開幕
目が覚めるとそこは男の知っている世界では無かった。見上げた空には月や太陽も無ければ雲や星も浮かんでいない。あるのは七色に移り変わる不気味な空模様だけで、今が何時かも、朝なのか夜なのかも分からなかった。
辺りを見渡しても人はいないし、地平線の先まで目を凝らしても建物らしき凹凸も見当たらない。地面は小粒の砂が敷き詰められているようだが、足の裏には何の起伏も感じ取れない。まるで敷き詰められた粗雑なレンガの上に立っているような気分だ。
まさか自分が眠っている間に世界が滅亡したのだろうかと考えるが、男はその考えを振り払った。それは絶対に違う。この世界の空気は明らかに自分の知っているモノではない。この何も無い世界でただ一つだけ分かっているのは、ここが自分のいた世界ではない事だけだ。
ここがどこの惑星だか異世界だかは、この際置いておくとしよう。問題は自分がどうしてここに来る事になったかだ。
よく考えてみよう。確か俺は……。
……。
……。
頭の中に形の無い恐怖が浮かび、嫌な予感が走り抜けた。
何も思い出せない。ここに来る前の記憶、それ以前に何の記憶も思い浮かばない。どこに住んでいたとか、何が好きだったとか、誰かを知っているとか、そういうもの一切が頭のどこにも見当たらない。
そもそもの話、俺は何故〝俺〟と認識している? 目が覚めた時には服が勝手に溶けて無くなったかのように素っ裸でいて、股の下にブラ下がっているモノを見ちまったからか?
いや違う。俺は間違いなく男だ。身体のどこを触っても間違いなく男の骨格だし、何より俺の意識が俺を男だと認識している。
間抜けな話だが、自分の汚い一物に思案していたら心が落ち着いてきた。だから改めて問うとしよう。誰もいないので、この世界に対して問おう。
俺は誰だ?
どうして俺はここにいるんだ?