幕間
建物の一つに入ると、一人の少女が泣いていた。年頃は自分と同じくらいかもしれないが、そもそも自分の歳も分からないので見た目で判断するしかない。
「何を泣いているんだ?」
男が話しかけるよりも先に、初老の男性は彼女に言った。その言葉に、顔を覆っていた少女が静かに呟く。
「怖いんです。これからどうすればいいのか分からなくて、どこへ行けばいいのかも分からない……」
「私達も同じだ。きっと私達は、同じ世界からここに来たのだろう」
「貴方達も?」
そう言うと少女は初めて顔を上げ、二人を見た瞬間に目を大きく開いた。
「私、貴方達を知っている気がします……。特に貴方の方は」
そう言って指差した先は、自分ではなく初老の男性の方だった。自分正体のの手がかりが掴めたかもしれない状況と何とない寂しさにショックを受けつつも、男は尋ねた。
「君は、この人を知っているのか?」
「分からない。でも、何となく見てると安心するんです。頼りたくなるっていうか……」
その瞬間、少女は頭をガクンと後ろに退き伸ばした。まるで見えない力に首をへし折られたかのような光景に驚いていると、少女はゆっくりと首を戻してぽろぽろと涙を流し始めた。
「……ああ、ああ! センセイ……。ごめんなさい、私のせいで……」
「センセイ? 君は何を──」
その言葉と共に、初老の男性も首を引き倒した。引き戻した顔は僅かに浮かんでいた憂いを全て取り去り、どこか寂しい目をしていた。
「……いや、いいんだ。どのみち私は長く無かった」
初老の男性がそう言った瞬間、二人は一点の方角を見つめた。男も釣られてそちらを見るが、彼には何も見えない。
「行かなくちゃいけませんね」
「ああ、そうだな」
そう言うと二人は見つめた一点へと向かって行った。慌てて付いて行こうとする男に対し、初老の男性は手をかざして彼を止める。
「君はまだ来てはいけない。君にはまだ早い」
「え?」
「君には〝あれ〟が見えないのだろう? ならば君にはきっと、まだやるべき事がある筈だ」
そう言われても、男はどうすればいいか分からない。今はただ、この無人かどうかも分からないゴーストタウンで独りぼっちにされる方が末恐ろしかった。
そんな様子を見かねたように、初老の男性は言った。
「いずれ君にも見える時が来る。今は出来る事限り、生き延びなさい」
「生き延びるって、何をですか? 俺はただ──」
男が言い切るよりも先に、二人はどこかへと進んで行った。男は二人に追いつこうと歩みを早めるが、二人との距離は離れていくばかりだ。
するといつの間にか少女の姿が消えていた。初老の男性の方を見ると、うっすらと姿が揺らめき始めている。この虚ろな世界に存在していた彼の姿が、再び何処かへと消えていく。
「これで会うのは最後だろう。私が言えた義理では無いが、達者でな」
「達者でって、俺はどうすればいいんですか?」
「それは私にも分からない。だが、私を待っていてくれる者があちらにはいるんだ。君を待っている人はそこにはいない」
そう言って初老の男性の姿が消え始めると、男の胸の奥で何か辛いモノが込み上げてきた。
「行かないでください、先生……。俺は……」
「……達者にやりなさい。それと、もうお喋りは駄目だからね?」
そう言って初老の男性の姿は、完全に霧散した。
男は一人残されると、静かに涙を流し始めた。
その涙の正体も、今の自分には分からない。




