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魔法具使いの理想世界  作者: 由兎
始まりの遺跡
3/5

01-3

 王国軍の言葉によって訪れた沈黙。それに耐えきれなくなったように、誰よりも早くユアンはその口を動かす。


「ふざけるなよ、そんな事……させるわけないだろ」


 それは小さな声だった。けれども誰一人身じろぎせずに黙り込んだ空間で届くには、十分すぎる大きさだった。声に反応して女性がくるりと視線を回し、やがてユアンへ辿り着く。


「今の言葉はお前か……どういう意図の発言か聞かせて貰おうか?」


 切れ長な瞳が一層細くなり、ユアンを射抜く。どんな意図があれ王国軍の決定に背くことは許されないだろう。それでも女性がその意図を聞いてきたのはユアンがどう見ても自警団には見えなかったからかもしれない。


「この遺跡には魔法が残ってるかもしれないんだ、それなのに何もせずに封鎖するなんて――」

「リュシア大尉、危険をこのままにするのですか?」


 感情のままに吐き出しそうになるユアンのそれは、目の前に立ちふさがる様に歩み出たバドによって遮られる。バドが前に出た理由は、敵意をむき出しにしているユアンの表情を隠すためだろう。


「…………危険は承知の上だ。対処法は追々軍が考える事になるだろう。貴様等の気にする事ではない」


 リュシアと呼ばれた女性は、少しだけ考えるそぶりを見せた後、ため息交じりに言葉を返す。対処法が出来るまでの間、一時的に封鎖してしまおうという考えなのだろう。けれども、その対処法がすぐに見つかるとは限らない。魔法に関する文献がほとんど残っていない今、それを見つけるのは容易な事ではないだろう。

 そうなれば、自分が生きている間にこの遺跡に再び入る機会が訪れるとは限らない。そうユアンは考えていた。

 ならば、今できることはおのずと限られてくる。


「そちらの男の意図は後できっちりと聞かせて貰うが、あまり時間もないのだ。さっさと終わらせるぞ!」


 冷たい視線がバドを避けてユアンに向けられるが、それも一瞬。すぐにその声と意識は配置についたままだった王国軍へと戻された。

 声を合図に遺跡の周りで作業を始める兵士たち。遠巻きに見ているだけだったが、おそらくは入り口を爆発する気なのだろうとその程度は知れる。


「バド、ごめん……」


 背中越しにそんな言葉をかける。突然のそれにバドが気が付いた時にはすでに遅かった。

 誰もそんな行動に出るとは予想しっていなかっただろう。だからこそ一瞬だけ隙が出来た。遺跡の入り口にたどり着くには十分な隙が。


 ユアンは入口に群がる兵士を縫うように避けながら、全速力で駆け抜ける。その後の事など考えていなかった。今はこうするしかないと、それしか頭になかった。


「何をする気だ、貴様!!」


 気が付いたリュシアの声とともに、ユアンに数本のナイフが投げつけられる。声に振り返ると、いくつかのナイフが被っていたフードを掠めた。

 遺跡の入り口で態勢を崩したユアンが階段を転げ落ちると同時に見たのは、ナイフを投げた体制のまま目を見開くリュシアの顔だった。


「ユアン!」

「--っ! 遺跡に入れるな!」


 外からユアンを呼ぶバドの声と怒りに満ちたリュシアの声が聞こえてくる。ユアンは階段を転げ落ちたものの、高さがなかったお陰で、少し痛みを感じる程度だった。この程度の痛みならば、シャロンに投げ飛ばされた時のほうがずっと痛い。


 じっとしていれば捕まるだろうと、すぐに立ち上がり遺跡の奥へと駆け出した。予想通り背後でいくつかの足音が追ってくるのが聞こえる。けれど、それはすぐにぴたりと止まった。


「え?」


 あまりに不自然なそれに振り返ると、入り口で数人の兵士が血を流して倒れているのが見えた。背後で起こったそれをユアンは目にしていない。だから一瞬何が起こったのかわからなかった。

 けれどもすぐに自身の足元に残る焦げ跡に気づき、バドの言葉を思い出す。この遺跡は魔法が生きている。悠長にしていたら遺跡に殺されかねないのだと。


「冗談、死んでたまるかよ」


 ようやく見つけたのだから、こんな場所で死ぬなんて御免だとユアンは言葉を吐き捨て、再び遺跡の奥へと駆け出した。



 遺跡の中はまるで迷路だった。同じような通路が続き、幾重にも分かれている。そんな中を休むことなく走り続ける。

 休むことは許されなかった。駆け出してからずっと背後で落雷染みた音や、爆音、金属音までしているのだ。振り向いて確かめる隙も無いどころか、少しでも止まれば、死ぬかもしれない状態だった。

 唯一の救いは、今のところ行き止まりに当たっていないことだろうか。否、行き止まりがあるかどうかもわからないのだが、体力が続く限りは生きていられるということになる。


「っ、はぁはぁ……いくらなんでも、広すぎるだろっ」


 けれども無限に続く体力などありえない。次第に足は重くなり、息は上がってくる。気力だけで自信を奮い立たせてはいるが、それもいつかは途切れるだろう。

 ここまで来て、魔法であろうものをすぐそこに感じているのに、触れることすら叶わず死ぬ。そんな事は許せない。それでは何のために生きてきたのかもわからない。


「くそっ、このままじゃ--っ!」


 足がもつれ始めた時、とうとうそこに辿り着いてしまった。


「行き止まり……」


 視界に移ったそれは確かに壁だった。急には止まれず勢いよく壁に手をついてぶつかる。背後では相変わらず物騒な音が響いていた。そしてそれが徐々に近づいてくる。

 もうここまで……そんな風にあきらめることなんて出来るわけがなかった。


「舐めるなよ、俺が今までどれだけ遺跡を巡ったと思ってるんだ!」


 誰にでもなく声を上げる。迫りくる轟音をよそにユアンは壁を端から端まで調べ始める。今まで巡ってきた遺跡を考えるならば、ただの行き止まりなんてあるはずがない。

 その行き止まりは総じて、最奥へと続く扉だった。

 だから、それがどこかにあるはずなのだ。今までの遺跡は魔法が消えていて動作しなかったが、この遺跡ならば動くはずのそれが。


「どこだ、どこだ、どこだ!」


 焦る意識とは逆に丁寧にじっくりと壁を調べ続ける。そうして壁の端にやっとそれを見つける事が出来た。小さなくぼみにしか見えないそれは、間違いなく他の遺跡でも見た事がある。あとはそれが正常に動いてくれるかどうかだった。


「頼む、動いてくれよ」


 悩んでいる時間は無い。祈る様にユアンはそのくぼみに手を伸ばした。



 ***



 ユアンが遺跡の奥へ消えてから、暫くが経っていた。

 入り口で死んだ兵士を目の当たりにしてから、さらにユアンを追おうとする者はいなかった。当然と言えば当然だろう、王国軍とはいえ魔法を目の当たりにしたのはこれが初めてなのだから。


「……あの男は何者だ?」


 沈黙を破ったのはリュシアだった。言葉を向けられたバドは返事に惑い口を噤む。その問いかけの意味は分かっている。リュシアはユアンの姿を見たから、そう問うたのだ。


「なぜ、あんな人間が普通に生活している! 知っていて報告をしなかったのならば問題だぞ!」


 何も答えないバドに、リュシアが声を荒げる。ユアンはどこにでもいる普通の人間だ。それは幼いころから一緒にいるバドが一番よく知っている。けれども今この国ではそれは通用しない。


 ユアンは普通の人間だ、唯一髪の色を除いては。

 生まれるはずのない髪色をした人間は、この国では捕らえられる。魔法に関わっているのではないかと疑われているからだ。当然それに根拠などない。ただ国がそう決めただけでそれは実行力を持つ。


「ユアンは、普通の人間だ……幼い頃はあの髪も黒かった」

「黒かっただと? どうみても奴の髪は普通じゃない。髪の色が自然に変わるなどあるものか!」


 リュシアの言い分は最もだろう。事実、そんな人間をバドもユアン以外見たことがない。けれどもユアンがそうであった事は間違いないのだ。


「いい加減にしろよ、あいつは本当に普通だ。何なら自警団の奴ら全員に聞いてみろ」


 詰め寄るリュシアに声を上げたのはバドではなく、アドルだった。怒気を含んだそれにリュシアは眉を潜めて自警団員の方へ視線を巡らせるが、誰も目を逸らすことをしない。

 それが答えでもあった。その場限りの嘘であったならば、だれか一人ぐらいは挙動不審な態度をとっただろう。けれどもそんな人物はいない。

 自警団員の全てがユアンを庇うほど仲がいいとも考えにくいことから、それが事実なのだろうと知れた。


「……ちっ、もういい! 我々は入り口を封鎖する」

「なっ、本気かお前!」


 舌打ちの後に続けられた予想外なそれに、アドルが目を見開く。遺跡に入ったユアンが生きているとは限らないか、死んだか確認もできないというのに、リュシアは入り口を封鎖すると言ったのだ。


「本気か、だと? 我々の任務はこの遺跡の封鎖だ。何があろうともそれが変わる事はない」


 吐き捨てるようなリュシアの言葉に、食って掛かろうとするが、隣に立っていたバドがアドルの肩を制止するように止めた。


「これはあいつの意思だ……この事で自警団と軍が険悪になる必要はない」


 いぶかしげな表情を向けるアドルに、バドは静かに首を振って見せる。その言葉が重い雰囲気をまとっていたからか、事実だと思ったからか、アドルはそれ以上何も口にできなくなった。


「異論がないようならば、作業を再開する。やれ!」


 ふんっと鼻で笑うようなそぶりを見せた後、リュシアは踵を返して遺跡の入口へと向き直る。バド達は、その背中を見つめながら、黙って作業が終わるのを待つしかなかった。


 ユアンはバドが止めようとしなかった事を怒りはしないだろう。魔法を求め始めた時からずっと、自分が起こしたことの責任は自分で取ると言い続けていたのだから。

 ただ、それはユアンの意思であって、周りの人間の意思ではない。ユアンのその思いには、誰の意思も反映されてはいない。


「リュシア大尉、準備が整いました!」


 準備が整うまでに掛かったのは、ほんの短い時間だった。途中まで進んでいた作業を完了させただけなのだから当然なのだが、それは嫌に早く感じられた。


「よし、入り口を封鎖する。爆破しろ」

「了解しました!」


 サラリと下される命令に惑う事のない返答。それだけで遺跡に続く唯一の出入り口は塞がれてしまう。

 例えユアンが生きていても、人間の力だけで外に出る事は不可能だ。魔法の力を得れば、それは不可能ではなくなるかもしれないが、そうすれば平穏な日常は無くなってしまう。


「大馬鹿者め」


 小さく呟いたそれは誰の耳に届くこともなく空虚に消えた。


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