1.はじまり
初投稿になります。お手柔らかにお願いします。
友人の葬式だった。
小学生からの付き合いだ。間違いなく幼馴染と言っていいだろう。大親友で人生における戦友と呼べる存在だった。
病名は銃を英語に翻訳した言葉と同じだ。その病気はある意味俺を銃で撃ち抜いたとも言える。言えないな。
全然上手くないな。
小中高大、全く同じ教育機関を経て、全く同じ会社に入社して、かたや部長。かたや平社員。もちろん平社員が俺だ。40手前で共に独身。なぜ親友に恋人ができないのか甚だ疑問だ。改めて聞いたことはない。
親友は学生時代、道と名のつくものが好きだった。剣道、柔道、空手道、弓道、騎士道、華道、書道、陰陽道、神道などなど。そんなに道ばかり歩んでお前はどこに進んでいるんだ?と皮肉を言ったら、いつか自分の道を歩むための練習だとのこと。ちょっとおかしなやつだったけどすごいやつだった。
会社に入っても誰からも好かれるやつで、部長に抜擢された時は名前が全社に轟いた。どこからも批判が上がらなかったのはその人格だけではなく、能力も優れてたと周りから認められていたということだ。
本当にすごいやつだったんだ。
ダメだな。涙が出そうになる。
悲しい葬式だった。あんなに悲しい葬式にはでたことがない。葬式のあと、親友の両親から是非にと引き止められたが、長居はせずに辞去してきた。落ち着いてから伺う旨を伝えてある。40手前のおっさんが
泣きじゃくる姿を人に見せたいわけないじゃないか。
早く帰りたい。だが帰ってしまったら狭い部屋に一人きりだ。人が恋しい気もしないでもない。だが行く当てもない。何か後ろ髪がひかれるかのような気持ちで家路を歩んでいた。
「おにーさん!ちょっと飲んでかない?」
飲み屋のキャッチだ。いつもは顔すら見ないで無視するが、聞いたことがあるようなその声が気になり、
ふと顔を見る。既視感がある顔をしている。だが20代前後の女性に知り合いなどいない。逡巡していると飲み屋のキャッチは左腕に手を絡ませ、店に引っ張り込んで行く。
「行こー行こー」
左腕にあたる幸せな感触はこんな日くらいいいか。という気持ちにさせる。魔法だ。と誰に対する言い訳なのかわからないことを思いながら身を任せた。
「さて、ご注文は?」
カウンターに一人で座らされる。とりあえず生で。と答え、周囲を見渡す。広い店ではなく、店内に他に客はいない。木製のテーブルにイス。オレンジ色の照明。カウンターの後ろには壁一面の酒。店内はかなり年季が入っているように感じる。カウンター越しには先ほどのキャッチだ。
「私も一杯もらっていい?」
「ああ、どーぞ」
店員だろうが一緒に飲んでくれるやつがいた方がいい。
「じゃ、かんぱーい。」
キャッチの容姿は整っている。美人だ。露出度が高めの服からは綺麗な手足と、胸元には豊満な果実が実っている。こんな時でさえこんなことを考える自分が嫌になるな。夜の店らしく顔は濃い化粧をしているが、活発な印象を受け、およそこんな店で働くような雰囲気ではない。
なぜだか自分の心に空いた穴にピッタリとはまるような。居心地の良さが心を満たすのを感じる。どうせ、気のまやかしだ。だが今日はそんなものに身を任せていい。
もういいんだ。
「お兄さんは、今日お葬式?」
俺の格好はブラックのスーツにブラックのネクタイ。ネクタイは今外したが。葬式帰りでもなきゃ結婚式帰りか。こんな格好した暗い表情の男を見れば葬式帰りとアタリをつけるのは当たり前だな。
「正解。鋭いな。」
相手を褒めるのは会話をはずませる手法の一つだ。そういえばこれもあいつに教わったことだったか。
「ふふふ。ありがと。」
すこしだけ嬉しそうにキャッチがほほ笑む。やはり既視感があるな。接待で使った店のキャバ嬢か?
「そうかーずいぶん疲れてるみたいだね。
親戚か何か?」
「今度は不正解。亡くなったのは友人だ。」
俺が悲しんでいることに気づいたのか。キャッチは声を落とす。
「友達か。。。大変だったね。」
厄介な客だと思われてしまっただろう。だがかまわない。みず知らずの相手を頼ろうが何しようが、俺は立ち上がらなければならない。明日は仕事だ。仕事があるんだ。
そう思ったところでふと我に返る。・・・仕事をして何になる?相棒はこの世を去った。相棒がいないこの世界で俺は何を生きがいとして生きる?心の中で視線をそらし続けた感情に目を向けてしまう。自分の心に何の光も差さないということに気づいてしまった。
「大事な。。。人、だった?」
俺は今自分の気持ちを抑えておくことができなくなってしまっていた。ひどい顔をしているはずだ。
磨かれたテーブルに映り込む自分の顔は光加減からか、のっぺらぼうのように真っ黒だった。
「そうだな。自分の半身が無くなった気分だ。」
世界中の誰の葬式より、参加したくない葬式だった。
「そうなんだ。」
暗い話だ。キャッチがどんな顔をして話をしているのか気になって、顔を見上げる。キャッチは顔を赤くして目を伏せていた。先ほどの酒のせいか。それともこんな問答をしてしまったのを後悔しているのか。
いずれにしろ初心な反応だ。この店に勤め始めて間もないんだろう。
「無理せず水でも飲め。金返せなんて言わないから。」
一瞬何を言われているのかわからないという表情を浮かべるが、その意図を察してキャッチが答える。
「あ、違うの。うん。大丈夫。ありがとう。」
「・・・そうか。ならいい。」
どういう感情か読み取れないな。少しの沈黙を経てキャッチが言葉を続ける。
「その人のこと。」
「うん?」
「その人のこと。好きだったの?」
おかしいな。女だと言ったかな。
「そう。だな。」
「愛してた?」
「まぁ。な。」
「それは男と女として?」
「あぁ。愛していたよ。」
「なんで結婚しなかったの?」
彼女は深く傷ついていた。俺は彼女の味方になりたかった。見守っているだけでよかったんだ。ただ、そうしているだけでタイミングを見失ってしまった。違うな。全部いいわけだ。意気地が無かっただけなんだ。
「後悔、してる?」
「そうだな。後悔してる。」
「ねぇ。本当に愛してた?」
「ああ。この世の誰より本当に愛してるよ。ハヅキ」
ハヅキは目の前で笑っていた。世界中の誰よりも一番綺麗な顔をしていた。
「私も。本当に愛してるよ。リョーガ」
目から光があふれ出し、頬を伝っていた。
「えーっと。ね。 唐突で理解も追いつかないと思うんだけど。神様からね。異世界で生きてくれないか。ってずっと誘われてたの。断ってたんだけど、私死んじゃったじゃん。だからね。最後にリョーガに会わせてくれるなら引き受けてもいいよー。って。」
「だからね。最期のお別れってわけ。神様も粋なことするわよね。」
「ハヅキ。・・・すまない。俺はお前に何もしてやれなかった。」
「ばかね。リョーガには大切なものいっぱいもらったわ。私にはそれで十分。」
ハヅキの体がうっすらと発光を始めた。
「ごめんね。時間がなくなっちゃったみたい。それじゃ。行くね。強く生きるんだよ。」
「ハヅキ」
目の前でハヅキが消えていく。手を伸ばすが届かないことはわかってる。人気がいなくなった室内を枯れた声が響く。
「あ・・・・ああ、あああ」
俺だったんだ。ハヅキ、お前は死ぬような奴じゃない。死んだほうがいいのは俺だったんだ。俺にはもう何の価値もない。お前がいなければ俺なんて。この世界なんて・・・
「神様からね。異世界で生きてくれないか。ってずっと誘われてたの。」
ハヅキの言葉が頭の中に響く。俺はあらぬ限りの大声をあげた。
「ああああああああああああああ。おい!神様さんよ。どっかで聞いてんだろ?あんまりってもんじゃねーのかこれはよ?」
室内から帰ってくるのは静寂しかない。
「あんまりってもんじゃねーのかよーーー!」
「誘え。俺を誘えーー!俺が異世界行ってやるってんだ!ハヅキと生きさせろ!俺も異世界連れてけっつーんだよーーーー!」
絶叫する。絶叫して目をつぶり、開くとそこは、
「ふむ」
「え?」
「は?」
真っ白な空間に立っていた。
目の前には烏帽子をかぶって巫女の様な服を着たふくれっ面の幼女。その隣ではハヅキがキョトンとした顔で立っていた。
静寂があたりを支配する。幼女はじろじろを俺の顔をうかがっている。
「と、とりあえず。なんだこの状況は?」
ハヅキが我に返って答える。
「え、えと。こちらがさっき話した神様の、アマテラス様なんだけど。」
「アマテラス様?」
「あ、アマテラス様って言っても、神道の天照大神様とはまた違う神様みたいなんだけどね。」
ハヅキが動転してどうでもいい情報を伝えてくる。幼女がハヅキを向いて言い放つ。
「葉月。お前との約束はもう果たしたのじゃ。わしはこやつと話しがある。先に行っておれ。」
「え、ちょ、リョーガ!」「ハヅキ!」
ハヅキと俺は同時に声をあげるが、ハヅキの姿がかき消える。
「さて」
幼女が俺に向き直る。
「小僧、先ほどの啖呵はすごい勢いじゃたのう。男に二言はないか?」
や、やばい。勢いで捲し立てたが、こいつはヤバイ。幼女の姿をしているかが、身体中の全細胞が危険だと告げている気がする。目の前に動物園のライオンがいて、命を握られているような感覚がする。
「に、二言はない!」
うおおおおーヤバイ!勢いで言っちまったーーー。
「ふむ。」
ヤバイヤバイヤバイ。何を考えていらっしゃるのですかーーーー。
「よぉ~言うた!!」
「・・・・は?」
「いやぁ~よぉ言うたのじゃ!好きなおなごのために、自分の人生も省みず、即決、即断!これぞ日本男児というものぞ! 昨今の日本男児を見てまっこと、情け無いと思うておったのじゃが、こんなところで真の日本男子に会えるとは!これぞ運命というやつかもしれぬ!素晴らしい!素晴らしいのじゃ!」
お、おう。と、とりあえず上手くいったー!現代に未練がないと言えば嘘になる。ただ、ハヅキがいてまた生きていけるっていうならどこだろうと関係ない。うん。大丈夫だ!
「にしても気になるのう。」
ん?
「葉月といい、お主といいなんでそんなに魂の力が強いんじゃ?生きてきた環境によるものかのう。」
「いや、魂の力と言われても。。。二人とも一般的な家庭で一般的な教育環境で育ってきたはずですが。」
俺の言葉は完璧に無視してアマテラスが続ける。
「ふむふむ。どうやら、葉月とお主が過ごした大学時代に魂の力が強いものが集まっていた様じゃな。ちょうど良い!葉月との約束でな!若いころの身体をと言われておったのじゃ。そなたらの身体はその時代の身体をベースとするものとして。そやつらも引っ張りこんでやろうぞ。」
え。そいつらもそれぞれの生活があると思うんだが。まぁこの神様、人の話全然聞いてないし、もうどうしようもないな。
「さてと。佐々瀬凌牙よ。笹音葉月とはあらかじめ異世界について話しておるでの、お前に改めてその説明をする気は無い。妾も忙しいのじゃ。ただのう、妾はお主のことがえらく気にいった!今までお主がどういう経験を積んできたのか。少し見させてもらうぞ。」
そう言うと、有無を言わさずアマテラスが俺の頭をつかんでくる。抵抗する気はさらさら起きない。だって神様だぜ?
しばらくするとアマテラスの手が震えはじめる。
「おおおおお主!なんじゃこのスマホゲーと言うものは!」
「・・・・・・・・へ?」
佐々瀬凌牙は一時期重度のスマホゲー課金者だった。給料日には給料の半分以上を課金し、ガチャを回す。しまいには給料では足りず、人に借金してまでゲームをしていた。もちろん。金を貸したのも、更正させたのも葉月である。ただそれからも課金はしないが、手広く色々なスマホゲーを遊ぶことを趣味としていた。
「そ、それは・・・」
「めちゃめちゃおもしろそうではないか!」
「・・・・・え?」
「しかもお主、自分の生活も省みず一つのことに打ち込み続け、寝る間も惜しんで没頭するとはまさに日本男児!!」
「いや、何ですかその言い方、言いようによってはそうなるんですけどね。そんな立派なものではないんですが。」
「素晴らしい!お主の能力はこれじゃ!」
「は、はぁ・・・」
やはりアマテラスはこちらの話を聞いていない。能力って・・・。
「いや、もうちょっと何言ってるかわからないのですが・・・」
「任せろ!お主が能力を発現するまでに色々と作り込んでおくからのう。グフフフフ。」
グフフフフて言われてもな。。。何言っても聞く耳持たなそうだし、これはまさに運を天に任せるというか何というか。神だけに。って上手くないな。
にしてもなんだ?アマテラスの目的がわからないな。こんなことをしてアマテラスになんのメリットがあるんだ? 仮に善意だけだったとして、一方的に恩を受けるのは怖いんだけどな。
「アマテラス様!葉月とまた人生を歩む機会を与えてくれてありがとうございます。この恩に報いるために、私に何か出来ることはないでしょうか。」
「ふむ。よい心がけじゃ。だが異な事を言うものじゃのう。感謝をするのはむしろ妾のほうじゃ。何も妾も暇つぶしでこのようなことをしておるわけではない。言わばういんういんと言うやつじゃな。」
win-winか。。。やはり目的があるということだな。ハヅキはもう知ってるということか。となると、アマテラスの目的がはっきりしない限りは交渉も何もない。それ以上にこちらには下りるという選択肢すらない。
「承知しました。アマテラス様。では私が勝手に感謝しておりますので、お気になさらず。一つお願いなのですが、アマテラス様とお話しする機会は持てませんでしょうか。せっかくのご縁ですので、今後もお言葉を賜る機会をいただければと思います。」
「さすが日本男児!素晴らしい!ではそれについては考えておいてやろう。追って連絡するぞ!」
。。。もしかしたら、この神ちょろいのかも。まぁいい。せっかくの縁だ。大事にしよう。
「はい。お待ちしております。」
「それではそろそろ行くがよい。あぁついでにサービスじゃ!お主のみ今日までの記憶を残してやろう。他のものはベースとした肉体の年齢時点での記憶しか残ってないからのう。精々注意することじゃ。」
・・・・は? それってハヅキも今日のこと覚えてないってことじゃ。。。
「ではの!」
「ちょ、ちょっと待ってくれーーーー!」
最後にアマテラスが爆弾を落としたが、俺の意識はそこで途絶えた。こうして俺の新しい人生が始まるのだった。