第四章
いつものように布団を蹴飛ばして今日の運勢を見ようとしたが、飛ばした脚は布団を少し持ち上げただけでまた沈んでいった。運勢は大凶だ。
天使との遭遇から三日目。休日を挟んで久しぶりの登校だが、気分は未だに重いものが続いている。
今日もまた大学に向かう途中で、自縊死体を一つ見つけてしまった。放っておいても老い先は短かっただろうお婆さんだったが、それでも思わず鹿島は目を背けてしまった。三日前の朝までの自分なら考えられない現象だ。
あれからアンデスのセルフメンタルチェックを何度もしているが、小さな友は異常無しの言葉を吐き続けている。相川とかいう学生天使のインク弾の痛みもまだ少し痛むので、どうにも気分が安定しなかった。
どうもおかしい。天使と遭遇してからというものの、メンタルは安定している筈なのに何かが奥でざわついている。意識を集中すると頭にはカチカチとスイッチをオンオフするような音が聞こえ、それに耳を傾けた瞬間に強烈な寒気が身を包む。
自分もまた友と同じように、この人が死ぬのに慣れてしまった世界で人の死の重要性を知ってしまったのだろうか。正確に言えば思い出したと言うべきなのかもしれないが、その頃の記憶は霞がかかったままだ。
大学の正門前まで着いた時、傍らを清掃車が通り抜けた。きっと近隣の住民の通報により、あの糸車と化したお婆さんを回収しに行くのだろう。鹿島はその光景を無理に鼻で嗤いつつ見送る。
よくもこれだけ人が死に続けて文明が続いているとも思えたが、人工細胞で幸福のシャブ漬けになった人類はいつだって幸せいっぱいなのだ。今こうして人が死んでいく倍以上の数を、人は孕み産み続けている。家族というコミュニティの増幅の為に、ほとんどの家庭に子供が四、五人はいる状態だ。
どれだけ働き過ぎてもアンデスのおかげで苦にはならないし、むしろ家族を養うという使命感や社会を動かすという偉大さの為に、働けば働くほど幸せが増幅する歯車のようなシステムが今の人類には備わっている。三日前に見たサラリーマンのように働き過ぎて精神より先に肉体がギブアップした時くらいしか、アンデスは「自死」を認めてくれない。
思うに自分は知らなかったというよりも、ただ目を背けていたのかもしてない。あの日天人たちが空を突き破って来た時から、人類は人類を保つ為に何かを棄てたのだ。
それが少女の言った精神や心なのか、それとも別の何かなのかは鹿島にも分からない。




