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慟哭のメタモルフォーゼ  作者: 田中 スアマ
第四章
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第四章(2)

 教室に入ると直ぐに、鹿島は見慣れた姿を探した。二十一年の人生で友の後姿は飽きる程見てきたので、どこにいようが一目で分かる。


 案の定、青貝は教室の真ん中辺りの席で暇そうに欠伸をしていた。鹿島は背を向ける友の肩を叩くと、彼は自分の顔を見てニヒルな笑みを浮かべた。


「よう、バカシマ。今日は代返を頼まないのか?」


「うるせえアホガイ。お前こそあれから元気にしてたか?」


「正直言って微妙なとこだな。元気だったら、お前を飲みにでも誘ってるよ」


 そう言いながらも青貝は元気そうだった。顔色はいいし口調にも影は無い。彼の体内に潜むアンデスは、きちんと彼をフラットな状態に保てているようだ。


「そういうお前も、何だか元気が無いんじゃないか? ちゃんと飯食ってるか?」


「バリバリ食ってるよ」


 実際はあれからまともに食事をしていなかったが、こいつに言う必要は無いだろう。今は何かを食べようとする度に天使がドロドロに溶けていく様が浮かび、嫌でも吐き戻してしまうのだ。


 自分の不調を察し始めたのか、青貝はにやついていた顔を少しずつ素面に戻していった。鹿島は先回りしてそれを感じ取ると、話題を変える事にした。


「ところで青貝、あの子とは連絡取ってるか?」


「あの子ってまさか、イモムシの子か。いや何も無いけど? あの子自分から連絡するタイプでもなさそうだし……」


 三体の天使との戦いが終わった後、二人は少女と連絡先を交換していた。キャラ的に少女の方から連絡が来ないであろう事は予想していたが、内心で「青貝には何かしらアプローチをするんじゃないかな」と思っていただけに意外だ。


 鹿島はわざとらく大きなため息を吐くと、青貝を残念そうに見つめた。


「お前馬鹿か、こういう時こそチャンスだろうが? 秘密の共有、危機的状況からの脱出、吊り橋効果。ここで何も起こさなかったら、お前は一生童貞で終わるぞ?」


「あのなぁ、そう言うお前も……」


「ねぇ、二人共。何話してるのよ?」


 照れ臭そうにしている青貝の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。途端に青貝の身体は強張り、振り向いた先の光景を見た鹿島は顔が引き攣るのを感じた。


 話しかけてきたのは平野だった。今日も今日とて茶色に染めたロングヘアを靡かせ、嫌でも目に映る大きな胸元を強調した挑発的なファッションで身を固めている。


 平野は鹿島の顔を見ると、わざとらしく胸元を両手で隠した。


「やだ鹿島。アンタいま私の胸見たでしょ?」


「バカ、見てねえよ」


「あのね、女の子はそういうの視線で分かるっての。アンタ巨乳好きだもんねえ」


 そう言って茶化してくる平野にたじろぎはしたが、実際に二人が辟易したのは彼女自身では無く彼女の周囲に集う学生達だった。


 平野の周囲には四、五人の学生が彼女を中心に混じり合い、ぺちゃくちゃと下品に笑い合っていた。他学部の学生のようだがどいつもこいつもチャラチャラしていて、何を学びに大学に来ているかも分からない風貌だ。周囲の学生も彼らとは席二つ分の距離を置いている。


「何でもないよ。ちょっと相談事があってね……」


 遠慮がちに青貝は彼女に言う。いざという時の肝の据わり方は異常だが、こんな時に限ると己を発揮出来なくなるのが彼の残念なところだ。声色もいつもと打って変わって非常にか細い。


「なに青貝、アンタ相談事あるの?」


「いや、まぁ、そういう感じっていうか……」


 火事場の物見遊山をするかのように、平野はグイグイと首を伸ばしてくる。風貌は所謂ギャル系でも性根は世話焼き者である事を二人共知ってはいるが、外野が煩い今の状況ではあまり彼女に関わりたくはない。彼女を巻き込みたくない想いもある。


 仕方なく鹿島は、切り捨てるように言った。


「俺が相談してたんだよ。うちのゼミの先生がどこかへ消えちまったらしくて、課題を出せばいいのかやらなくてもいいのか分からんのだよ」


「ああ、水谷教授が行方不明なんだっけ? 怖いよねえ」


「ナニナニー? ナンノハナシィ?」


「オモシロソージャン。キョージュイナクナッタン? ヤベ―」


「ヤバクネ! ヤバクネ!」


 案の定聞きつけた周囲のチャラ男とチャラ女が話に加わろうとしてきたので、鹿島はそっぽを向いた。青貝は一歩逃げ遅れたようで、チャラ男の頭でも分かるように言葉を選びながら丁寧に説明をしていた。


 鹿島はふいに背後から強烈な視線を感じ取り、最後にちらと後ろを見た。平野の傍らに座る、肌が浅黒く焼けたモデルみたいなイケメンと目が合った。あの男は平野の恋人だと、前に彼女自身から聞いた事がある。


 男は一瞬目が合ったに過ぎないのに、まるで恋敵のような敵意丸出しの警戒した目を鹿島に寄越し、明らかに自分を牽制していた。


 さすがに鹿島もムッとして否定してやろうかと思ったが、それだと彼女の面目も潰れてしまうだろう。ああ見えて児童文学好きの女の子だったが同学部の女子とは反りが合わず、そうした先でやっと見つけた友人と恋人なのだ。


 例え疎遠になろうとも、彼女が彼女らしさを発揮出来る友人を見つけられた事は喜ぶべきだ。〝繋ぎ〟でしかなかった自分達が首を突っ込むような事ではない。


 チャラ男らの「ヤベー」が二十回を超えた辺りで鹿島は青貝を引っ張り戻し、今やってるところは次のテストに出るらしいぞと嘯いた。青貝はその時ばかりは自分に対し、まるで救いの神かのような目を寄越してきた。


 授業が終わると同時にチャラ男らは飛び出るように教室を出て行き、平野もそれに付いて行った。気付けば浅黒の彼氏もいなかったので去り際に挨拶でもしようかと鹿島は思ったが、そこを青貝に止められた。


「鹿島、きたぞ。あの子から連絡だ」


 青貝の言葉に、瞬時に鹿島は意識を茶化すモードに入れた。


「お、やっぱ脈アリか?」


「馬鹿言ってんじゃねえ。なんか紹介したい人がいるだとさ」


「なんだ、最悪のパターンじゃねえか」


「だ、か、ら、そういうんじゃねえっての!」


 茶化しつつも鹿島は、また厄介な事になるのではと懸念していた。頭の中でまたスイッチの音が聞こえるので、気を紛らわせでもしないと恐怖心に呑み込まれそうだった。


 鹿島は小さなため息を吐くと、青貝と共に教室を出て行った。

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