第二章 冒険者 1 冒険者(なりたて)
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もう暗くなるってのに、旅立っちまったよ、あの二人。
ギルド出張所の受付兼酒場の女将は、心配そうに外を眺めた。
宿に泊まれと勧めたんだが、先を急ぐと、支度を整えて急いで出て行っちまった。
急ぐ理由を、そっと耳打ちして。
あの娘、遠い島国の、深窓の御令嬢だったそうな。
それが婚約者の手ひどい裏切りに会って男性不振になり、あの年まで行き遅れ。
人の噂になってるのもつらいと、遠いナンドールの父の知り合いの所に滞在中、突然、父が亡くなったという知らせが。
既に母はなく、家は姉が婿を取って継いでいる。
そして彼女は、ここナンドールで、護衛をしていた平民の男と恋に落ちていた。
「身分違いだと連れ戻されても、窓際の老嬢として家のお荷物になる未来しか見えません。
私は少し魔法が使え、彼には剣の腕があります。
身分など捨て、二人で新しい人生を切り開いていきたいの」
この目で世界を見て見たい、と目を輝かせて言った言葉に嘘はなさそうだった。
恋と冒険にあこがれるには少々年を喰いすぎじゃないかい?とも思ったけれど、いくつになっても、夢を見るのは良い事さ。
連れの男もちょっと物騒な雰囲気だったけど、常に彼女に気を配り、暖かく見守っていたのは好感が持てたしね。
連れ戻そうと探されている、と言ってたけど。誰か尋ねて来ても、告げ口はしないよ。
二人で元気にやるんだね。
たいして歩かず、夕日が沈む。
今日の寝場所は大きな木の下。
あまり暗くならないうちに、買いたてのポットを焚き火にかけてお茶をいれ、寝袋を拡げる。
残照の森の中でゆったりするのは、気持ちがいい。
虚実取り交ぜた身の上話を信じてくれた女将さんには悪かったけど、私は異質すぎるから。
常識知らずの怪しい女が来たって、噂になると困るんだ。ごめんね。
「遥」
お茶のマグを置いて、ヨミが静かに言った。
サファイアブルーの眼で私を見つめる。
「遥、お前は戦わなくていい。
人を殺す立場になったときは、俺に任せてくれ」
戦闘に参加するなって?
「そんな。あなただけに任せるわけにはいかないよ。
私たちは仲間でしょ」
「いや。君に人を殺してほしくない。
俺のこの身体は殺しには慣れている。だから、そっちは俺が引き受ける。
仲間だからこそ、こう言うことが出来る。
これは俺の我儘だから」
「我儘?」
「そう我儘」
なぜか楽しそうに言うと、ヨミはそのまま沈黙して、微笑みながら暮れていく空を見つめていた。




