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ゆき

作者: えん

 ゆきに初めて出会ったのは幼稚園の時だった。当時3歳。私はとても活発な子供だった。休み時間はすぐに外に出て運動場で時間いっぱい走り回っていた。走ることが好きで、鬼ごっこが得意だった。

 それに対し、ゆきはおとなしい子供だった。外で遊ぶよりは室内で積み木遊びをしたりすることが好きだったようだ。そういうおとなしい子をいじめる男子というものは何歳であってもいるもので、ゆきはよくからかわれていた。私は当時から負けん気が強く、からかってる男子とよく喧嘩した。気がつくと、いつの間にか女の子からは王子と呼ばれていた。ピンチの時に来てくれる王子様みたいだったそうだ。ゆきは私のことを、どちらかと言うとヒーローだよね、と言い笑っていた。正直とても可愛かった。ゆきのことを守ってあげたいと思った。ゆきは今も時々からかうように王子と呼んでくる。大人になって呼ばれると恥ずかしいから本当にやめて欲しい。

 幼稚園を卒園して小学生の頃までそんな関係は続いた。


 私たちは同じ小学校を卒業して地元の同じ中学に入学した。私達は学校での仲良しグループは違ったものの、お互いの家が近くときどき一緒に遊ぶこともあったので、まぁまぁ仲が良かった。


 中学の間に私は身長が10センチも伸びた。小学生の頃から身長は高い方だったが、中学では同年代から頭ひとつ出ていた。身長が高いせいもあってか、いろいろな運動部に誘われた。私は昔から走ることが好きだったから、陸上部に入部した。

 ゆきは運動するより室内で活動をすることを好んでいた。いろんな文化部を見学して、最終的に美術部に入部していた。美術部の部室である美術室はグラウンドのすぐそばで、陸上部の練習場所の近くだった。時々美術室のほうをみると、窓際でゆきが黙々と絵を描いている姿が見えた。ゆきは大抵窓際で絵を書いていた。ゆきが絵を描いている姿を見るのは好きだった。そこだけ特別な空間のような気がした。


 2年生の秋、私は生徒会長になった。みんなから薦められ、また内申が良くなるということもあってやってみようと思った。対抗馬もなく、すんなりと決まった。

 3年生になると生徒会や受験で忙しくなった。そのせいか、ゆきと話す機会も徐々に減っていった。性別が違うというのもあったかもしれない。交友関係も違ったため、お互い少しづつ距離があいていった。

 最初に、寂しいと思った。会う機会が減って寂しいと。時々廊下で顔を見ると安心した。友だちと笑ってるのを見て、もっと近くで笑顔を見たいと思った。あまり話さなくなって、もっと話したいと思うことが増えた。顔を見て、直接会って、言葉を交わしたいといつも考えていた。勉強や生徒会で辛い時こそ、ゆきに会いたいと思った。声が聞きたいと思った。離れれば離れるほど、その思いは募っていった。いつも近くにいた時は気付かなかった思いに、その時気づいた。

 あぁ、自分はーーーゆきに恋しているのだと。ずっとそばにいることが当たり前の関係でいたいのだと、その時に気づいたのだ。

 ゆきの優しいところも、物事に真剣にあたるところも、穏やかで怒ったりすることが苦手なところも、褒めたら照れたように笑う顔も、全部全部好きだと。


 私は、高校は県下で1番の超進学校を受験するつもりだった。中学での成績はそれなりに良く、先生たちからも薦められていた。周囲は誰もそのことに疑問を持っていなかった。だから、私が急に志望校を県内でランクが中の上くらいの学校に変えた時、みんなが驚いた。何故だと聞いてきた。勿体無いと口を揃えて言った。私は校風が合わなさそうとか女子の制服が可愛くないとか適当なことを言って最後まで反対を押しのけてその県で中の上の高校ーーーゆきの志望校を受験した。ゆきには言わなかった。いう機会もなかったし、言ったらみんなと同じように理由を聞いてくるだろうし、どうせなら驚かせたいと思った。驚いて……それから、低い可能性だけと……喜んでくれる顔がみたかった。先生や親しい友人にも吹聴しないように頼んだ。そうして、無事に私はトップで高校に合格した。


 高校に入学して、ゆきとは偶然にも同じクラスになった。入学式が終わったあと、どうして私がこの高校にいるのか聞いてきた。私はその時とても嬉しくて舞い上がっていた。ゆきは単純に疑問で聞いてきたのかも知れないが、私のことを気にしてくれて自分から話しかけてくれた、そのことが嬉しかった。

 この時、ゆきの質問には曖昧に笑って誤魔化した。だってゆきの近くにいたくて、一緒の高校に通いたくて受験したなんて本人に言えるわけない。恥ずかしすぎる。それに……引かれたら立ち直れないから。まぁ後々理由はバレてしまうのだけれども。


 高校では部活は弓道部にした。理由は単純にかっこいいから。やりはじめるとなかなかきつかったけれど、先生や先輩後輩に恵まれ、3年間楽しかった。また、先生に薦められたたこともあり、1年生のときから生徒会に入っていた。私は人見知りをあまりしないため、男女かかわらず知り合いが多かった。告白されることも何度かあった。すべて好きな人がいると言って断ったけれど。それが誰なのか聞いてくる人もいたけれどゆきに迷惑は掛けたくないし、ゆきに知られたくないから絶対に言わなかった。

 私は高校では遠慮しないことにした。話したいときは声をかけ、クラスの係などは出来る限り一緒になれるように合わせて手を挙げた。クラスは私の思いが届いたのか3年間一緒だった。行事の時など一緒に作業できてとても幸せだった。


 ある日を境にゆきに避けられるようになった。話しかけてもすぐに話を切り上げられる。目があったらそらされる。最初は気のせいかな、と思ったけれど何日か続くうちに、避けられてるという結論にたどり着いた。理由を考えてみたが、わからなかった。ゆきに、ごめん何かした?と聞いてみたが、否定してごめんというだけで理由は教えてくれなかった。私はゆきに嫌われるのが怖くて、以前のように気軽に話しかけることができなくなってしまった。


 それから、すぐに大学受験の時期となって勉強に追われる日々が続いた。学校は自由登校となり、大学を推薦で早くに決めたゆきとはほとんど関わらなくなっていった。


 高校3年生の冬も終わりに近づき、受験も落ち着いた頃。

 私達は卒業式を迎えた。


 あぁ、もう制服に袖を通すのも最後かと思うと何とも言えない寂しさを感じた。

 私は生徒会長だったため、卒業式で答辞を読んだ。高校生活を振り返る文章を読み上げると、いろいろなことが昨日のことのように思い出される。壇上からちらっと卒業生の列をみてゆきを探した。


 卒業式の前の日、ゆきにはホームルームの後生徒会で記念写真を撮るから生徒会室に集合するようにメールしていた。ゆきは生徒会副会長だった。もちろん私が推薦した。

 私は、後悔を残したくなかった。そしてこの気持ちを隠したままゆきとわかれるなんて絶対に嫌だった。どんな結果になったとしても。


 生徒会室に着くと、まだゆきは来ていなかった。私はいつもの席に座り卒業アルバムを見ながらゆきを待った。内心とても緊張していて同じページを何度もめくっていた気がする。5分くらいしてゆきが来た。それからお互い高校生活の思い出を語り合った。

 ちょっとして、ゆきが他の生徒会メンバーが来ないね、と言った。それもそのはずで、そもそも生徒会室に集合というのは嘘だった。生徒会で集合するのは本当だが、他のメンバーにはゆきに伝えた時間の30分後校門に集合するように伝えている。

 私が嘘であることを伝えると、ゆきが理由を聞いてきた。


 ついに、この時が来た……。私は卒業式の定番であるあの言葉を言うことを決めていた。心臓がバクバクいっていて、今にも飛び出しそうだった。

 実は言いたいことがあって……と切りだす。ゆきは不思議そうな顔で私を見ている。


 私はあの時のことを一生忘れないと思う。


 「よかったら……第二ボタンくれませんか……?」


 *******


 「何してるの?」


 私は掃除の最中に休憩して何かを見ている夫に後ろから声をかけた。


 「ごめん、高校の卒業アルバムをみつけちゃってつい見てた」


 夫であるゆき―――幸也が持っていたアルバムをこちらに向けた。

 とても懐かしい。あの頃のことが頭の中に鮮やかに思い出された。

 掃除を中断し、幸也からアルバムを奪ってめくる。


 私と幸也はあの卒業式の日を境に恋人になった。それから、大学を卒業して就職して結婚して―――もう25年になる。

 話は卒業式の告白の話になった。そして、そういえばどこかにあの時の第二ボタンを仕舞ってるはずだと思った。それを声に出すと、幸也がもう捨ててしまっているかと思っていたと言った。

 幸也は本当に昔から人の気持ちに疎い。私が大切な思い出のあのボタンを捨てるわけ無いじゃないか。そう言うと、幸也は嬉しそうに笑った。いくつになっても、私はその笑顔に弱い。

 それからプロポーズの時の話になり、私の卒業式の時の告白の話になった。幸也は自分がなんと答えたか覚えてないらしい。

 思い出せなくて白旗をあげたので、あの時の状況を教えると、あっ、と声を上げた。ようやく思い出したようだ。

 そう、幸也はあの時……


 *****


 「よかったら……第二ボタンくれませんか……?」


 私は意を決してゆきにそう言った。

 緊張して死にそうだった。

 沈黙が降りるかと思っていたが、意外にもゆきは即答した。



 「ぼ、僕でよければ」


 周りから見たら締まらない答えかもしれない。でも、その答えが、何より即答してくれたことがどれだけ嬉しかったか、ゆきは気づいているだろうか。やっぱりわたしはゆきには敵わないと思った。


 fin

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