28.ハウルの事情
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次の投稿は10月29日です。
私、死ぬの。なんて面と向かって言われるのは人生の中で一回あるかないかだと思っていた。俺の場合、ハヅキとリヴで二人だ。つまり、2回目。経験済みだ。だからこそなのだが、リヴに同情してしまう。愛する人と他人だとはいえ、親近感を持ってしまう。甘々だ。
所詮他人だと切り捨ててしまえばいい。面倒なこともないだろう。現代でよく学んだことだ。熱を帯びて生きている人間というのはそうはいない。皆、他人に構ってる余裕なんてないのだ。誰かを蹴落とし、足を引っ張り、踏み付けて平然として生きている。同情なんて抱いたものが悪いのだ。困ってる人に手を貸すと、その次は助けることが当たり前だとつけあがる。助けないと前は助けてくれたじゃないかと逆ギレする。俺から助けを求めてもそれは受け入れてもらえない。そりゃそうだ。助けるにしても許容量を超えることをすると決めたのは自分だ。最後まで責任を取らなければならない。
仕事と私生活の人格を完璧に分けることとした。人格と言うと大袈裟だが、その変化はハヅキでさえ驚くほどだった。俺自身の心が持たなかったからだ。目の前に困っている人がいて、それを助けない自分は受け入れられなかった。仕事をしている自分は自分とは違う自分。そう思うことでなんとかやってこれた。影でも、面と向かってでも言われたことがある。冷徹、冷血、人でなし。新人のとき、こいつ死ねばいいと思った相手と同じものになっていると、そのうち気づいた。
みんな自分を守りたいだけだとわかった。自分に精一杯で、社会の中で情熱を持って、何かを成し遂げようと生きている人間はごくわずかだった。
異世界に来て、自分は揺らいでいる。仕事と私生活。現代で培った二つの人格では処理しづらい状況だった。この世界では死が近すぎる。判断はシビアにしなければならない。観点で仕事の人格をベースに考えるべきだと考えた。だが、仕事の人格でも許容出来ない。選択を誤ると死が迫ってくるのだ。仕事の場合はいくら冷徹に判断して切り捨てたとしても相手が死ぬわけではない。会社が倒産しようが何しようが、生きることは出来るのだ。それが出来る日本だった。だが、違う。ここではそれが駄目なのだ。私生活の、本来の自分が死は許容出来ない。他人の命を見捨てることができない。
甘っちょろい。自分はそんな自分が嫌いで、好きだった。
生き直すか。そう考えた。自分の心がどう感じるか。それが何より大事だということなのかもしれない。
美しいと思った。自分以外の誰かのために自分の残りの人生を捧げてもいいと言ったリヴを。その意思を。その願いを。リヴは生きている。そう感じた。
料理屋から宿屋への道。人通りはまだまだ多い。時間は十の刻をすこしすぎたくらいだ。
リヴへの返事は保留にした。奴隷というものに抵抗があるのもあるが、人の命が関わることは簡単に判断できることでもない。
すっかり夜の闇に包まれた中、宿屋の光に照らされて見知った姿が見えた。
「ずいぶん早いお帰りだな。」
ハウルが煙草を足元に落とし、踏み付けて火を消した。懐から新しい煙草を取り出し、先端を片手で隠すと一瞬だけ手が光り、煙草から煙が上がった。
「その分だとリヴからのお願いはにべもなく却下と言ったところか。」
煙を斜め下方向に吐き出しながらちらりと俺の表情を伺う。呆れたようにハウルが続ける。
「相当なお人好しだな。受ける気なのか?」
変わった素振りなど見せていない。ハウルの洞察力の凄さに舌をまく。
「・・・リヴの事情を?」
「ああ。勿論だ。」
「そうか。」
ふと言葉が途切れる。リョーガが経緯を改めて整理しようと思案していると、ハウルが捕捉するように続けた。
「俺がパーティメンバーの異変に気付かないような間抜けに見えるか?」
「いや、おかしな話だとは思ったがリヴの両親も劣らずの優秀さだったと聞いてな。」
「そんなことまで話したか。リヴのお前への信頼は大したものらしい。」
「俺への。というよりはお前への。だがな。ハウル。」
一度帽子を脱ぎ、髪の毛をバサバサ払ってから帽子を被り直す。タバコを吸い、少し長めに息を吐
く。
「リヴの父親から聞いていてな。事情はわかってる。お前にも俺の事情は分かるだろう?俺はリヴをこの街に放っておくことはできん。治療法については冒険者仲間に情報を募っているが思うようには集まらん。待つしかないんだ。治療法が見つかるのが先か、リヴに死が訪れるのが先か。
勝算がない賭けだがな。どうなろうと俺はこの街を離れるわけにはいかん。」
ハウルにもリヴにもそれぞれの事情がある。今のまま進んでは完璧な平行線だ。部外者の俺が何か口を出すべきではないのかもしれない。
そこに命がかかわらなければ。
「賭けか。・・・一つ俺とも賭けをするか。」
ハウルがこちらを改めて確認する。俺は構わず話し続けた。
「昨日のリベンジマッチだ。俺が勝ったら俺と一緒に街を出ろ。負けたら残念だが諦めるよ。」
ハウルが顔をしかめて煙を吐き出しながら虚空を見つめる。
「無理だと言ってるだろう。とはいえ、意図がわからんな。それを受けて俺に何のメリットがある?」
「受けないということだったらリヴにお前が病気について知っていることを教えてやろう。」
「おい。」
「困るだろう?少なくともお互い現実から目をそらして生きていくことはできなくなるだろうな。」
「これは俺とリヴの問題だ。部外者のお前がどうこういう話じゃない。」
ハウルから剣呑な雰囲気が伝わってくる。いつのまにかタバコも吸い終わっていた。
「いーや。俺としてはリヴに奴隷になるからなんとかしてくれと頼まれてるんでな。みすみす見過ごすわけにもいかん。」
「な!」
「なんだ?流石にリヴがそこまでするとは思ってなかったってとこか。」
「・・・」
図星だな。仕草や表情に現れてないのは流石だが、変化が無いのが逆に図星だと告げているようなものだ。
「リヴはな、お前を街の外に連れ出してくれたら俺に全てを捧げるって言ったんだよ。あとわずかな命の自分はどうなってもいい。ただ、お前に前を向いて、また冒険者として名を馳せて欲しいんだと。」
「・・・リョーガ。お前、それを受けるということか。」
「お前に勝ったらな。」
ハウルが帽子を深々とかぶり、その表情を伺いしることはできなくなった。
「・・・ちっ。まぁいい。受けてやろう。だがお前は本当に俺に勝つ気なのか?下手すりゃ自殺行為だぞ?」
「いや、そんなことはないさ。勝算はある。そういえば、お前は得意魔法が使えないんだったな。ハンデとして俺も魔法は無しにしておいてやろう。まぁそれでも負けるつもりはないがな。元A級冒険者殿。」
「お前・・・。」
流石のハウルも困惑の表情をうかべている。まぁ理解出来ないだろう。俺も逆の立場だったら困惑してしまう。
「お前がいいならそれでいい。場所は修練場。時間は昨日と同じで構わないだろう。で、いつやるんだ。」
「早速明日だ。」
「・・・。わかった。俺が勝ったらこの件は忘れることだ。」
「ははは。万に一つも無いな。せいぜい頑張れよ。」
「ったく。どっちが歳上だかわからなくなるな。」
呆れたのか、理解するのを諦めたのかハウルはこちらに背を向けて歩きはじめる。
「・・・お前もリヴもまるっと救ってやる。代わりに実験台になってもらうけどな」
リョーガが呟くようにはいた言葉は背を向けて歩き出す男の耳には入らなかった。
軽くなった身体の感触を確かめ、みなぎる気功と魔力を感じながら、
鍛錬内容を検討しようと、スゲー空間に入るリョーガだった。




