僕は屋上で究極の守りを見る
短め
―――光の中は暖かかった。
なんだかいつの間にか心は穏やかになると、自然と目を閉じていた。
自然と魔力を取り込み、その魔力を放出させられる。
その繰り返し、永久機関、永久に続く楽園。
その夢は一瞬であり永遠、その中から現実に引き戻されるまで、それほどの時間はかからなかった。
龍のブレスは何一つ破壊することなく消失した。
どんな奇跡によってこのペンダントが消滅して、炎を防いだのか、それは今はどうでもいいことであった。
周囲を囲う魔物たち、先ほどの炎に失神している女、意識を持って今動けるのは僕しかいない。
ペンダントを失って、感じ取れる。
女から勝手に刀を借り、両手で構える。
心は落ち着き払っている。何事にも動じない。今の僕なら今ここに何があるかを感じ取れる。
どこからか、記憶の中からか、声が聞こえる。
『夏、お前ならばいつか自然の中に完全に入り込める。根拠のない勘を感じ取れる。そうなったらお前は一人前だ。それさえ出来れば、お前も……』
これは、亡き父親の声だったか……。
―――正面からの棍棒を避けつつ、なでるように斬る。
―――背後から迫る脅威を突き殺す。
―――側面からの同時攻撃を上手くいなしてそれらの攻撃でそれらを殺させる。
―――龍の牙を跳んで避けて、その目を突き刺す。
わかる。どうすればいいのか、それが手に取るようにわかる。
―――いや、わかって当たり前だ。周囲の流れを読み取り、自然のままに任せる身のこなしと、野生的な本能に身を任せた勘頼りの剣術が完璧に融合したものが今の自分であるのだから。
それは、連続した爆発であり、波一つ立たない水面であった。
―――これぞ明鏡止水、天衣無縫、自然のままに、否、自然と同じになっている彼の者の身体は、流れを乱すがために必ず避けられる。そして流れに乗り続ける彼に攻撃が当たらないのも道理であった。
龍はもう一度ブレスを吹き、物見台ごと燃やし尽くそうとした。
流れを読んで、流れのまま行動してもこの場を燃やし尽くす炎を避けれないのは当たり前であった。
もうだめだと、せめて先ほどまで自分を守ってくれていた女性を守ろうと、自分自身の体で盾になろうとして、今度は現代最高の守りといわれる魔法によって、守られた。
―――不敗の騎士、それは発動することで前面に結界を張るというものだが、範囲の狭さと持続時間の短さ、さらに燃費の悪さという最悪のデメリットがあるにもかかわらず、多くの前線の戦士たちが取得しようと願った上級魔法の中でも最高難度の魔法。
その理由は完璧ともいえるその防御力、例え龍のブレスといえどもこの魔法の前には何の意味も持たなかった。
その使い手を一目見ようとして、顔を上げると、よく知った顔があった。
「―――久しぶりだな、葉山」
よく通るその声は再会に浮かれて、そして魔力の急激な減少によって変な声になっていた。
――Side 加奈子――
―――急にいやな予感がした。
そう思うとすぐに刀を準備していた。
次の瞬間には放送で隣の高校が大きな魔物の侵攻を受け、危機にあるため応援に行くとのことだった。
その放送を聴いて、そこが夏の通う高校だと悟ったときには周囲の友人を振り切って走り始めていた。
私が校門を出ているころにようやくみんなが教室から出てきている。
―――遅い、遅すぎる。
そんな感情を抱きながら地面を蹴っていた。
高校の近くにまで来たとき、龍が痺れを切らしたように屋上の物見台に向かって業火を吹く。
―――ダメだ、やらせてはいけない。間に合わない。間に合わない。
あそこに誰がいるのかわかっているわけでもないのに、なぜか夏があそこに入ると確信していた。
炎が物見台に届く直前、物見やぐらが光に包まれ、その光の柱は天にまで届き、果てなく伸びていって炎を消し飛ばして消失した。
光の元だった物見台は無傷だ。
少しほっとして校舎までたどり着き、そのまま非常階段を駆け上がり、屋上にたどり着く。
屋上には魔物が多量にいたので斬って進み、物見台の目の前に来たときにはまたもや龍が炎を吐こうとしていた。
すぐに物見台の中に入り、転がる死骸を踏み越えて夏と龍の間に割って入り、得意の防御魔法を使ってブレスを防ぐ。
なんと声をかければいいのか、浮かばない。
なんと声をかけてやれるかも浮かばない。
だが、自然とその台詞は出てきて発せられた。
「―――久しぶりだな、葉山」
疲れて、浮かれた声は自分でも笑ってしまうようなものだったが、それを聞いて安心したように倒れた夏を見て、思わず抱きとめてしまった。
隣には女、わずかに心が揺らぐが、そんなものがどうでもよくなるぐらいに腕の中の夏がうれしい。
―――だが、それも後だ。今はこの龍を打ち倒すことが最優先。そうしなければ来た意味が無い。
「ふぅ―――」
息を一度吐き出し、吸って、魔力を剣にこめて叫ぶ。
「はああぁぁぁ!!!」
魔力が剣を覆い、それを確認すると一歩踏み込んで目の前の敵を撃ち滅ぼさんと刀を振るう。
「―――っぁぁああああ!!!」
魔力は気刃となって龍にまで到達し、その胴を二つに割った。
そのまま跳んで龍の背に乗ると、刀の魔力を最大にまで高め、一息に龍の首を断ち切った。
――Side out――
ふわふわと気持ちがいい。
髪をなでる風が気持ちいい。
身体は安心しきって緊張から解き放たれ、ただ自然のままその一部となって漂っているようだ。
わずかに開く目、覗き込む黒い髪の女。
―――ああ、きれいだ。
そうして、また僕の意識は沈んでいった。