僕は自室で治療される
あの時あのまま屋上に現れなかったから当たり前といえば当たり前だが、出入り口には誰もいなかった。
仕方ないし、屋上に戻りたくないのでそのまま教室に戻る。
弓矢をロッカーにしまい、矢の本数を確認して冷や汗をかいた。
「―――あと三本しかない……」
確かに最近補充していなかったし、侵攻が連続したから仕方ないのだが、武装がないというのは不安になる。
例え弓でもないよりはましなのだ。攻撃魔法での戦闘がほとんどできない僕は弓が生命線。矢は少しぐらいなら振り回しても大丈夫なものなのでレイピアのように使って接近されたら近距離を戦うのだ。三本だったらいつの間にかなくなってしまっている可能性もあった。
買い足すにも学校の購買のものは使い手が少ないというより僕しかいないため安物しかない。それでは籠めれる魔力が少なすぎるためちゃんと買わないといけない。
財布の中身を思い出し、一度家に帰る必要性を感じてとりあえずいすに座る。
―――本当ならもう下校してもいい時間だ。だが、今帰ったら絶対につかまる。
やることも少ないので左手首のCDをみて異常がないかを簡易点検し、特に意識せずに幼いころからかけているペンダントをとりだす。
先端には小さな水晶がついており、夕日の中、わずかに中が明滅を繰り返す。
父親曰く、身体が弱く、寝たきりだった僕がこれをはめた翌日から起きれるようになり、それから確かに身体は弱かったが、以前よりも圧倒的にしっかりと健康的になったという。
もしかしたら精霊が宿っているのかもしれないといわれたが、眉唾物だろう。
精霊とはいろいろ言われているが、基本的にどこにでもいる存在である。人のほうから干渉することはできず、向こうからの接触を待つのみだ。
優秀な魔法使いには精霊がつくというが、僕は間違っても優秀な魔法使いではないのだ。だからこそ違うと思っているし、この明滅は魔力が溜まったからだと思っている。
魔力の吸収をするとき、吸収し切れなかったものが僕の周囲にとどまり、自然とものの中に魔力が溜まる。
宝石は元々魔力が溜まりやすいため、それが理由で溜まっていった結果だろう。
右手で握り締め、周囲の魔力を集めて流し込む。発光現象が起こると魔力がわずかに消費されるのだ。これを応用して明かりを作った人がいるらしい。人の中の魔力を操れなかったので周囲の魔力を集めてやったらしい。
「葉山か、何してるんだ?」
入り口でいかにも今来たというような態度の竜崎がいた。しかし、妙に白々しい。
「どうした、竜崎、僕は見ての通り少し座って疲れを癒してたところだ。見ての通り怪我もしてるからな」
まあ、自分でつけたものだが。
「私は少しな。それよりも葉山、足の傷はどうして?」
まずい、これが先生にばれたら説教で済むかどうかが微妙なラインだ。
「あー、返答を拒否させてもらう」
そう答えるとため息を疲れた。
「どうせ“また”血を媒体に矢を放ったんだろう。私は前線にいたんだ。知らないはずがないだろうに」
そういってこちらに来ると傷の処置を見て少しびっくりした様子で、
「おまえ、治癒魔法使えたのか?」
「嫌味か? 僕があんなに燃費の悪い魔法使えるか、いくら治癒魔法が効きやすい体質でも僕は使われる側専門だ」
治癒魔法は魔力親和率の吸収が高いとそれだけ効果が高い。だから病弱でも生き延びられたというのがある。まあ、母親が治癒魔法使いだったというのが一番だが。
「わ、悪かった。
あの、その、何だ。あの葵さんとキ、キスしたのは本当か?」
顔が赤いが、そこまで純情なのだろうか? 人のことをいえるような立場ではないが。
「ああ、正確にはキスされた」
「された?」
「魔力譲渡は肉体的距離とその人との魔力的な距離などが近いほど一度に送られる量が多い。効率を上げようと思ったら契る以外なら性交、次が接吻だからな」
まあ、契るのと性交は大きく違わないと思うが……。
「―――それだけの理由であちらはしてきたのか?」
「しつこいな。それにそんなことまで僕は知らない」
そういって席を立つ。
立ち上がるときに手を足につけたのが悪かった。
「―――っ!!」
思いっきり体重を傷口に乗せてしまい、血がにじみ始める。やってしまった。
それでも立ち上がって荷物を取ろうとしてとめられた。
「何をやってるんだ。血が出てきてるじゃないか!」
竜崎はそういって腕をつかむと本人はそれほど意識していないのだろうが、強い力でいすに座らせる。
やはり前線組はこういう治療をやらなければならないからか、こいつだからか、治療は手際がよく、開いた傷口も簡易な治癒魔法でふさがれた。
―――自分のことだが、まったくなさけないものだな。
「今日は風呂に入るな。傷口が開く。傷口は部屋に戻ったらガーゼと包帯も変えるべきだろう。治癒魔法も一応かけなおしたほうがよさそうだな。
―――自分や同室のやつにできないなら見せに来い」
そういう竜崎は髪を後ろにやって姿勢を戻す。夕日をバックに髪がきらきらと輝いた。
きれいだと、純粋に思った。そして、わずかに視線をそらし、一言礼を言ってそのまま寮に戻った。
「―――ということで遅くなった」
「なかなかの体験だったな。聞いていて面白いよ」
同室の佐々木直輝にいつものように今回おきたことを聞かれて答えていたら、またいつもと同じように面白いと返された。
「しかし、その傷どうする? 見たところ膿んでこそいないが、確かに治癒魔法が必要なレベルだぞ」
自分で見ても同じ結論だ。ちょっと急ぎすぎたから強く刺しすぎたのだ。
「一応聞くが、直輝は使え……」
「―――ないな」
即答。
直輝がちらりと時計を見たのでつられて見ると十時を少し回っている。
「―――だがこの時間だ。女子寮に行くのもまずいし、わざわざ先生を呼んでかけてもらうほどでもない」
どうすればいいのか、それだけは示すことなくこちらにゆだねる。これがこいつの良いところであり、悪いところだ。
「―――念のため言っておくが、そのまま寝るなんていったらここに竜崎を呼んで治療してもらうからな」
退路をつぶされた気がする。
「そこまで真剣に考えなくても……そんなに竜崎の世話になるのはいやか?」
「なぜか、な」
そう答えると直輝は一つため息を深々とつき、おもむろにCDを取り出してなにやら操作したと思うと数秒後にしまいだした。
―――何をしたのか。
そう聞こうと思ったらさきに答えをご丁寧にも話してくれた。
「竜崎を呼んどいた」
「―――おまっ!!」
飄々と続けて、
「あと五分程度でつくらしい」
「………………」
もはや何も言わずにおとなしくベッドに座る。
処置しやすいように傷口が見えるようにしておく。清潔なガーゼなども近くにおいておき、そのままベッドに倒れこむ。
―――明かりがまぶしい。
「あれだけ嫌がっておきながらちゃんとやりやすいように準備しておくあたり、お前も偉いやつだな」
直輝の感心したような、呆れたような声を無視してそのときを待った。
―――約七分して竜崎が部屋に入ってくるとちょっとだけ礼を言い、処置をしてもらう。
「竜崎、妙に時間がかかったな。何かあったのか?」
直輝が時間をかけさせるためか、単に気になったからか、竜崎に問うと、竜崎は少し間を空けてから、
「ちょっと先生に見つかりそうになってな」
そういって治癒魔法を使いつつ傷の様子を見ている。
―――前線でもここまでちゃんとした治癒魔法を習うのだろうか?
「夏、勘違いしてるみたいだが、前線のやつらはここまでちゃんとした治癒魔法は使えないよ。せいぜい血止めまでだ」
確かに、血止めさえ出来たらそれ以上は前線でやらなくてもいいし、それ以上は集中力や多量の魔力を使うからやらないか。
「で、何で竜崎はここまでちゃんとした治癒魔法が使えるんだろうな?」
ニヤニヤしながら少し大きな声で言う直輝に竜崎がむっとして答える。
「できて困ることはないからな。それに前線でも孤立して治癒が必要なのに出来ない場合があるから出来るのなら血止め以上に出来たほうがいいんだ」
そういう竜崎の声はまるで台本を読むようだったが、気にはしなかった。
「そうか、まあそういうならそういうことにしておこうか」
それからずっとニヤニヤしていた直輝と、その直輝を見て不機嫌そうな竜崎が印象的だった。
さらに直輝は治療が終わっていざ戻ろうとしだした竜崎に向かって、
「おいおい、せっかくだから夏でも持って帰っていいんだぞ」
「まずいだろう。何の罰ゲームだ?」
すぐにとめに入る僕だったが、竜崎は、
「止めておく。
佐々木、あまり私を怒らせるな。抜きそうになる」
そういってちらりと短剣を見せる。
―――こいつはいつも武器を持ち歩いているのか!? それとも男子寮に来たからなのか??
今度こそ帰った竜崎を最後までニヤニヤと見おくる直輝はよく切られなかったものだと思う。