冒険者 2 ヨミ
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無人の森は、気が落ち着く。
夜の帳が降り、身も心も闇に溶けていく。
俺はシェイプシフター。
「りせっと」された、過去の無い男だ。
持っているのは『暗殺者』として鍛え上げられたこの肉体と、殺人の技能だけ。
だが、自身の過去の記憶は、無い。
俺は、誰だ?
例えようもない不安の中、俺の心を満たしたのは、太古の記憶。
森と共に悠久の時を生きてきた、シェイプシフター『虎』族の記憶だった。
獣の姿で狩りをし、人型になって家族と憩う、森の民。
変化しない人間どもに狩りたてられ、人間社会に同化を余儀なくされる前の、はるか過去の姿。
ただゆったりと流れる時の中を漂い、連綿と続いて来た、一族の記憶だった。
その記憶が、空になった俺の心を満たす。
俺は、一頭の虎だ。
ただ、それだけで、いいと。
意識が戻った時、目の前の女が俺を所有し、使役するのだと思った。
だが廃棄されようとした俺を庇った彼女は、俺に輪をかけた迷い子だった。
異世界からの召喚者。
聖女に仕立てられるのを拒んだ逃亡者。
使えない膨大な魔力。この世界の常識も、知識も持たない。
危なっかしくて、見ていられない。
共に束縛から逃げ出した。
俺の正体を知っても、『仲間』だという。
不思議なことに、他の人間と違って、俺が虎の姿でいるほうが、安心するのだ。
「これは現実」だと自分に言い聞かせ、必死で頑張ってはいるが。
どうにも危なっかしくて仕方がない。
・・・そのうち、眼が離せなくなった。
・・・・・・。
「伴侶に獲物を狩らせる男は、甲斐性なしだ」
これは忘れ去られた時の彼方の、『虎』族の古い記憶。
伴侶に殺しをさせず、腕一本で家族を養うのは、強い男である証だった。
真の聖女かもしれない君に、手を伸べる資格は俺にはないが。
少しだけ俺の我儘に付き合ってくれ。
俺はヨミ。
シェイプシフター『虎』族のヨミだ。
君には、殺しはさせない。
君は、俺が守る。




