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新星樹のアナントス  作者: 川獺 馬来
2/5

浸食/Answer

「おぉ気付いたか?」

 その問いに返す言葉はなく、目を開けたことが返答となった。徐々に意識が回復するなか、次第にコトツキは横になっているのに気付く。

「あんまり動かない方がいい。たった今君の右腕を切り落としたばかりだから」

嘘と思いたくなる残酷な言葉によって意識は肉体を追いて急速に回復する。そして、完全に覚めた目で右を見ると、そこにあるべきはずの右手がなくなっていた。コトツキの右手は台の上に置かれており、その周りには血で染められたノコギリが粗雑に置かれているだけである。問いただす必要もなく、状況が説明をしていた。コトツキは自分でも気付いていない間に涙を流し、何がそんなに自分を悲しくさせるのか分からず声にならない悲鳴を虚しく響かせるだけ。

疲れてしまっていたのか、コトツキはまた意識を失っており、再び目が覚めると鉄格子の中にいた。「また」とは言ったが、心情の変化は確実にあり、もう彼には脳に鞭を打ち働きかけ考えることもしなくなっていた。

空虚になった心とどこか億劫になった自分の姿を寧ろ誇りのようにさえコトツキには思える。

 怖くて、痛くて、体はボロボロで、訳が分かんないことばかり…。その上、身に覚えのないことで誰かに咎められ、僕が一体何をしたっていうんだよ! 分かんないよ、人を殺した実感さえ湧いていないのに…。ここから出られたら……。

 そう思ってもコトツキには体を動かす気力ももうなかった。もっとも、あっても無くした右手の代わりに方から作られた義手の重みと足枷がそれを許さない。足枷の方に関して言えば、黒い鉄球が付いているわけはなく、壁から鎖が出ている仕組みになっている。移動の際に鎖はその分だけ出てくるという仕組みになっている。鉄格子に鍵はなくいつでも外に出られたが、少しでも外に出れば足枷の鎖が元の鉄格子に引き釣り戻し、赤黒の服を着た男達が入ってくると殴り蹴られ、酷使されたこともありコトツキにはこれに対し悪意しか感じない。

 これらのことからコトツキは生きることへの希望を完全に棄てていた。

 そして、その日はやってきた。どれだけの月日が流れたか分からない。ただ、五、六人ほど近づいてくる足音が聞こえてくる。コトツキはやっと死ねるのだろうと思っていた。そして、鉄格子の前まできた人物は赤黒服を着た男達が四人と白衣を着た研究員の男が一人である。

「やぁ藤長 コトツキくん。君にとっての最終日となる。あまり多く言うつもりはないが、今日はよろしく頼む。これで最後になるかもしれんから名前を言っておこう。私はツクバという。では、早速始めようか」

 一方的に話し終ると赤黒の男は鉄格子の中に入ってくる。足枷が外され、抱えられながら外にでると鉄で出来た拘束具が用意されていた。手と足を鉄で繋がられると、ワイヤーで肩と体を括られると完全に身動きができない状態となる。最後にコトツキの目を布で隠すと、男達は拘束具を押しながら移動し始める。

 長時間の移動ののち男達は止まる。ドアの開く音が聞こえると中に入り、所定の位置にコトツキを置くと男達は全員出て行く。

 これから何が始まるのかなど到底理解できるものではなく、ただただ待たされるという恐怖がまた募っていく。すると突然部屋中が明るくなったのが分かる。先程までは目を瞑っているのか、開けているのかさえも分からない状態であったのが。

「…キ、元気にしている?」

 急に聞き覚えのある声が聞こえる。それは彼が最も身近で聞いてきた声。

「コトツキ、父さんも母さんも元気にやっているから、お前も元気にやるのだぞ。そして、逞しくなって帰ってこい。父さんも母さんも楽しみにまっているからな」

 最初に聞こえてきたのはどうやら母の声で次は父の声であった。それまで脳を使うことすら躊躇していたコトツキは親しみ深い声を聞いたせいで嫌でも生きたいと願うように、考えるようになった。コトツキにあった「死にたい」という感情も緩和されているのが彼自身一番分かっている。

 だが、そんなことを思うのはほんの一瞬である。

「こ、これで良かったのですよね? これでコトツキが無事にやっているかを見せてもらえるのですよね?」

「そうだ」

 母の発言から言下に肯定する。その肯定した男の声は聞き覚えなく、コトツキはこの瞬間嫌な予感がして不平が堪る。そして、コトツキが危惧していたことは起こる。

「ご協力感謝します」

 その一言を最後に無数の銃声音と父と母の悲鳴が聞こえてくる。

「やめろ! やめろ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

コトツキの声は銃声音と悲鳴が雑然しあっている中で届くことはなく、ただただ虚しい。

 その時だった、コトツキの中で声が聞こえ始める。

「憎々しいか? 殺したいか? ならば憤れ、自分をこんな目に遭わせた者たちに報復と譴責を。憎しみを持ち続けろ。そして、身体を私に授け後は休んでいろ。全て終わらせる」

 己を示唆する声の思うままにコトツキは憎しみだけを考えるようにした。すると段々体が軽くなってくる。頭の中では憎しみしか考えなくていいという楽な考えが植えつけられていく。次第に夢を見ているような気持になってきて、彼は溺れるままに溺れいく。

 この時コトツキには異変が起きていた。体を動かしているが思う様に馴染まず、ぎこちない動きをする。時間が経つにつれ、指の先や足の先まで動かせなかったのが徐々に動くようになる。今度は左足首に着いた分厚い鉄の拘束具を左足だけの力で破壊する。続いて右足も同じように右足を前に出そうとするその力だけで拘束具を破壊する。次に左手、最後に右手となったが、義手で作られた右手は手首に着いた拘束具を破壊するというよりも、義手の肘から下が壊れて自由になったものである。ワイヤーも簡単に千切れた。

 拘束具に取り付けられていたコトツキと呼べる姿はどこにもなかった。と言うよりかは、拘束具に取り付けられて見えなかった部分が明るみになり、それはもう『人間』であった藤長 コトツキの姿は殆どなかった、が正しい。

 顔は肉食獣を思わせる骨格で顔を覆い隠し、腰付近からは長い尻尾が生えている。爪は鋭く伸びていき、肉体は人の肌とはかけ離れたものとなっていき、それはどこか虫のようでもある。

 その異形の者は不自由でしかない右手の残った義手の部分を肩から思いっきり引っこ抜くと骨を生成し始める。肩から肘、肘から手首、手首から指先まで生成し終えると、今度は筋肉繊維と血管を生成し、最後に皮まで復元し終えると自由に右手を動かし始める。

「素晴らしい…。気色の悪いものではあったが、予想を遥かに超えてくれた。計画に支障はないだろうが用心にこしたことはない」

 コトツキに起きた異変を最後まで見届けていたのはツクバであった。監視モニターからずっと眺めていたのである。ツクバは一歩も動こうとせず、そのままコトツキを監視している。

「ん? おいおいおい、コトツキくんどこに行くつもりだ?」

 ツクバはあれをコトツキと今でも呼び、そのコトツキはと言うと、外が騒がしくなっているのに気付き鉄扉を開けようとしていた。

外にでると突然通路をシャッターで封鎖されてしまう。ツクバの仕業であるが、今のコトツキにはシャッターで遮られたからといって止まるようなものでもなく、丁度鼻先数センチ空いたところに光が集まっていく。数分間溜め終わるとそれを目の前に一直線へ放出する。光線は何枚ものシャッターを一気に溶かしてしまうと、その溶けた間をコトツキは難なく通り抜ける。

「これはもうお手上げだ」

 その様子を勿論見ていたツクバは心の中でもう何もしまいと思った。

 コトツキは声のする方へ、声のする方へと進んでいく。

「情報通りアナントス状態で発見しました。ネットランチャーから捕獲用麻酔弾への変更許可をお願いします」

声は既にもう近くであった。声がする方へと向くと発砲音が聞こえ、コトツキは敏捷な動きで弾を避けていく。そして一気に間合いを詰めると防弾服ごと爪で引き裂く。引き裂いた男の後ろから人が集まってきているのが視認できる。発砲される前に間合いを詰めようとした瞬間、後ろから強烈なタックルに遭い、運悪く体がよろめいて入った場所は休憩室であった。扉が他よりも薄く作られているせいか凭れただけで壊れてしまい、逃げ場所をなくてしまった。唯一の出入り口は銃と盾を持った者たちで埋め尽くされてしまい、とても逃げ切れるような状態ではなかったが、彼等は発砲できずにいた。

それは、コトツキが先程自分に盾でタックルしてきた男の首を絞め現在盾代わり件、人質の役目にもなっているからである。

 死なない程度に締め上げ、声がギリギリ出る程度に抑えている。もしこの人質が声を出さないようにでもなればいつ発砲され蜂の巣になるか分からないと思い、コトツキも彼等も硬直状態になっている。すると、彼らの方から声が聞こえてくる。

「コトツキくん、どうか彼を解放してくれないか? 僕たちは決して君に害をなそうとしているわけではないんだ。君を保護しに来た」

 男の声であった。しかし、コトツキは解放をしようとは思わない。確証も持てないし保護されたいわけでもない。この男がトリガーとなったのか、コトツキはこの硬直状態を終わらせようと男を盾にしたまま光を集め始める。皆危険を察知し退避する。

「やだ、やだやだ! 誰か助けてくれ!」

 盾になった男は助けを呼ぶが自分が見捨てられた存在だと気づいていない。

「頼む! そいつを放してくれ! どけ、俺はあいつを助けに行く!!」

 そんな中、一人だけこちらに向かって来ようとするものがいた。しかし、それを止めようと先程コトツキに話しかけてきた男が抑止する。

「友達を助けようとするのはいいが、まずは自分の命を守れ。君には今他にやるべきことがある筈だ」

その男の言葉に彼はこの場から退避しようとする。が、コトツキはこの瞬間を逃さまいと光線を放出する。盾にしていた男は首だけとなり、コトツキは首をその場に捨てた。扉の前に人はもう誰もいなくなっており、このまま逃げ出そうとするが、光線を撃ったためか体が重く感じる。一歩一歩前に出ると体が鉛のように重くなっている。

 すると、あともう二、三歩で扉から出られるという距離になった時、先程コトツキに話しかけてきた男が出てくる。

「確保」

それだけ言うと退避していた人間が一斉にコトツキを囲む。コトツキは視線を落とすと地面から幾束のリボンが体中に巻き付いている。ほんの少し不思議に感じた。ワイヤーは簡単に千切ったのに、何故このリボンが千切れないのかを、それを今のコトツキは知っている。再び憎しみを込めた目で目前の男を睨むと男は笑って見せた。

「正解だ。僕も君と同じで君の持つ力を持っている」

コトツキは威嚇をするが、男は尚も余裕の表情で笑っている。

「和馬!」

 先程まで男に止められていた彼が戻ってきた。どうやら友達がどうなったのか確認しに戻ったのだろう。首だけが転がっているのを確認すると崩れ落ちてしまい、コトツキに怒りと悲しみの目で睨みつけると首を持って足早に出て行く。

「さて、これから大変になるだろうけどよろしく。自己紹介とかしたいが、まず君には寝てもらわないとね」

そう言い残すとコトツキは強烈な眠気に誘われ、あっという間に意識が遠のいていく。


 再び目が覚めた時、そこは見知らぬ天井だった。


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