僕は高校でそれに出くわす
高校編スタート
桜並木の桜が散り始めで美しい。
風に乗って舞い踊る花びらは頬をくすぐる。春の日差しはぽかぽかと暖かく、風がわずかに肌寒い。
周囲では剣を背負った男や刀を差した女など、物騒だ。
「新入生の方はこちらです」
案内の生徒が体育館へと誘導する。
誘導に従い、体育館に入り、持っていた弓を肩から下ろして座る。
「隣いいか?」
「かまわないが、あっちのほうにも席があるだろう」
まだ時間が早いので席は空いている。
「ああ、正直にいうと、“あの”葉山夏に会っておきたくてね。医療方面を目指している身としては君の事は興味深い一例なんだよ。
君とは違ったものが24時間体制で可能な限りを尽くしたけどもなくなっているからね。
いまだに君と同じ例のものたちは死んでいるんだよ。実に気にならないか?」
そういうそいつの顔は夢を語る少年のようでいて、狂気を語る狂信者のようでもあった。
「気にはなるが、僕はまったく分からないな。
それに僕はあのころの記憶がほとんどない。それにいまだに一ヶ月に一度は病院通いだ。検査といっていろいろデータも取られているみたいだし、あまりそのことに対しては自分から関わりたくないというのが本音だ」
そういってそいつから意識をはずす。こいつにこれ以上付き合う気はない。
―――長く、つまらない入学式という行事は終わり、発表されたクラスを見て、顔合わせ等を終えたら下校。
わかっている流れを淡々とこなす必要がどこまであるのか疑問であるが、顔合わせには意味があるだろうとおとなしく教室に向かう道で、やかましいサイレンが鳴り響いた。
「―――っな!!」
まずい、かなりまずい。きょうはまだクラスの顔合わせもしていない。この学園での指揮も分からない。どこに行けばいいのかも分からない人が多い今、このサイレンの音からしてそれなりに強力な敵が来ることがわかった……とりあえず屋上に上って物見の真似事でもしておくことに決め、階段を駆け上がる。
「―――うそ……だろ?」
あと到達まで十分ない。こちらは戦闘体制も出来ていない。それ以前に現状、敵の位置を知っているのは恐らく僕だけ……。
「早く敵の位置を確認するんだ!!」
そういった声とともに物見台に上る先輩に一礼し、現状を端的に説明する。
「敵はおよそ十分もすれば到着する位置にいます。
さらに敵の中にギガンテスやトロルなどの姿もあり、もっとも厄介なのがこの大軍を率いていると思われる……」
「―――龍か」
龍、およそ最強の生命。人を食う食物連鎖の頂点。
「今すぐ隣の学園に応援要請を入れて、こちらは守りを固めて篭城する。
急げ! 後5分程度しかない!!」
走り出す男を見送り、自分も物見台から降りようとするとふと、屋上に一人、普段は物陰になっている場所にこの高校の女子の制服を着た人がいるのが目に入った。
「―――ったく」
恐らく戦闘がいやで隠れたつもりなのだろう。前にもいた。そういった人を責めるつもりはないが、屋上は外、ここに残り続けたら校舎の中に入れなくなってしまう。
見殺しにするのは気分が悪いので、物見台から降りてそのままそこに向かう。
「おーい、今回は篭城するからとっとと中に入らないと締め出されて死ぬぞ」
近くまで寄ってそう声をかけても反応がない。
不思議に思いつつもより近くによって肩をゆすってみるとようやくこちらに気付いたのか、不思議そうな目でこちらを見ている。
「校舎内にいないと締め出されて殺されるぞ」
「―――なんで?」
「は?」
何でといわれても……。
「ううん、ゴメンね。変なこといった。
―――でも戻らない。私は中に入らなくても大丈夫だから。援軍が来るまでなら、きた魔物を全部切れるから」
そういって腰の刀を見せる女。しかもこいつ、エルフか?
「今呼んでいるんだ。たぶん援軍が来るまで一時間程度かかるだろう。準備に手間取ればもっとかかるかもしれない。それだけの時間、君の魔力が持つとは思えない」
そういって手をつかみ、無理やり引っ張って出入り口に向かわせる。
「大丈夫、大丈夫だから……」
そういって抵抗しているが、さすがにそれほど無理やり手を解こうとしていないのか、抵抗はあっても引っ張れる。
『―――扉を閉めてロックします、後三十秒後に扉を閉めてロックします。早く校舎内に入ってください』
放送が流れる。
このスピードでは間に合わないだろう。
「離して、間に合わなくなるよ」
「僕の心配をするならおとなしく校舎内に来てくれるとうれしいのですが……」
そういうと少し固まって次の瞬間思いっきり体が引っ張られた。
そのまま校舎の中ではなく、なぜか物見台のほうに引っ張られて、
―――ズドンッ!!
出入り口の近くで爆発があった。
そのまま扉は閉まり、ガンッ!というロックのかかる音が聞こえる。
「――――――」
現状を整理しよう。
近くまで敵が来ている。校舎に戻る途中で外にいる人がいたから連れ戻そうとする。連れ戻そうと出入り口に向かったら爆発とともに扉が閉まり、ロックされる。
「―――武装こそ持っているが、僕は弓兵だからこんなに接近された今、ほとんど戦力にならない……さらに言えば魔法もほとんど使えない………」
仕方ないので敵の位置を確認して物見台を基に簡単な結界で砦を作る。
「―――器用なのね。意外と上手くできてる」
感心されるが、そんなことはこの際どうでもいい。今はとにかく耐えぬくことだ。
「僕はこの結界の維持と補強に全力を注ぐので近くに寄ってきた魔物の相手はよろしくお願いします!!」
叫ぶようにいって、周囲から魔力をかき集める。
物見台自体がなかなかに強度の高い構造をしていたのが幸いした。これなら多少手を抜いても物見台自体が崩れ去る危険は少ない。
「わかった。任せて」
刀を抜くと、唯一開いている場所に陣取り、防御を固めている。
敵影を確認すると、後三分もすればこの屋上にたどり着きそうだった。
校舎自体に迎撃の魔法がかかっているため、もう少しなら増えるかもしれない。
「―――出来るだけ強度を増しておくか……」
三角形を基本に柱などを入れて強度を増していく。ある程度のところで止めて、魔力を注ぎ込む。
―――ドゴンッ!!
爆発音、校舎自体の迎撃魔法が発動し始めた。校舎から魔力を引き出すことは出来ないが、魔法を使ったときに出る無駄を回収して、この結界に注ぎ込む。
「―――――」
はるか遠くに隣の高校と思われる援軍が見える。
―――予想以上に対応が早かった。これなら後二十分程度でたどり着くだろう。
そういう予想をしていると、結界に衝撃が入り始める。
「来たぞ―――!!」
「―――わかってる!!」
いうだけあって、この女の剣術は凄まじかった。
振るうたびに切り捨てられていく魔物、遠くからの魔法には同じく魔法で対応し、近くに来た魔物は素早く正確な攻撃に木っ端と化す。
僕はずっと結界維持に魔力を使い続け、女が入り口の魔物を切り捨てる。
―――その均衡は、援軍が到着する直前に崩れ去った。
「―――きゃ!」
相殺し切れなかった魔物の魔法が女にまで到達し、一瞬でも歪んだ均衡は、そのまま一気に崩れ去った。
女の後ろ、僕の元まで魔物たちが三体も入り込む。オーク三体……まともにやり合ったら死ぬ。
「くそっ!」
比較的太くて丈夫な矢を持ち、レイピアのように使う。
オークの分厚い皮膚を貫いた矢は、そのまま筋肉に止められて抜けなくなる。しかもダメージはほとんど入っていない。
その太い腕が持ち上がり、僕を押しつぶそうとするのを見て思わず目を瞑る。
―――だが、一向に衝撃はやってこない。
おそるおそる目を開くと、女が荒い息をしてオークを切っていた。
「だ、大丈夫なのか!?」
「―――魔力がもうほとんどない。このままだと8000を下回るのは時間の問題」
このとき、どうすればいいのか、それを僕は知っている。
幸いにも、もう結界は大丈夫だろう。もう魔力を注がずとも十分援軍が来るまで耐えられる。
「―――魔力をまわします。僕自身の戦闘力はほぼゼロですが、あなたが使ったほうが有用だ」
そういって魔力を送り込む。
徐々に増えていく目の前の魔力、だが、それは……。
「――――――」
―――ほとんど意味はない。焼け石に水とはまさにこのことだ。この程度の魔力、増えたところで何の意味もない。
「―――――っ!!!」
外に感じる莫大な魔力、龍が、こちらに向かって、炎を……。
「くそおおぉぉぉぉ………!!!!!」
もどかしい。ここに魔力があるのに、使えない。誰も使えないこんな魔力あっても無駄だ。必要ない。それなら目の前の人に行ってくれ、僕が魔力を持っていても意味が無いんだ。この炎を防げない。この結界じゃあ一瞬で燃え尽きてしまう。もう元々ボロボロなんだ。そんなところにこんな火力をぶつけたら崩れ去るのは道理……なんで自分はこんなにも無力なんだ!!
「―――ぇ?」
目の前の女が急に僕を押し倒し、胸元のペンダントをひったくる。
反射的に取り返そうとして、自分でもまた驚いた。
―――まぶしい光、冷や汗があふれるほどの莫大な魔力、それを感じた瞬間にその先端についていた水晶は砕け散った。