魔女と王〈上〉
誰もが知っている白雪姫の意地悪な義母と
彼女を愛した王様の出会いの話です
(捏造注意)
鏡よ鏡、この世で1番美しいのはだぁれ?
◆◇◆
私は1人、森の奥で暮らしていた。人なんて来れるはずのないほど、人里から離れた場所に。
食べ物は自分で栽培し、何とか補っていた。だが、緊急事態発生。
食料庫の中の食材は切れかかっていて、窓から見える外の畑のハーブや野菜たちも枯れかかっていた。
「……どうしましょう、このごろ私が寝込んでいたからかしら」
これから手入れしても、もう手遅れだろう。
私はそう判断し、窓を閉める。
……本当は行きたくないのだけれど、しょうがないわね。
私は渋々、街へ買い物に出かけることにした。
◆◇◆
「ここも変わっているのね……」
最後に来た日なんて記憶にないくらい久しぶりの街。
昔よりも歩く人は増え、建物も見たことの無いものばかり。
そもそも、人に会うこと自体が久しぶりすぎて、人酔いしそうだ。
私は急いで買い物を終わらせることにした。
「あの、小麦粉ください」
「はいよ。お嬢さんは美人だからおまけしとくね!」
「あ、ありがとうございます」
……おまけしてくれること自体は嬉しいのだが、私が美人だなんて、お世辞にも程がある。
そして、私は気づく。さっきから人にじろじろ見られていることに。
そんなにも、私は顔が醜いのだろうか。
私は着ていたローブのフードを深く被り、顔を隠しながら次の店へと向かった。
「すみません、林檎をください……て、あれ」
尋ねたが、返事は帰ってこない。どうやら、店員がいないらしい。
周りを見渡すと、そんな店が多いことにきづく。
私が不思議に思っていると、「お嬢さん」と誰かに声をかけられた。振り向くと、知らない老婆が立っていた。
「知らないのかい?王様が奥様を亡くされてから体調を崩しがちになり、街も活力を失ってしまってねぇ……まだ、王様も若いのに……」
老婆は首を傾げていた私に、そう言ってため息をついた。
顔色がなんだか悪いように見える。すると老婆が、ゴホゴホと咳こむ。ものすごくキツそうに。
「あの、大丈夫ですか……?」
「すまないねぇ……この頃、風邪が酷くて」
老婆のその言葉を聞き、私は持ってきていた鞄を漁った。
そして、指に当たった冷たくて硬い硝子の小瓶の感触。私はそれを取り出す。
「あの、良ければ……これ、薬です」
小瓶の中身は私が家のハーブで作った薬。老婆はそれをじっと見つめた。
何も言わない老婆に私はあることに気づく。
初対面の私から薬を渡されても怪しい、ということに。
「あの、怪しいのじゃなくて、安全です。あの、私、昔から薬の調合は得意で」
私がしどろもどろになりながらもそう言うと、老婆はゆっくりと口を開いた。
「ありがとねぇ、お嬢さんは薬師だったんだねぇ。使わせてもらうよ」
そう、微笑んだ老婆の言葉に私の心は温かくなる。
どういたしまして、と私は笑顔で言ったのだった。
私はその時、知らなかった。この薬が、これから先の未来を大きく変えることに――。
◆◇◆
私がいつものように部屋で読書をしていると、コツコツと窓が小さく音を鳴らす。
私は驚き、本から手を離してしまう。
鳥でもぶつかったのだろうか。
私はそう思い窓を開ける。が、視界に入ったのは思いもよらぬものだった。
「こんにちは、お嬢さん。私、この国の王様やってる者です」
どうやら、この青年が窓を叩いたらしい。彼は馬鹿なことを言いながら、爽やかに微笑んだ。
それが、私と彼の出会いだった。
――翌日
「こんにちは」
「あの、帰ってください」
「あはは、無理かな」
昨日は結局、私が無言で窓を閉めて無視を続けていると彼は諦めて帰っていった。
もう二度と来ないと思っていたのだが……、
「なんで、来てるのよ……」
私はドアを開けて目の前で微笑む男を見ながら、つぶやいた。そもそも、自分で王様って言う人はただの不審者である。
私が疑わしげに見つめていると、私の思いに気づいたのか王様は慌てて、上着を脱いだ。
「俺はほんとに王様だからね?」
念を押すように言った彼の胸元には、金と銀の糸で雪結晶と剣と翼の刺繍――王家の紋章が。
……どうやら、本物の王様らしい。
私はその事実にため息をついて、彼を部屋の中に案内した。
王様ということは、今までの私の言動は全て不敬罪となり、死刑だろう。
私がそう考え、これからどうしようかと考えていると、彼がゴソゴソとポケットから何かを取り出し、私の目の前に掲げた。
「これ、ありがと。もの凄く効いたよ」
「……は?」
私は彼の言葉に目を丸くした。今、彼の手にあるのは小さな小瓶。
あの日、老婆に渡した薬が入ってた物である。
「なんで……」
「あの人ね、俺の母。つまり、元王妃様。今は好き勝手してるけど。それでまあ、俺もこの薬を分けて貰ったってわけ」
そう言って、私の手に空の小瓶を握らせた。
だが、私の頭はまだついていけてない。
あの人が、王母様……?でも、周りには誰もいなかったはずよ……、え、不用心すぎないかしら!?
自分の知ってる王族は、もっと用心深かったはずなのに。
時代の移り変わりについていけない、そう思いながら、私は目の前の王へと口を開いた。
「それは良かったです。ところで、罰は磔ですか?斬首ですか?」
淡々とした私の言葉に、彼は呆気に取られた顔をしたあと、思い切り吹き出した。
「なっ……」
「やっぱ、面白いね!ははは、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。さすが、森の魔女さん」
「……っ!?」
彼の言葉に、私は心臓が止まりそうになる。
「な、んで私が、魔女って……」
私の途切れ途切れの言葉に、彼はクスリと笑って答える。
「あぁ、それはね、まずあんな精度の高い薬を作れるのはこの国に数えるほどいない。それでね、母上は君に尾行をつけた。すると、住んでる場所は森の奥。2つを繋ぎ合わせると森の魔女――つまり君にしかたどりつかないんだよ」
彼の言葉に私は否定することもできない。そもそも、尾行されてたなんて気づかなかった。
「……確かに私は魔女よ。ただ、その薬は魔術は使ってないわ。街に出回っている作り方と同じよ」
腹をくくって面と向かいながら私がそう言うと、彼は「うん、知ってる」とあっけからんと返事をする。
「ただ、俺の知ってた魔女の噂と違ってたから、気になって来たんだけど……」
その言葉を聞き、私は彼をきっと睨みつけた。
「噂ってなに?もしかして、森の魔女は人を殺したり食べたりしてて、怪しい薬を作っては高い金で売りつけたり、魂をも奪ってるって噂かしら?
そんなの嘘よ!ただの噂!なのに、お母さんは殺されたわ!磔にされて、火であぶられて」
私は一気にまくし立てる。
頭の中には、いつも笑いかけて優しくしてくれた母の顔と、撫でてくれた手の温かさ。
そして――母を燃やす、紅蓮の炎。
「お母さんが魔術を使ったのは、小さかった私にあいつらが手を出してきたからよ!森に入ったら呪うって言ったのも、私を守るため。お母さんは人間が、この国が大好きだったのに……っ!」
私はそのまま、泣き崩れた。彼の顔が見れないくらいに、涙が止まらない。
すると、身体を急に後ろから抱きしめられた。
「すまない……俺が知っていたのは魔女が人嫌いという噂だけだ。
だが、これは王である俺の責任でもある、本当にすまない……」
彼は震える声で、私に謝る。
慣れていないのか、私を抱きしめる彼の手は、ぎこちない。そして、そのまま彼は私の頭をゆっくりと撫でた。
久しぶりの人の手の温かさ。
私は気づけば眠っていた――。