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魔法具使いの理想世界  作者: 由兎
始まりの遺跡
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01-2

 日もすっかり落ち街頭で街が照らされ始めた頃、この家の主は普段と変わらぬ様子で帰ってきた。

 シャロンの父親であるバドは、自警団の剣術師範をしている。それもあってか、髪こそ白髪混じりだが、大柄で筋肉質な体つきに、しゃきっとした態度で、年齢を感じさせない雰囲気を持っている。


「すまないな、少し遅くなってしまった」


 揃って席につくなりバドが口にしたのは、そんな言葉だった。確かに普段に比べれば帰宅は遅かったが、自分の娘と居候相手に、いちいち詫びを入れる様なものでもないと思える。

 微かな違和感を覚えたが、それは続けられた言葉によって無くなることになった。


「実は少し面倒なものが見つかってしまってな……今朝から分かっていた事なんだが、馬鹿者が早朝から出払っていて手伝わせるタイミングを失ってしまったんだ」


 誰とは言わずにバドは口元に笑みを浮かべながら、そんな嫌味を向ける。バドの言う馬鹿者とは勿論ユアンの事であり、それはこの場にいる誰もが分かっていた。

 バドは剣術師範をしながら、自警団の仕事自体も手伝っている。手が足りない時や面倒事が起きた時はユアンも手伝うのが常態化したいつもの事なのだ。


「悪かったよ……というか、何でも面倒事を俺に手伝わせようとするなよな」

「居候の身で何を贅沢な。それに手伝えることがあるならば手伝うと言い出したのはお前だろう?」


 抗議の言葉もあえなくバドの返答に打ち砕かれた。まだ子供だった頃に確かにユアンはバドにそんな事を言った覚えがある。幼心にもただで居候するのは気が引けた結果だったのだが、少しばかり後悔していた。


「はいはい、わかったよ。それで、面倒事ってなんだよ?」


 降参だと両手を上げて面倒事の手伝いを引き受ける態度を示すと、バドはおかしそうに笑ってから言葉を続ける。


「そんな嫌そうな顔をするな、お前にとっても……決して興味のない話ではないのだから」

「は? それってどういう……」

「今まで発見されていなかった、新たな遺跡が見つかった」


 ハッキリとした声は、一瞬だけその場の空気を止めた。言葉はしっかりと耳に届いているのに、ユアンは反応するのが遅れてしまう。そのせいで、それに真っ先に声を上げたのはシャロンになってしまった。


「遺跡? それって伝説にある旧時代のものって事だよね? それのどこが面倒事なの?」


 隣で疑問と共に首をもたげるシャロンのせいで、ユアンは言葉を発せれなくなってしまう。遺跡を面倒事だとバドが言ったのは魔法が関わっているからだろう。もしも魔法に関する何かが見つかれば、それは国にとっては一大事なのだ。

 そんな事は少しでも魔法について興味を持っていれば、すぐに察しはつくのだが、シャロンの様に興味のない者にとっては疑問でしかないのだろう。

 ユアンとしてはすぐにでもバドに詳しく話を聞きたかったのだが、シャロンの手前それも出来ない。もしも食いついてしまえば、シャロンに疑念を向けられてしまうからだ。


「今まで見つかっていなかった遺跡だ、何があってもおかしくはないだろう?」

「確かにそうだろうけど……うーん、よく分からないけど、二人とも無茶はしないでね」


 差し障りのないバドの返答に、シャロンは微かな疑問の色を見せたが追及する気はないらしい。言葉を切ったシャロンは食事を終えたのか、言葉を最後に席を立って食器を手に台所へと消えて行った。


「さて、詳しい話をしようか」


 シャロンの姿が完全に見えなくなり、二人になった食卓で、バドはそう静かに口を開く。遺跡については聞きたいが、それよりもユアンにはどうしても気になっている事があった。


「どうしてそんな話をするんだ? 俺に聞かせていいのかよ」

「俺が言わずとも、どうせお前は噂を聞きつけて遺跡について知る事になるだろうからな……だからこそ、先に言っておかなければならないんだ」


 バドはユアンが魔法を望むことを知っている。知っていて且つ、それを良しとしていない。だからこその問いだったのだが、バドは冷静に淡々と答えた後、表情を硬くした。


「今日、遺跡の調査で三人の自警団員が死んだ」


 サラリと続けられたそれにユアンは目を見開かせる。今までかなりの遺跡が見つけられているが、そんな事件が起こった事はない。つまり、それだけ今回の遺跡が特別なのだろうと察しがつく。


「あの遺跡にはまだ魔法が生きているのだろう……望まれない者は容赦なく弾かれる。だから絶対に一人で行こうなどと考えるな」


 その行動を予期しているのか、バドはユアンに釘を刺す。だが、そんな言葉だけで諦めるのならば、元より魔法など求めていない。いかなるリスクも覚悟の上で十年近く探し続けていたのだ。


「そこなら魔法が生きてるんだろ? 目の前にあるのに求めるな、なんて無理だ」

「自ら死を選ぶつもりか? 勝手に一人で行くなと言っているだけだ、自警団と共に調査に参加すればいいだろう」

「それじゃあ、駄目だ。それじゃあ……魔法は手に入らない」


 国に管理されている自警団の調査では、例え魔法が見つかったとしても、それに関する一切に触れる事すら叶わないだろう。ユアンにとってそれでは意味がないのだ。


「お前が魔法を望んでいる事は知っている……だが、お前を無駄に死なせるわけにもいかない」


 十年という長い時間、バドはユアンを育ててくれた。育ての親と言っても過言ではない。故に死なせるわけにはいかないという言葉は本心の物だろう。そんな事はユアンも分かっている。


「だったら、あの日の事は全部忘れろっていうのか? 俺はずっとその為に生きて来たのに」


 バドの気持ちも分かってはいたが、口をついて出たそれがユアンの本音だった。ずっとその事だけを考えて生きてきたと言っても過言ではない。けれど、十年という時間の中で、何もかもを犠牲にする事は出来なくなっていた。


「シャロンは、お前の事も本当の家族だと思っている。お前のそんな言葉を聞いたら、どう思うだろうな」

「…………ずるいだろ、それは」

「大人は自分の世界を守る為なら、ずるくもなれる」


 薄く笑みを浮かべるバドに、ユアンは続く言葉を飲み込む。

 シャロンはユアンが魔法を求めている事も、それだけの為に生きているなんて考えている事も、何も知らない。シャロンにとってはユアンは増えた家族の一員だ。そしてそれをユアンも理解している。だからこそ、そんなシャロンを無下に切り捨てる事など出来なくなっていた。それをバドは分かっているのだ。


「お前の望む形とは違うだろうが、調査には参加できる。だから変な気は起こすな……分かったか?」

「…………」


 返事を返すことが出来ない。釘を刺され、シャロンの事を引き合いに出された事で仕方なく頷き返すのが精一杯だった。あんなにも求めていたものが目の前に出て来たのに、今の生活が足枷となって動けなくなるなんて思いもしなかった。


「明日の朝、また遺跡の調査に向かう。王国軍からも兵士が来る予定だ。どうしても見たいと言うなら、お前もそれに参加するといい」


 言葉を最後にバドは席を立ち、座ったままのユアンの肩を軽く叩いて部屋を出て行く。

 一人残されたユアンは深いため息を一度だけ零して、すぐに席を立った。



 ***



 翌朝、ユアンは早くから身支度を済ませバド率いる自警団と共に遺跡へと赴いていた。

 街より少し離れた森の奥にあった遺跡の入り口は、平坦なものではなく地下へと続いているらしく、地面に大きな口を開けていた。今まで見つからなかった理由はその遺跡が地下にあったからなのだろう。


 バドに連れられてきたユアンは相変わらずフードを目深に被っていたが、自警団の中にそれについて言及する者はいない。バドが連れて来たからと言うのもあるが、一番は自警団にとってユアンのその格好が見慣れたものだったからだ。


「王国軍はまだ着かないのか?」


 少しばかり苛立ち気味に声を上げたのは自警団の団長だった。バド程ではないがそれなりの歳であろう体格のいい短髪の男性で、名をアドルと言う。ユアンとは何度か話をした事がある程度だ。


「まだのようです、特に連絡もないので……こちらから連絡しますか?」


 一人の団員が返事を返すと、アドルはそれに眉を顰めて舌打ちをする。

 王国軍と自警団の仲は悪く、それは今に始まった事ではない。そもそも自警団は庶民の中で起こるいざこざや面倒事を押し付けられる存在で、それもあって王国軍は自警団を下に見ている節があるのだ。

 そして今現在、ユアン達はかれこれ二時間近く待たされているのだ。文句の一つでも言いたくなるのが普通だろう。


「相変わらず馬鹿にしやがって……そもそも向こうから遺跡の調査は軍の管轄下でのみ行えなんて言っておきながら、連絡もなしに遅刻か」

「そうカリカリするな、軍の命令を無視するわけにはいかんだろう」


 苛立ちを募らせるアドルをバドが制するように宥める。それが正論だったからか、バドに言われては仕方がないと思ったのか、アドルは眉を顰めたまま押し黙った。

 ユアンはと言えば、そんなやり取りをよそに遺跡が気になって仕方が無くなっていた。すぐそこに望んだものがあるかもしれない。本来であれば一秒でも早く中を調べたいのだ。


「それに、安全に中へ入る方法も分からないんだ。焦っても仕方あるまい」


 そんなバドの言葉に、昨日の自警団員が三人死んだという会話が思い出される。察するに、今までの遺跡ではありえなかった何かが、入り口で起きたという事なのだろう。いくら王国軍が遅刻しようとも、自警団だけで不用意に近づく事など出来はしない。


「ここが例の遺跡か」


 不意に静かな森に響いた声に、その場にいた全員が振り返る。そこには王国軍と思しき人間が数十名並んで立っていた。その先頭には髪の長い美しい女性が腰に手を当てて立っている。その予想外の数に自警団とバドの表情に疑問が浮かぶ。


「時間がかかったと思えば、随分と大人数だな。そんな人数で調査に来たのか?」

「調査? ああ、そうか……その予定だったのだな、残念ながら調査は行わない」


 アドルの棘のある言葉にも、顔色一つ変えずに先頭に立っていた女性がハッキリとした声で切り返してきた。長い金の髪を揺らしながら背後に視線を向けて目配せをすると、それを合図に数人が遺跡の入口へと駆けよっていく。


「おいおい、どういうつもりだ。調査をしないって、どういう……」


 兵士に押しのけられるように入り口付近から追いやられたアドルが、驚きに目を見開きながら女性の方へと視線を投げかけた。

 それには何も返答せず、女性はその場にいる全員に伝える様に声を上げる。そして、その言葉に王国軍以外の全員が言葉を失う事になった。


「今より、この遺跡は我々王国軍が封鎖する!」


 


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