聖女 2 聖魔法
2
どさっ、と眼の前に落ちてきたのは、とんでもないスプラッタもの。
ぎゃー!
なにこれーっ!
なにこれ死体ーっ? 腕とれかけてるお腹穴開いてる喉がざっくり血まみれのぐちやぐちゃーっ。
あわわわわわわ。
しっかり見てしまった私は、必死で強がってた怒りもポーズも何処かへぶっ飛んで、ぎゃーぎゃーわめいてしまった。
こんなもんいらないーいやーあっちへやってー!
「練習です、さあ癒してごらんなさい。
あちらの世界であなたを召喚するためにささげられた対価の一つ。
まだ温かく、魂の抜けきっていない、新鮮な個体です。
『蘇生』は最高難度の光属性魔法。
これを行使できれば、あなたにも納得がいくことでしょう」
パニックっていた私だけれど、一つの言葉がひっかかる。
「召喚する対価?」
「あなたを自身の世界から召喚するため、百人の命がささげられたのです」
・・・ドクン・・・。
頭から、すっと血が引く。
・・・ナニヨ、ソレ・・・。
「あなたを召喚したドア・ナンドール国は、昔から何度も、虜囚や奴隷の命を対価にささげて、召喚魔法を行ってきたのですよ」
・・・なによ・・・それ・・・、
虜囚や奴隷って・・・命って・・・。
私を捕まえるために、百人の人間を殺したってこと?
「冗談じゃないわ!そんな国に召喚されるの?私?
そんなことする奴らは悪人に決定じゃない!
それを知ってる私が、そんな奴らに協力するとでも思ってるの!
読みが甘いわっ!」
頭の中が真っ白になるくらい激怒した私は叫んだ。
どんっ!
貧血を起こしたように眼の前が暗くなり、私はがくんと膝をついた。
ぶるっと頭を振って、眼を開くと、そこには。
眼の前にはさっき投げ出されたままの格好なのに、血まみれの傷も消え、服も握っていた武器も消え、腕もしっかりくっついた裸の男性が横たわっていた。
その胸が、規則正しく上下している。
えーっ、裸ー!
「あっ、あの。大丈夫ですか?」
近づいて首から下を見ないように声をかけると、男性はかっと眼を開いた。
「ひゃっ!」
ちょっと、引いてしまった。
日本ではめったにお目にかかれない、どブルーの眼。
初めは焦点が合わず、ぼんやりとうつろだった、澄み切ったサファイアブルーの眼が、私の姿を映し。
驚愕に見開かれた。
見開いたその目に映る私は、しっかり魔女メイク・・・。
いえ、とんがり帽子にまっ黒けのこの姿、ただの仮装ですから・・・。
男性がゆっくりと起き上がる。
「えーと、大丈夫ですか?お名前は?」
「ナマエ・・・ハ・・・」
「記憶は失われているはずですよ。
すでにあちらでの生を終えた個体ですから」
なんですとー!
相手は眉を寄せ、私の問いに答えようと、懸命に考えているようだ。
「えーと、お名前は?
何か覚えてますか?」
「・・・ナニコレ・・・?」
「は?」
「・・・コンナモン・・・?」
あわわ、さっき私の叫んだ言葉だわ。
「・・・読みが・・・ヨミガ・・・ヨミ・・・?」
「ヨミ?」
あ、ちょっと反応あり。
「・・・ヨミ・・・」
神秘的な女性が、少しいらいらした感じで言った。
「光属性魔法は使用可能。よろしいですね。
では、あちらに転移いたしましょう」
「ちょっとまって、この人は?」
「練習用ですので、廃棄いたします」
ちょっとまてっ!
「そんなばかな!
せっかく生き返ったものを、廃棄ってどういうことよっ!」
私は男性を立たせ、その腕をしっかりつかんだ。
もし・・・もし、ほんとにわたしのために百人もの人が命を奪われたのなら・・・。
せめて。
せめて九十九人にして・・・一人だけでも、助けさせて・・・。
だめだ。考えるな。足が震えて来る・・・。
「この人も・・・連れて行きます!絶対!」
「仕方ありませんね」
疲れたようなため息。
「では。転移」
えっ、ちょっと、そんなに急にーっ!
「ふう」
神秘的な女性は聖女たちの消えた空間を見つめ、ため息をつく。
どうなる事かとおもったけれど、なんとかなるものですね。
どこからともなく表れた女官が、女性に声をかけた。
「主上、対価がひとつ足りませんが」
「ああ、あの聖女がお持ち帰りしたわ」
まったく、聖女の召喚条件に最も適合した人間が魔女だったなんて。
私ともあろうものが、うろたえていろいろ説明するのを忘れてしまったわ。
でも、魔法を使い慣れた人間で良かった。
あれだけの力と意志がある魔女なら、禁断の召喚術を性懲りもなく繰り返すあの気に喰わぬ国でも、聖女として上手く生きてくれるでしょう。
それに・・・あ、いけない、忘れていたわ・・・。
・・・困ったわ、どうしましょう・・・。
「主上、対価の事なんですが」
「うるさいわね。どうせ廃棄するはずの個体でしょ」
「あれ、回収しました?」
「えっ!」
「もしかして、回収前にあの世界に送り出しちゃったんですか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・わぁぁぁぁーっ!」
主上と呼ばれた存在は、神々しい光を放ちながら、頭をかかえてうずくまってしまったのだった。