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Ψ-2 滝谷英明の場合



──現在より二年前。二〇二〇年 二月六日(犯行当日)



 インターホンが鳴った時、滝谷英明たきたにひであきはソファに座らせた“彼女”の髪を丁寧にかしている最中だった。どうせ何かの勧誘員だろうと思って居留守を決め込んでいた滝谷たきたにだったが相手は二度三度とブザーを鳴らし続ける。やがてしびれを切らしたように鉄製のドアがゴンゴンとノックがされると「すいません。マンションの管理会社の者ですけど」と声が聞こえた。根負けした滝谷は「はーい、ちょっと待ってください」と返し、一体四十万以上もした“彼女”の体にシーツをかけて玄関に向かった。鍵を開けてドアをわずかに開くとそこにはワイシャツにスタジャンを羽織った中年の男が立っていた。

「あ、これはどうも。管理会社の吉田と申します。いや、実は下の階のかたから水漏れの苦情がきとりましてですな……」

 吉田と名乗る男は九州(なま)りの入った口調でそう言った。

「すみませんが、ちょっとベランダの方を見せてもらってもよろしいですかね?」

 男がベランダの方を指差す。思わずそれにつられて滝谷がその方向を振り向いた時だった。男は持っていたスポーツバッグをドアの隙間に突っ込み滝谷の右腕をぐいと掴む。そしてもう一方の手に隠し持っていた中身入りのウイスキーボトルを思いきり鳩尾みぞおちにえぐり込ませた。滝谷が嗚咽している間に男はドアを閉めて施錠すると“くの字”に折れ曲がったその体を押さえ付け自転車のチェーン錠を使って後ろ手に縛り上げる。そのまま襟首を掴み上げてリビングまで引きずって行くと男はベージュのカーペットの上へ滝谷を乱暴に転がした。

 顔をしかめ、まだせている滝谷を一瞥いちべつした男は背後に人の気配のようなものを感じ振り向いた。ソファに掛けられたシーツの下から人の足が見えている。一瞬本物の人間の足かと思ってドキリとしたが、男がシーツを捲り上げるとそこには身長140cmほどの精巧なラブドールがソファに座らされていた。

「ずいぶん高そうな人形やな。親の仕送りでうたんか?」

 そう唾を吐くように言うと男は汚いものを見るように女子学生用のブレザーを着せられたそのシリコン製の人形の顔と滝谷とを交互に見た。滝谷は涙ぐんで真っ赤になった目で男を睨み付けている。

「…………少女趣味なのか?」

 滝谷が大きく口を開け大声を立てようと息を吸い込んだ瞬間だった。滝谷の眼前に足の裏が出現したかと思うとそれはそのまま顔面にめり込んできた。容赦はなかった。

 男は手にしたシーツを雑巾のように細く絞ると滝谷の口に猿轡さるぐつわをかませる。その際、折れた前歯がぽろりとこぼれ落ちたが男は気にしなかった。まるで首を絞めるかの如く力任せに後ろからぐっと縛り上げる。そうやって完全に動きを封じると男はもう一度同じことを滝谷の耳元で囁いた。

「少女が好きなのか、と聞いてるんだよ」

「…………!…………!…………」

 声にならない声をあげながら滝谷は首を振った。鼻から溢れ流れる血が口にかまされたシーツをどんどん赤く染めていく。

「すまんの。吉田っちゅうんは嘘たい。おれは佐山さやまっちゅうんや。……さ・や・ま、じゃ。ん? どや、なんかこの名前に覚えのあるとや?」

 滝谷は文字通り目を上下左右にぐるぐると回し記憶を辿った。そして最終的に一点に定まったその目には恐怖の色が浮かんでいた。

「そうか……おまえさん、やっぱ、もうこの時点でうちの娘に目ばつけとったんやな」

 滝谷の動きがいっそう激しくなった。髪の毛を振り乱し、血管を浮かせた首をまるで亀のそれようにぐいと伸ばしてはもがく。

「会いたかった……嘘じゃない、本当に会いたかったよ。滝谷英明たきたにひであきくん」 

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