僕は病気で寝込む
みんな大好き、ヒロインとのイチャラブ回だよ~。
「38度8分、なんか無茶でもした?」
「心当たりがないとは言わない」
高校になり、寮で一人暮らしをする予定だった僕はこれがたまにあるから相室の者のいない今回の寮生活は出来なかったのだ。
今は高校から近いという理由もあり、自宅から通っている。
「診たところ特に大きな問題もなさそうだったから、たぶん身体が耐え切れなくなったいつものやつね。魔力でも集めておきなさい。後で適当に冷たいもの持ってくるから、あと、汗をたくさんかいたと思ったら、そこにおいておくから飲みなさい。
私はもう仕事に行くけど、大丈夫よね」
「うん、おやすみ……」
そのまま意識が遠ざかっていく、母親が自分の部屋から出たのを気配で感じ取るとそのまま眠った。
ベッドの中にいるのにも関わらず、まるで水の中を漂っているかのよう。
手足は鉛が入っているかのように重く、関節には砂が挟まっているのか曲げることすら難しい。
周囲の水は鉛を取り除き、砂を洗い流す。僕の体の中を浄化していく。
その水の中に、暖かいものが混ざり始め、その暖かいお湯は僕の左手から身体を包み込み、体の中を浄化する。
関節の中の砂はなくなり、鉛もなくなって、浮力に任せて僕の身体は浮上する。
「―――ぁ」
目を開くと竜崎と目が合う。
その手は僕の左手を握り、治癒魔法を使っていた。
いまだによく回らない頭は、今の時間を知りたがり、時計を見る。
―――六時四十九分、夕方だ。
「―――おはよう?」
そのままよくもわからずに挨拶する。
すると彼女は微笑み、手を握ったまま、
「おはよう」
そう返した。
――Side 加奈子――
「あら、加奈ちゃん」
思わず心配で夏の様子を見に来てみたら、まさか奈那子さんに出くわした。
もう40にもなるのにまったく体型が崩れていない。うらやましい限りだ。
「お見舞いに来てくれたの? うれしいわ、上がって」
強引に引っ張って、私を上がらせると、荷物を奪い取り、ソファーの上に置くと、そのまま唖然としている間にソファーに座らせ、紅茶を入れて机の上に置く。
―――あっという間の早業であり、凄まじいほどの強引さだった。
「はい」
呆然としている間に手渡される白い錠剤、これは……。
「睡眠薬と媚薬を少し配合したやつ、ベッドの横にでもコップと一緒においておけば勝手に飲むから、後は上手くやりなさい」
「な―――!!」
何を考えているんだこの人は!?
「大丈夫、夏もあなたのこと嫌いじゃないし、責任は取らないといけないって思っているみたいだから」
「そういう問題じゃなくて!」
動揺している。今私はかなり動揺している。
「でもあなたは夏が好きなんでしょう。それで無茶までして龍を倒したんじゃないの?」
無茶、そう無茶だった。
あの龍はあの光で動揺していたし、私のことは二度目のブレスを防いだときにようやく気付いた敵だ。奇襲に近い。だから、次に正面から戦えといわれたら、次も倒せるとは限らない。
「―――それにね、あの子はどうも自分の魔法を使う才能がないのに魔力だけを集められることを気にしているみたいだから……。
あと、今回のあの子の剣舞、あなたは見てないんでしょう?」
それも疑問だった。夏は剣術を一切やっていないはずだ。とてもじゃないけども龍の攻撃を避けて、周囲の魔物を切り刻むなんてことが出来るはずがない。
「夏が、あれを意識して出来るようになれば、きっと周囲の大人たちはあの子を前線に出したがる。当たり前よね。あれはあの人の“無限舞踊”そのものみたいだし」
無限舞踊、葉山明彦の使っていた剣術の名称、誰一人として模倣することすら出来ない現在最高とされた剣術の名称だ。
「―――でも、夏がそれを出来るはずが」
「そう、夏はそれを習っていない。だから出来るはずがない。でもね、加奈ちゃん。あの魔物の中で、他人から借りた刀一本で魔術的補助なしに死体の山を築き上げたのよ。そんなこと知らない大人たちは、これ幸いとあの子を使いつぶす」
否定は出来ない。したくても、私も同じ意見だったから。
「だから、私はあなたに夏を守ってもらいたいの、これからあの子が背負うだろう苦痛から、あの子を」
「―――奈那子さん」
そういわれて思わず薬を受け取ってしまった。
夏の部屋もほとんど変わっていなかった。
興味本位でベッドの下も覗き込んでみたが、特に何かあるはずもなく、一通り探してみたがそういった本はなかった。
そのままベッドに近寄り、薬を置いて夏の寝顔を覗き込む。
―――幸せそうだ。
「彼の者に癒しを」
言わなくてもできるが、言霊というものもある。思わずつぶやいて夏の左手を握り、治癒魔法を使う。
そのまま左手を自分の胸元にまで持っていき、魔力を流し込み続ける。
「―――ぁ」
夏が目を覚ましたので、手を元の場所に戻し、夏を見ていると少しきょろきょろしてからまだ寝ぼけたような声で言った。
「―――おはよう?」
久しぶりに夏の方からちゃんと挨拶してもらえたと思うとうれしくなった。
「おはよう」
――Side out――
―――窓から入り込んだ夕日が彼女の黒い髪に反射し、きらきらと輝く。それをどこか遠くから眺めるように見た後、純粋に感想としてきれいだと思った。
周囲の流れとともに、自分自身の心の動きを感じ、『もしかして、僕は彼女が好きなのか?』と感じたころにようやく頭の中がしっかりと回り始めた。
―――あれ? 何でこいつがここにいるんだ?
ごく当然の疑問を今頃になって気付き、思考を開始する。
だが、いくら考えてもこいつがこの部屋にやってくる理由が浮かばない。
「えっと、治癒かけてもらったみたいだけど、一応聞いていいか」
「いいよ、何?」
純粋な疑問をそのまま投げかえるべきなのか、少々疑問に思うが、まあそれ以外に言葉が無いからそのまま伝える。
「何でここにいるの?」
「目の前で倒れられて心配だったし、治癒魔法の練習にいいからって奈那子さんが」
あのくそババア……。
「―――夏、後でちょっとお話しましょうね?」
一階から母親の声が聞こえる。嘘だろ!何故思考がばれた!?
「―――何を考えたの、へんなこと考えてると奈那子さん怒るよ」
しかし本当にあの母親はすごい人だと思う。治癒術師のくせして前線出でたら刀を抜いて無双し始める。後方にいたらほとんど死人のやつを再び前線に送り出す。
さらに家では親父を溺愛していて……いや、これ以上は語るまい。
「そうそう、あの後どうなったか、知っとくべきだと思うから、それも伝えにきたの」
「―――確かに、それはけっこう気になるな。僕はお前に守られてからそのまま気絶してるし」
事実、あの時の光や、その後の自分の動きなども分からない。
「じゃあ、とりあえず一番気になっているだろうところから……」
―――竜崎曰く、あの光は恐らくあの水晶にためられていた僕の魔力が何か精霊のような存在によって使用された守護魔法の一種だろう。とのことだった。
僕が気絶した後は竜崎があの龍を切り殺し、そのまま篭城を止めた学生たちと応援の学生たちが残りを殲滅したらしい。
僕と一緒にいたエルフの女性はあの後すぐに意識を取り戻し、前線に向かったというのだからすごいものだ。
「ん? お前はその間何をやってたんだ?」
「十分に仕事もしたし、魔力も心もとなかったからお前の護衛をするついでに休憩してた」
確かに、龍を討伐すれば十分な戦果だ。だからといって休憩するというのもあれだが、まあ、いいんだろう。こいつだし。
「そうだったのか、それまでのものも含めて礼を言わないとな」
立ち上がるにはまだ体調的に無理だったので、身体を起こして礼を言う。
なにやらベッドのすぐ隣にコップが置いてあり、薬と思われる錠剤とともに飲み物があったので、手を伸ばす。
「―――ぁ」
「ん? お前のだったか?」
確認すると数秒の間ができてから違うと首を振られる。
―――意味が分からない。何故あの間が空いたのか、しかし、こいつが何かたくらむとも思えない。
信頼していたのでそのまま薬を飲むとベッドに横たわった。
―――妙な間が空く、だんだん重くなる目蓋。
「悪い、もう眠いから、寝る。
―――その辺の本とか、適当に読んでもいいけど、あまり、暗くならないうちに、帰れよ、大丈夫だと、思うけど、明子さん、心配するから……」
言葉も途切れ途切れになって、言い終わると吸い込まれるように眠った。
その眠りは魔性のようであり、抗いたくない誘惑であった。
――Side 加奈子――
本当に何も考えずに飲んでしまった……。
―――チャンスなのだろうか? 親公認、奈那子さんも言っていたが責任を放棄するようなやつではないだろう。
「――――っ!!」
何を考えている、これじゃあ強姦魔と同じようなものじゃないか!
何が親公認だ! 本人との合意の上でしかそういったことはしてはならないに決まっているではないか!!
「―――やっちゃいなよ、どうせ寝てるんだからさー」
ダメだダメだ! ちゃんとした合意のうえでなければ、それは犯罪だ!
「大丈夫だって、女性側からの行為は法律で禁じられてないし、薬使ったなんて分からないよ」
そうだったのか、女性側からの行為は犯罪じゃないし、薬を使ったことも確かに分からないだろう。奈那子さんが渡す薬だ分かるようにするはずもない。
「それにね、今やらないとチャンスもなくなるよ。夏が前に助けたエルフの子、一目であの水晶の魔力に気付いたし、もしかしたらこのまま……」
―――そういえば確かに夏があの炎からかばうようにたっていた……。って。
「何言ってるんですか、奈那子さん!!」
「っち、もうちょっとだったのに……ね」
「そうよねー」
「お、お母さんまで!」
扉の隙間から顔を出し、とても残念そうな様子だ。
「まったく、ここまでお膳立てしてあげたのにやらないなんて…娘のことながら、情けないわ」
「私だったらもう中学のころに押し倒してるのに」
「さすがにそれは早すぎよ」
長々と私のことを責めるように言う。
―――理不尽だ。
――Side out――
反省も後悔もしていない。