24.イムレスト
イムレストはイムサーシャ教の聖地として名高い町だ。周囲は防壁に囲まれている。街の人口は1万人程度、この世界では大都市と呼んでいいレベルの街らしい。街の至る所でイムサーシャ教の教会が建ち、熱心な信者は巡礼としてこの街に訪れ、少なくない街の収入源となっているようだ。イムサーシャ教の教えは民衆深くまで広がり、この街での普及率は90%を超えるらしい。小さい子供から棺桶に片足つっこんだ爺さん婆さんまでイムサーシャ、イムサーシャだ。残り10パーセントにもそれなりの理由がある。
『ダンジョン!?』
『そうです。この街にはダンジョンがあり、これを目的とした冒険者が多くいます。数値としては人口の約20%です。また、イムサーシャ教を開いたイムサーシャ本人がダンジョンの最下層に居ると言われており、この世界の人が立ちいれるダンジョンの中では5本の指に入ります。かなり大きなダンジョンですね。』
『メティス。』
『はい。わかっておりますマスター。マスターの楽しみを奪うようなことは致しません。』
ダンジョンなんてものは男のロマンだ。入る前からこのダンジョンは何階層あるだの、最下層には何が眠ってるだの、誰が作っただの。そんな情報はいらない。邪推以外の何ものでもない。
しかし、そうか。ダンジョンか。しばらくこの街を拠点に活動しても良いかもしれないな。聖地だから人が集まるし、ダンジョンにも人が集まる。イムサーシャ教にツテができればハヅキ探しも楽になりそうだ。十分検討の余地に入ると思う。
「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどう言ったご用件で?」
目の前で冒険者ギルドの受付嬢がたずねてくる。赤毛というよりは赤髪の明るい女性だ。現代で言えば高校生くらいの年齢か?
イムレストに着いて一番はじめに来たのはやはり冒険者ギルドだ。日はまだ高い。目的は早速だがランク判定試験を受けるのと、宿屋を紹介してもらうためだ。
「イムシスの街で冒険者ギルドに登録したんだがな、ランク判定試験が受けれていないんだ。ここなら出来るか?」
訪ねながらギルドカードを渡す。イムシスの街で渡された仮Fランクのカードだ。
「ランク判定試験ですね。もちろん問題ありませんよ!しばらくお待ち下さい!」
愛想がいいな。まぁコミュニケーションが取りづらいような奴が受付嬢など出来るはずもないが。イムシスの街の受付とは違って華がある気がする。
「あぁ〜」
カウンターの奥からため息のような声が聞こえた。残念なような申し訳ないような表情を浮かべて受付嬢が戻ってきた。何かを探すようにあたりを見回して、カウンターに乗り出して耳打ちしてくる。
近いな。だが悪い気はしない。いい匂いがする。
「ちょっと問題があって・・・急ぎでなければ明日出直してもらったほうが・・・」
受付嬢の近さにドギマギしてると、不意に強い酒の匂いを感じる。右隣に目をむけると、
「ランク判定試験・・・か」
男がいた。金髪碧眼、無精髭に使い古した茶色い服装。テンガロンハットのような帽子を被っていた。手にはマグカップのようなコップをもっている。
受付嬢はいつのまにかカウンターの中に戻り、片手を額に添えてうなだれている。
「あぁ~なんて間の悪い。」
「俺が見てやろう。修練場に来い。リヴ!手続きして、監督官をやれ!」
そういうと男はギルドの奥に向かって歩いていってしまった。
リヴと呼ばれた受付嬢は頭に添えた手を戻し、小声でこちらに話しかけてくる。
「ごめんなさい。あの人はあれでも正式な試験官なの。受験者は試験官を選べないし、見つかっちゃった以上は運が悪かったと思って低いランクからでも頑張って下さいね。」
「リヴ!早くしろ!お前もだ!」
修練場と思われる方向に向かい、振り返って怒鳴り気味に声をかけてくる。冒険者ならこの程度は普通かもしれないな。
「ついていけばいいんだな?」
リヴに確認をとり、男の後を追う。酒の匂いが強く、後ろをあるいているだけでむっとする。
ギルドは2階建のかなり大きな建物だった。一階は入り口近くに受付カウンター、交渉用のテーブル、素材引き取りカウンターなどがあり、入り口と反対方向には酒場を兼ねた食堂がある。2階は資料室とギルド職員の会議室、執務室があるらしい。講習会などで使われることもあるようだ。
1Fの食堂側と入り口側のちょうど真ん中に階段があり、そこから地下へ進む形となっていた。
俺は今地下へ進む通路を歩いている。通路はぼんやりと明るく、視界に困るということはなかった。通路の左右には数十メートルおきに頑丈そうな扉が設置されておれており、そのどれもがそこまで古くは無いものだと感じた。
一直線に1キロ以上の道を歩く。男の前方には小さい光が見えていたが、近づいてくると日光に照らされた地上に上がる階段だとわかった。
「あの階段を上がると修練場だ。今のうちから準備でもしておくんだな。」
男がこちらに振り向かず肩越しに告げてきた。まぁ親切心だろうな。後ろからは受付嬢が追ってきてるのが見える。修練場に着くころにはそこまで離れていないだろう。準備をすると言っても、盾と剣は装備済みだ。ジョブも念のためナイトにセットする。そこまで言うならと木の剣は抜刀しおいた。
男に続いて階段を上る。
暗い場所から明るい場所に上がるときの一瞬だけ目が眩む感覚がする。それなりに広い空間なのはわかるが
目が聞かなければどんな空間なのかもわからない。
『マスター!』
メティスの声と同時に正面から接近する男の姿が見えた。俺のものと似た木の剣を装備し、右上段から切りかかってくる。
スピードはそこまで早くない。盾で受けるまでもなく、右方向に回り込み、バックステップしながら距離を取る。まだリヴも来ていない。何の意図があるか確認しなければ、カウンターとはいえ不用意に切りかかるわけにもいかない。
「あぁ!もう始めてる!ダメですよ!まだですからね!」
受付嬢が追いついて状況を確認したのか男を咎め始めた。
「遅いぞリヴ。小僧、Fランクはクリアってとこだな。」
「遅いじゃありませんよ!ちょっと待ってくださいね」
受付嬢は身なりを整えると、咳払いをして続ける。
「それではリョーガさん。これよりランク判定試験を始めます。監督官はギルド職員である私、リヴが。試験官は」
「御託はいい。始めるぞ!」
「あぁ!もう!それでは始めてください!」
声と同時にハウルが真っすぐに近づいてくる。横なぎに近い斬撃だが、さきほどのスピードと大して変わりはない。覚えたての盾ではじいたところで、生じた隙をつき、男の胸元目掛けて突きを放つが、余裕をもってかわされてしまった。男はかわしたと同時に俺の頭部目掛けてさきほどよりもコンパクトに剣を振る。
素直な剣筋を見切り、身体を屈めてやりすごすが、バランスを崩したため、いったん距離をとる選択をする。
距離をとると、視界が開け、周囲を確認する余裕が生まれた。
修練場は今いるところを中心に半径100m程度で四方を塀に囲まれた場所だ。他に利用者はおらず、塀の高さは10m程度だろうか。
目の前の男に視線を戻す。
「まぁ合格だ。周囲の状況を確認するのは基本も基本だからな。やるんだったらこいつが喋っている間に終わらせておけ。」
「ずいぶんと優しいことだな。じゃあ優しいついでに教えてくれ。お前を倒したら、俺は何ランクになるんだ?」
男は一瞬だけ驚いた顔をした後に笑みを浮かべた。顔が赤いが怒っているわけではないだろう。逆に楽しそうだ。
「あ、あのリョーガさん、彼に勝つということは」
「いいだろう。俺からギルドマスターに推薦してAランクになれるよう手配してやろう。」
「ちょ、ちょっと!何を勝手なこと、」
「リヴ!万に一つも無いことを想定することは馬鹿のすることだ。」
男はランクはBランク以上確定か。でなければAランクに推薦することなどなかなかできることではないだろう。ラッキーだ。強者と知り合うのは目的に一つ近づく。
「小僧」
左手で木の剣をクルクルと回し、見下しながら言葉を続ける。
「減点だ。いきがる奴は嫌いじゃないが、相手の力量がわからないようじゃまだまだだな。」
回していた木の剣を止めて剣を構えた。
「さて、続きだ。今度は受けてやるからさっさとかかってこい。」
若干だが目が虚ろだ。酒が回ってるんだろう。まずはその酒を素面に戻してやる。ハウルに向かって駆け出して飛び込み切りを繰り出すが、すんでのところで交わされてしまう。右手に交わしたところを追いかけて右上に振り抜く。剣は届かず一瞬の隙ができるが、男が繰り出した剣は盾で弾いて距離を取る。
「剣はまぁまずまずだ。」
男には完全に見切られてることが早々にわかってしまった。男の体が遠く感じる。
距離を詰めて男に近づく、剣を振りかぶり、上段と見せかけて突きで胴を狙う。そう思わせておいて盾を構えて体当たり。それすら交わされてしまった。
やはり。動きが見切られてしまっているようだ。
「バランスがちぐはぐだな。今の感じだとその盾はいらないな」
そう言われると、自分の手から自然と盾が落ちる。盾の内側の留め具が切られているのが見えた。目の前の光景に唖然とする。
まさか、見えすらしないとはな。
『メティス、俺がこのままあいつに攻撃を当てられる可能性は?』
『よほどの偶然が重ならない限り有り得ないでしょう。今のままでは1%も無いかと。』
『そうか。流石に辛いな。』
少し停止した俺に男が声をかけてくる。
「どうした?もう諦めるのか?まぁ諦めがいいのは好きじゃないが正解は正解だ。盾の扱いは素人も同然。剣の方はかなりのセンスがあるな。このまま終わってもDランクを認めてもいい。」
男はちらっとリヴに目をやると、リヴは意図に気づいて続ける。
「はい。私としてもDランクの評価は妥当かと思われます。試験を終わられますか?」
少しだけ考える。こんなに手も足も出ないとはさすがに思ってもいなかった。意気込んで来たのにこれは流石に肩透かしもいいとこだが。
「すまんがもう一点確認だ。監督官殿と試験官殿はここでのことは漏らさないと誓えるか?」
「え、ええ。説明を端折ってしまいましたが、冒険者の方には手の内を明かしたく無い人も多くいます。ここでの戦闘内容は外で漏らすことがないよう制約魔法で制限されています。」
男に目を向けると男も目を瞑るようにうなづいた。
「そうか。なら試験官殿、申し訳ないが魔法か何かで酒を抜いてくれないか?」
受付嬢が急に真剣な目をして男を見つめる。男はその視線には目もくれず、首を左右に振りながらため息をついた。
「どんな隠し球があるか知らんが、答えはノーだ。また減点だな。小僧。お前には俺に一回も当てることは出来ないだろう。」
「そうか。なら・・・」
「お前も減点だな。試験官殿。」
男が持つ木の剣が高く高く宙を舞っていた。




