10.緊急事態
3日目の朝を迎えた。朝方に見張り番が回ってきたため、気功による身体強化を試した。さすがに進捗率が0.03%から0.06%になっただけだ。なにも変化はないように感じる。あまり消費しすぎても本当に必要なときに気功が枯渇してしまいかねない。レベル1に上がった時に脳内に響いた声のとおり、身体能力はこの世界に適したものとなっているようだ。気功による身体強化をしない状況でもとんでもないスピードで動くことができる。メティスによればジョブのナイトによる補正もあるらしい。現代の常識からするととんでもない話だ。知覚スピードも上がっているらしく、身体を動かすことに特に違和感はなかった。
時間があったため、メティスに確認をする。
『魔力は魔法に変換するという認識で合っているよな。気は何に変換するんだ?エネルギーとしては変わらないという話だったから、気でも奇跡を起こすことは可能なんだろう?』
『魔力は魔法。気は技と呼ぶものに変換します。魔力から魔法に比べ、気から技は変換しやすい特性を持っているので、詠唱を必要としない場合が多いのですが、奥義という部類の技になると詠唱が必要となります。』
『技と奥義か。。。なるほど。』
やはり変換効率などという違いもがあるが、魔力と気は基本的に同じ様なものという理解でいいな。
3日目の行動は2日目と同様の内容となった。しばらく歩いては休憩をとるの繰り返し。木の実のなる木の近くを通り、わざと田丸に発見させる。功績は俺に集中しても良くない。だが順調な移動にも午後には支障が出始めた。移動スピードが落ち始めたのだ。歩くスピードは篠原さんのペースに合わせているためかなり遅い。遅いとはいえ、彼女自身からすれば迷惑をかけないため、若干早いスピードになるよう心掛けているのだろう。異世界仕様の身体になったとはいえ、脚の長さが変わるわけでも、筋肉量が変わるわけでもない。一番疲労が溜まっているのは彼女だ。そして二番目は浦野だ。浦野は篠原をカバーして歩みを進めている。当然山道なのだから平坦な道の上を行くわけではない。岩場を抜けたり、倒れた木の上を歩いたりだ。先頭で小枝を払いながら進むのは俺だが、メティスもサポートしてくれているため大きな問題はない。
3日目の夜、寝る前にこっそり浦田に近づいて話をする。
「浦田。篠原さんの疲労はどうだ?明日も歩けそうか?」
「佐々瀬くん。あぁ。この夜の間で少しでも疲れが取れればいいんだろうけど。もしかしたら、明日早々に動けなくなってしまうかもしれないな。少し弱音も出始めてるし。」
と、本人も疲れが滲んだ顔でこちらに語りかけてくる。
「お前が見張り番のときに、篠原さんを起こして二人でこれを飲んでくれ。多少マシになるだろ。」
「これって。・・・2本目もあったのか。佐々瀬くん。」
そう言って俺が取り出したポーションを浦田が手に取る。
「あぁ。非常用にと思って残しておいたんだ。こんな世界だしな。明日順当にいけば街に着くだろうし、これでラスト1日頑張ってくれ。」
「あぁ。佐々瀬くん。本当にありがとう。生き残ったら必ず何か恩返しをするからね。」
「いや、気にするな。それで、一応みんなには黙っておいてくれ。別にバレてもいいんだが、あまり隠し事をしていたと悪く思われてもなんだしな。」
「みんな大丈夫だと思うけどね。わかった。黙っておくよ。」
さっさとこいつらとは離れて気ままに生きたい。街へ着くまでこれ以上長く時間をかけたくない。少し憂鬱な気持ちになった。
3日目の夜の番。2日目の夜と同じく、俺は朝方みんなが目を覚ます直前の2時間程度を担当することになった。ちなみに夜番の交代方法は時計がないので適当だ。体力、眠気的に限界だと思ったら次の人を起こして眠りにつく。俺は4番目で起こされたのは4時くらいだ。全員が寝息を立てていることを確認して、顔色を見て回る。篠原さんと浦田の顔色はかなり良くなっていた。明日も頑張ってほしい。
メティスの開孔作業は引き続き実施されていた。さすがに0.1%程度とは言え、体感できるものはなかった。気功の達人が下手すれば数十年かけて達成することらしく。1年といえどもとんでもないスピードらしい。
体調については良好だ。俺としては疲労すら感じないのだが、メティスが感覚を遮断しているらしい。当面問題ないらしいが可能であれば栄養を補給したほうがいいとのこと。現状では難しい話だ。
『マスター。敵襲です。』
冷静な声が脳裏に響き、内容を理解するとばっと立ち上がる。
『敵の数と方向は?』
『周囲を囲まれています。ウルフ系の魔物が十数匹。少し離れたところに他の個体と比べ、やや大型の個体がいる様です。』
「みんな!起きてくれ!敵襲だ!」
敵襲と聞いてみんなが飛び起きる。ここ数日夜間の襲撃はなかった。一様に慌てて周囲を見回す。空は白んで来たがまだ暗い。ひらけた空間の真ん中から見ると、木立の中に赤い二つの点が複数光っているのが分かる。
「どうやら囲まれてるみたいだ。みんな!真ん中を背にして周囲に向かって円型を作るんだ!」
寝起きで頭が回らないみんなは俺の言葉にすんなり従って言う通りにする。これもメティス監修の戦法だ。
「狼かよ。怖えな。。。マジか。」
木立の明かりがさしているところでこちらから見ている個体をみるに、大きさとしては中型犬程度なのだが、口から見える牙と赤く光る目が凶暴性を物語っている。
「メティス。大型個体の姿が見えない。俺が戦って勝てそうか?」
「苦戦はするかもしれませんが、問題ありませんマスター。周囲の魔物はグリンウルフ。大型個体は同系統の上位種であるグリズリーウルフかと思われます。」
グリズリーウルフか。名前からして大型個体のようだな。
『グリンウルフの狩りはどのような狩りだ?』
『周囲を囲み一斉に跳びかかります。獲物が複数の場合は、一斉に飛びかかって連携を分断したあと、一番弱い獲物をボスが順に仕留めていきます。』
『そうか。弱い獲物となると篠原さんあたりに行きそうだな。対抗策は何かあるか?』
『グリズリーウルフはこの近辺では最強の部類に入ります。マスターが気闘法を用いて全力で戦わない場合、全滅の可能性があります。マスターが全力戦闘を行い、篠原雪が狙われる前に間に立ちふさがるしかないでしょう。』
『・・・力を隠して全滅は笑えんな。俺が全力で行動したとして、こいつらは生き残れるか?』
『1人も死者が出ない可能性はありますが、苦しい戦いになるかと。』
『了解だ。』
メティスとの作戦会議を手短に終わらせ、装備の換装を指示する。
命の危険が迫っているにも関わらず、極度の緊張や恐怖はなかった。現代で役員の前でプレゼンしたときのほうがよほど手足が震えていたはずだ。この身体のせいか。メティスが制御してくれているのか。どちらにしよありがたいことだ。
「みんな、聞いてくれ!俺が今から遊撃に出る!みんなは守りを固めて攻撃して来た個体に対応してくれ!」
今まで戦闘にあまり参加していないリョーガの発言にギョッとして皆リョーガに一瞬だけ目線を向ける。リョーガの纏っている服装が異なっていることに気づき、二度見しては周囲の警戒に視線を戻す。
「ちょっ、なに言ってんだお前!」
坂本が状況を理解出来ずあわてた声をだす。
「佐々瀬!意味がわからんことを言うな!」
黒崎がキレだす。お前は黙ってろ。
「すまんが時間がない。下手すりゃ誰か死ぬぞ!俺がどうにかするまで耐えててくれ!」
そう言って輪を抜け出して目の前のグリンウルフへ突進する。
『メティス。サポートを頼む。』
『了解しましたマスター!』




