この世界に摂理は存在…しない
お久しぶりでございます。なんだかんだと続いております。
さて、結論から申し上げましょう。
受かっちゃったよ、ヒロイン嬢、ってね。
「アレは受からなければ、おかしいと思いますが」
立てる物音さえ最小限、今日も我が従者殿は優秀です。
「恐れ入ります」
だから…いや、もう良いです。
いくら平等に門戸が開かれているとはいえ、王侯貴族が通う学園である。入学資格の一つに、保証人が必要となるのだ。
「本当に殿下が後見をお勤めになるとは思いませんでしたが」
「アニメやゲームの設定、そのままよね」
普通なら考えられない事である。一介の、しかも数回あったことがあるだけの旅芸人の娘の後見人になるなどと…事実、王宮ではそうとう揉めたらしいが、普段我儘らしい我儘を言わない王子の『願い』を無下にできなかったようだった。
「殿下が無理なら自分が、と名乗り出た者もおりますしね」
攻略対象の方々である。…まさか、一石を投じたはずの従兄殿まで名乗り出るとは思わなかったけどね。
「流石に、殿下が後見を務めると名乗り出た相手を不合格にするわけにもいかず、しかし公正な試験をしなくてはいけない。ゆえに組まれたプロジェクトチーム。うん、よく耐えたよね、ヒロイン嬢」
ため息と共に注がれる紅茶のお代りをそっと口にする。
いろんな意味で権力使ったな、ってくらい優秀な家庭教師をつけられましたから、はい。
桜舞う中、と言いたいところだけれど、3月暖かかったから、すっかり散って葉桜になりかけていたけど、無事ヒロイン嬢は入学してきたわけだ。
「で、霜苗君の検証結果は如何ですか?」
「…お嬢様…」
深々と呆れたようなため息が頭の上から降ってきたけど、気にしないもんね。
てか、そう何度もため息つくと幸せが逃げるよ、霜苗くん。
「誰のせいだと…」
「学園内での恋愛イベントにおける補正率は100%と見たわ。一歩外へ出ると変動あり、ね。学園そのものへの影響は少ないと思うけれど」
「わざわざ俺に振らなくてもご存じじゃありませんか。はい、殿下…お嬢様のおっしゃるところの『攻略対象』の方々への補正は75%かと。これは、学園外の攻略対象がイベント消化できていない為と思われます。ただ、…その…『隠しキャラ』に対してはデータが取れておりませんので、数値の変動はあり得ます」
「なんていうか学園内でのヒロイン補正って凄いわよね。同日、同時刻に起きるはずのイベントが、何故か別の日におきて、いいのかしら、コレって思うもの」
まぁ、それを精力的にこなしていくヒロイン嬢のパワーというか執念もすごいと思うが。
「半信半疑だったあいつも、流石に3回、4回となるとコッチの言葉を信じましたからね。休日の日に街中で『偶然』に出会うのは、せいぜい2回で十分。それ以上になるとストーカー以外の何者でもありませんから。それ以前に彼女には良い印象を持っていませんでしたから、避けられるものなら避けたいと申しておりましたし」
加えて、「なんでいないのー。これじゃあイベント起こせないから、好感度上げられないじゃないっ」って騒がれちゃ、百年の恋も冷めると思う。
霜苗の友人とのイベントは、原則学園の外で休日に起こることだ。それを潰すのはさほど難しい事ではない。あらかじめある程度分かっているのだから、先回りすればいいだけだ。
休日一日中街中を駆け回って探すヒロイン嬢を気の毒に思わない訳ではなかったが、私自身も身分を超えた友人付き合いをしてくれる相手を、みすみす毒牙にかけられていくのを見るのは忍びない。
「お嬢様が心配なさっているのは、あいつではなく、あいつが持ってくる手土産かと」
失礼な、ちゃんと心配しているわよ。まぁ、イベントシーン見たかった気持ちはあるけどさ。
「補正効果が学園内においての恋愛イベントと、それに伴う攻略キャラの好感度だけというのは助かったわ。やってもいない嫌がらせを『やった』と言われるのは困るもの」
出会いのシーン、ゲームの中では「平民風情が殿下の隣にいるなど不敬だ」と言って、周囲にたしなめられるはずの悪役令嬢が、満面の笑みで「殿下の推薦をお受けになっていらっしゃった方ですのね。よろしくお願いいたしますわ」と、言われアホ面…いや、目を見開いてこっちを見ていたヒロイン嬢の顔は、いまだに笑いの種である。
加えて、学内で出会うたびに笑顔で「学園にはお慣れになりまして?」だの、「お困りになったことがあれば何でもおっしゃってくださいね」だの、一応良いとこの子女が通う学園なので各所にあるセキュリティの説明とか「ナニソレゲームトチガウ」という呟きは、分かっている者にしか通じない言葉だったけど。
対策は取らせていただきましたとも、あまりやりたくない手だったけど、家柄と立場を利用するって…でも、背に腹は代えられません。
盗難と事故、不測の事態に備えて各所に設けたカメラ(プラス隠しカメラ)個人個人に与えられたロッカーは本人の指紋認識(勿論卒業とともに専用の警備会社が解除しますわ)フラットの机は、中に何も入れないようにとの配慮、教科書?ナニ、ソレ?タブレットですわよ勿論、授業終了と共に、専用の保管庫にしまいます。家での復習?IDとかパスワードとかありますでしょ?それで、ちゃんと家庭用のパソコンにつながりますわよ。持っていなければ、学園で支給されます。
ノートくらい持って帰れよ、ってか机の中は入れられないし、ロッカーは鍵付だし、机の上に忘れていけば、誰かが気が付くでしょ?最終確認は日直の義務だもの。
無人の教室はセキュリティが作動して入れないようになっています。体育なんかで教室が空になる時は、教師が遠隔操作でセキュリティを解除します。
以前、それを怠ったら、学園中に警報が鳴り響いて騒ぎになりましたから、そんな事は二度と起こらないでしょう…うん、あれは凄かった。
因みに、忘れ物をしたら職員室か警備員室に申請して、セキュリティを外してもらいます。一時間以内に申請が解除されないと警察に直通の通報が行くようになっています。
これも、忘れた生徒がいて、騒ぎになりました、はい。
休日の学園の出入りは厳しくチェックされますし、学園証に内蔵されているIDチップがないと入れないようになっています。偽造?つくる手間暇と、金額を考えると割に合わないと思いますよ。
ゲームもアニメに準じて、昭和の終わりから平成のはじめ程度の文化基準だったから、技術が進んでいなかった舞台設定。それなりに進んだ時代で良かったよ。
え?どうしてそこまでやるのかって?勿論、冤罪を防ぐためですわ、自作自演でやられても困りますもの。ヒロイン嬢が入学しなくても、在学している生徒の面々を考えれば、やるべき事案ですしね。実際学園側も予算に組み込んであったらしく、殿下の入学前にシステムの完備は終了しておりました。
まぁ、学園のOBに警備会社の社長がいてシステムの試作を検証するのに一役買っているというのもありますが、色々な国で事件が勃発したので、世界情勢を反映した形になっております。
閑話休題。
春の入学から始まって、「園遊会」のダンスイベント、夏のキャンプと花火、秋の文化祭に体育祭。選択肢で一人しか選べない「メインイベント」すら複数でこなしていくヒロイン嬢と補正効果には呆れを通り越して、拍手を送りたくなった。
ダンスは順番に、花火はみんな仲良く、文化祭も午前午後で一緒に回る相手が違うし、体育祭も攻略キャラがそれぞれ異なる競技だから、イベントも各々起こる。
うん、たいしたものだ。
学園の外で会って好感度を高める相手は、イベントを叩き潰しているので、何も起こらない。学園の行事も部外者は立ち入り禁止だから、園遊会の誰もいない中庭でのダンスイベントも、体育祭のお弁当イベントも、忍び込んできた文化祭デートも起こらない。
そして、ライバルキャラ達からの妨害イベントも起こらない。
最初のうちこそ首をかしげていたヒロイン嬢だったが「いじめも怪我もしないならラッキー」(本人談です。物陰から霜苗が聞いておりました)と、気にもしなくなりました。とはいえ、私たちと出会うと、わざとらしく「びくっ」と、体を震わせたり、攻略対象たちの影に隠れたりと色々演じておられます。
「どうしたんだい?」と尋ねる彼らに「なんでもありません」と、健気な笑顔を向けるヒロイン嬢。家に戻って霜苗と爆笑したのは言うまでもありません。
さて、補正効果は学園内の攻略対象のみ。
これが何を意味するか、聡い皆様にはお分かりの事と思います。
テンプレ通り、周囲からの評価の下降です。
婚約者、もしくはそれに準ずる存在がありながら、一人の少女の寵を競う青年たち。しかも、名家の令息であり、将来を嘱望された顔ぶれ、剰え近い未来国を背負う青年がその筆頭。
みっともない、とか平民の女一人に、とかおっしゃる方はいらっしゃいます。
当然、最初の矛先は私たちに向けられます。お前たちがしっかりしていないから、あんなふうに一人の女に気持ちを持って行かれるのだ、と。
「家名で縛られた相手よりも、心許される相手を重んじるのは当然の事。お側に上げたいと望まれるのであれば、致し方ありません」
「先の身分を考えれば、殿下にお譲りしなくてはならぬ相手、自由な時くらい作ってさしあげねば」
「競い合い、互いを高めるのも信頼を強くする術ならば、よろしいかと」
「身分にかかわりなく接するのも社会勉強の一環ではございませんか?」
わりと皆様、本気でおっしゃっています。
だってね、現在の身分だけで考えれば、ヒロイン嬢が攻略対象と正式な婚姻をするのって難しい状態なんだよね。まぁ、どこかに養子縁組するって手もありますが、――ヒロイン嬢の場合は、本当の親元に戻れば済む話ではありますけどね――このメンバーで考えれば優先順位は身分が高い事と正比例しております。当人同士が想いあっているのなら兎も角、そうでなければ、選ぶ側は身分が高い者からですね。前世の倫理観念からいけば眉を顰める話ではありますが、この世界の貴族の淑女教育を受けた者なら「仕方ない」話になりますね。…仕方ない、と言うより当たり前の事として受け入れる話です。貴族位の婚姻は原則家同士の契約ですから、それを破棄するには相応の覚悟が必要になります。そういった教育がなされている筈なんですけどね、男性陣も。
「脳内花畑状態の方々にご理解いただけるかは謎ですね」
霜苗、それはあんまりじゃないかい?否定しないけどさ。
「攻略で忙しくて、同性の友達もいないみたいだしね。彼ら以外は鼻にもひっかけないらしいし」
乙女ゲームに存在する情報提供のキャラクターも、あのゲームには存在しなかったしね。
アニメとゲームの最大の違いは舞台設定。
アニメでは、各領地を回る旅一座だったが、ゲームでは学園内での恋愛模様。アニメファンから製作会社に抗議が殺到したらしいが、国中回ってたまに出会う相手に好感度高めるとか無理な話だから、との回答が返ってきた。
だから、旅の途中に見聞を広げるため、とか何とかの設定で、一年間のみの聴講生って設定だった。一応、高校と同じ様式だから3年間ありますよ。霜苗も殿下たちと同じ3年生だし、私が2年生、ヒロイン嬢は1年生。
そういえば、ヒロイン嬢と幼馴染設定の同じ一座の少年はどうなったんだろう?ゲームではヒロインと同じように学園に入学していたけれど…。
「彼はすでに攻略されています。旅先のあちらこちらから、彼女に充てて手紙を書いているようですよ」
あ、そう。よく御存じで。
中庭を利用して作られたカフェテリア。その一画に居る、きらびやかな一団を目の端にとらえて薄く嗤う。
彼らを避けるように、その周囲には人はいない。少し離れた位置に居る学生たちは、すでに彼らを見ようともしない。
心配して諌めた者は、逆ギレされたと聞いている。え?私?なんで、そんな面倒な事をしなくちゃいけないんです?
「にっこり笑顔で『後見の方がご心配なのですね。ご立派です』などと心にもないことをおっしゃる方が何を言われます」
「嘘は言ってないわよ。実際、仕事はちゃんとしているみたいだし?」
公私は一応分けていらっしゃるご様子だ。国庫を使ってプレゼントだの、公務をさぼってデートとかはしていない。但し、皇太子に限る、だけど。
あー、そういえば、それを言った時微妙な表情で視線を外していたなー。ああ、落ちたかって思っちゃったもんね。
「彼女の身元も調べが付いているようです。本人や皆様に知らせることはなさっていないようですが、各家が何もおっしゃらない要因の一つがそこであることは間違いありません」
「…いつも思うのだけど、どこから情報仕入れてくるの?」
「企業秘密です」
まったく、こいつは。
「本来なら、個別ルートに入っている筈なのだけどね、そんな動きも感じられないのよね。逆ハールートって、原作のイメージを損なうからって無かったけど、隠しキャラは全員攻略後しか出てこないから『彼』目当てかしら。でも、一部未攻略だから、そこでどう変わるか分からないけれどね」
「お嬢様のお言葉を疑うわけではございませんが、本当に『彼』なのですか?」
「そうよ、いつも彼女を『見守って』いるでしょう?」
「…見守る。はぁ、まぁ、そうですね」
言いたいことは分かるけれど、一応設定はそうだったんだから仕方がないでしょう。ゲームと現実は違うんだよ。
「そういえば」
きゃっきゃ、うふふと、そこだけ桃色な空間に疲れてカフェテリアから出ると、あることを思い出して振り返る。
「お嬢様?」
「あ、うん」
霜苗を従えて歩き出すと、心配そうな気配が後ろから感じられた。大丈夫、すごくくだらないことに気が付いただけだから。
すれ違う、見知った相手達ににこやかに笑顔と会釈を返しながら、小さく呟く。
「断罪イベントってやるのかしら?」
ゲームでは卒業式の後の告白イベントの前におきる、悪役令嬢の断罪イベント。
特に今年は、王室関係者がいるから、各国の大使クラスが賓客として招かれている筈だ。加えて、卒業生や在校生の父兄も参加する。
「はたして、断罪されるのはどちらでしょうね」
応える声に苦笑を返すしかなかった。