女の子が手を振っていた。喜んでいるようにも招いているようにも見えるし、逆に「あっちへ行け」と手を追っ払っているようにも見える。
だが男の心の奥では、確かに彼女を知っていると叫んでいた。
傍らにいた少女が、男に尋ねる。
「どう、思い出した?」
「いや、まだ全部は……」
「そう、……残念ね」
そう言うと彼女は、何故か少し寂しそうに自分を見た。その辛そうな顔を見ていると、男の中で何か掻き毟られるような思いがする。
橋の向こうでは多くの人間が行き来するのが見えた。にこやかに談笑し合い、男女は微笑み合い、小さな子供が笑みを浮かべてその両手を引かれている。その光景を見ていると、何とも言えない希望に満ちた想いが湧いてくる。
「……そろそろ飽きたし、丁度いいのかもしれんな」
「え?」
「俺にも入口とやらは見えた。あの子の事はまだよく思い出せないけど、この先に俺の知り合いがいる事は分かってるんだ。ここで呆けているよりはマシかもな」
心の中で、諦めにも似た安らぎを感じる。あの橋の先に行けば自分の望むモノが全て手に入ると思うと、不毛の大地に腰据えるよりも遥かに重要な事が待っている気がした。
だが途端、何故か少女は自分の頬を強く引っ叩いた。
「……ふざけないで。そんな半端な気持ちで再会しても、あの子はきっとアンタを歓迎しないわよ? アンタまた女の子を悲しませるの?」
「何だよ、急に?」
「ねえ気付いてた? アンタ、肩に〝糸屑〟が付いてるわよ?」
そう言うと彼女は、入口の前に立ち塞がった。
「私には見える。アンタはまだ〝あっち〟でやる事がある。アンタを繋ぐ糸が見える」
「糸? それってどうい──」
途端に男は自分でも気付かないスピードで睡魔に襲われ、その場に倒れ込んだ。




