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Ψ-3 佐山詩織の場合



──現在より二年前。二〇二〇年二月九日(犯行から三日後)



 臙脂えんじ色の急須からほうじ茶が注がれる。続けてもうひとつの湯飲みに茶を注ごうとした時、佐山さやまの妻である詩織しおりはふと顔を上げその手を止めた。

わっか刑事さんの方はコーヒーがよかったですかね?」

 その詩織の言葉を若手の桑本くわもとが手で制し、その後を大坪おおつぼが「いえ本当にお構いなく」と引き継ぐ。

 清潔感のある整った居間だった。何かが壊れているだの、どこそこが破れているといったこともない。そもそも佐山のあの雰囲気からしてDVや酒乱のがあるとも大坪は思っていなかった。

「正直私どもも困り果てております。なぜあんなことをされたのか、御主人は我々に話そうとしてくれません」

 目を伏せている詩織を観察しながら大坪は思考を巡らせていた。教科書通りであればまず疑ってかかるは金銭関係、次に男女間の怨恨、嫉妬である。だが佐山よりひとつ下である四十二歳のこの詩織と二十歳の浪人生である滝谷たきたにの間に情交絡みの何かがあったとは考え難い。

「これが生前の滝谷英明たきたにひであきの写真です。見覚えはありませんか?」と、桑本くわもとが数枚のスナップ写真を見せる。首を振る詩織の反応で大坪はさらにそれを確信した。

 だとすればもうひとつのセン──今のところ大坪の中では最有力候補の──中学一年生になる佐山の娘、穂波ほなみがこの事件に関わっているのではないかという線だ。


「では事件前の御主人の様子についてお聞きしますが何か変わったこととか、いつもと違う行動をとっていたとか、そんな覚えはありませんか」

 大坪の問いかけに詩織は時々視線を上げ、口を開きかけたり塞いだりする。その様子を見て大坪は最初、佐山詩織は「何かを知っててそれを隠している」のかと思った。だが、すぐにそうではないことに気付く。奇妙な既視感の中、辿り着いたのは今の詩織の表情と取調室での佐山の表情が非常によく似ているということだった。つまりその顔が言わんとすることはこうだ。


(どうせ言ってみたところで理解してもらえない──)


 いや、おそらく彼女自身もよく理解しきれていないのだ。だからうまく説明することができない。そんな見解が表情にピタリとはまっていた。


「いいですか、奥さん。うまく文章にしようとしなくても構いません。こうだった、ああだった…… そういった箇条書きでいいんです」


 まるで子供を諭すようなその大坪の口調にリラックスしたのか、佐山詩織はゆっくりと口を開き始めた。




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