僕は……殺す
目の前の鮮血。顔にかかる暖かい赤い液体。
体に倒れてくるそれはまだ暖かいが、その心臓は停止していた。
目はまだ開いており、今にも動き出しそうなのにもう動かない。
「加奈ちゃん!!」
ああ、これは加奈子か、馬鹿な女だ。自分の人生を狂わせた男のために、すでに死んだ男のために命を捨てるとは。
「夏!!」
今度こそこの体を殺す刃が迫る。
そもそも避けるつもりもないし、避けられない。
腕の中の彼女を見て、涙した。
―――彼女は死んだ。あっけなく、僕のせいで。
まあ良いんじゃないか? こいつもそれを望んで死んだんだ。やりたいことをして死ぬのは本望だろう。
―――剣を持った腕は持ち上がり、跳ね上がるようにして死を跳ね除ける。
何をしているのか、どうせ死ぬんだ。いつ死んだところで変わりはしない。むしろこの女のことを考えれば、今この場で、この女を抱いて死んだほうがいいのではないか?
だが、体はその意思に反してこの体を守り続ける。何をあきらめているのだと、この体だけが正面から死を否定している。
剣に力がこもる。
中身が壊れようと、中身があきらめようと、この体はあきらめない。
彼女は、僕に生きてほしくて盾になった。それに答えてやるのが役目だろう。
ばかばかしい。役目なんて勝手に決めて、自己満足がしたいのか?
自己満足でかまわない。僕はせめて、一矢報いなければ気がすまない。
一矢報いても結果は変わらない。どうせみんなこいつに浄化の名目で殺される。
ならば、僕はこいつをここで殺す。そうすれば終わる話だ。
そうしたら次はまたもっと強いやつが出てくるだけの話だ。それを殺しても次が、また殺して次、その繰り返しだ。
ならば、出てくるやつすべてを殺せばいい。それだけの話じゃないか。実に簡単だ。
できるものならやってみろ。そんな理想論、聞いているだけで腹が立つ。
ならばやって見せよう。やることは決まっているんだ。後は行動に移すだけ。
己を説き伏せ、体が精神を制する。―――僕は、この男を、殺す。
「―――うおおぉぉぉ!!!!」
全身に今まででは考えられないほどの力が宿る。
加奈子を床に横たえ、目を閉ざして剣を両手に持ち直し、気合とともにその場を飲み込む。
「下等生物が、調子に乗るな!!」
この場を制する男がその手の剣を僕に振り下ろす。
それを力ずくで跳ね飛ばし、がむしゃらに、でたらめに男を切り裂かんと刃が飛ぶ。
技も何もないそれは、今までのどの一撃よりも強力であった。
首を狙う刃に下から刃を合わせ、頭上からの振り下ろしを流しながら体を相手の横に回りこませてすれ違いざまに剣を横に振りぬく。
わずか一瞬の攻防にして、今の彼にできる最大の剣戟の数々。
「いい加減に沈め!!」
その怒鳴り声は負け犬の遠吠えのように聞こえた。自分は無意識に、適当に刃を振り回すだけだ。
男の攻撃がやみ、一度距離が離れる。
間合いは大体5メートル。一足一刀とは行かない。
「この一撃、受けられるか……」
男の剣に魔力が馬鹿みたいにたまっていく。確かに、あんなものを振り下ろされたらこのあたりの生物はただではすまないだろう。
―――ならば、やらせないのが上策。
魔力がたまりきる前に二歩踏み込み、剣を振るう。
「爆ぜろ!!」
その爆発のような一撃によって自分の体が弾き飛ばされたのがわかる。だが、まだ生きている。四肢もつながっているし、剣も砕けていない。振り下ろされる前に剣をあわせたことで威力を殺したのだろう。
「死ね、女」
だが、それはこの戦いにおいていかれていたものを殺すのに十分な衝撃であった。
おそらくは加奈子とともにきたのであろう母親の姿を視界に納め、それに迫る男を見て僕はその手の剣を投げた。
投げられた剣は男の左腕を突き刺し、男の右腕の剣が奈々子を切り殺す。
―――遅かった。またもや遅かった。
「武器を投げるとは、やはり下等生物。その後のことを考える頭もないか」
左腕の剣を引き抜くと、そのままどこか遠くに投げ捨ててしまう男。傷も目を疑うほどの速さでふさがっていく。
―――もはや万事休す。何をするにも武器のひとつもない今の夏にできることはない。
「―――それがどうしたってんだ」
頭の中に浮かんだ現状把握一切を切り捨てる。
別に僕が望んでいることはない。ただの復讐だ。報復だ。
『―――――――――』
まだ手も足も残っている。剣がないなら己の肉体を武器とするのみ。
こぶしを振り上げ、技も何もないただの右ストレート。そんなものが相手にあたるわけもない。
振り上げられた剣に腕を切り裂かれるというところで彼の右手は急に後ろに戻り、剣が空を切る。
そのままの反動で左足を前に出し、足払いをかける。わずかにでもバランスを崩した男にくるりと回り続けて右の回し蹴りをその男の顔に叩き込む。
“力任せの暴力”が“貴い生命”に届いた。
「貴様…下等生物の分際で、この俺の顔を足蹴にするか!!!!」
憤怒によって高められた魔力を無造作に爆発させ、まとわりつく虫である僕を吹き飛ばす。
それによって左腕が折れる。元から本来出してはならないほどの力や、あれほどの剣の一撃などの衝撃を受けて無事だったのだ。今折れたところで不思議ではない。むしろ、今まで折れていないことのほうが不思議だ。
―――いや、それを言うなら僕はすでに死んでいてもおかしくないし、どこが千切れていてもおかしくない。
つまり、今左腕が折れているだけという現状が信じられないほどの奇跡といえよう。死へのカウントダウンも始まった。僕の未来は後一年以内の肉体の死。
―――つながる人もいない。魂だけがこの地上でさまようだけの存在となるのなら、どちらにしても同じだろう。
「人間なめんなよ……!!!!」
どちらかというと、今の自分の性質が精霊に近くなっているのは知っている。だが、あえて言った。この感情のままに動くようなものは人ならではのものなのだろうから。
「精霊のなりそこないが、そのまま死ね!!」
剣を交わし、右手に握った最後の剣を振るい、男の右手を切り裂く。
―――加奈子の持っていた太刀。この場に残っていた誰のものでもない最後の剣。
その様はまさしく鬼人。復讐の鬼。
片手で太刀を振るうその速度は先ほどまでと変わらず、より強力な一撃となって男を追い詰める。
無限舞踏も明鏡止水も干戈騒乱も……どれひとつとして当てはまらない。本来ならば無限舞踏で簡単に回避されるはずの攻撃も、無限舞踏を使っている男に当たっていた。
「なぜだ? なぜ無限舞踏なしで攻撃があたる!?」
そんなことはどうでもいい。問題なのは攻撃があたるということだけ。
跳ね回る剣は確実に男の防御を崩し、とうとうその首を捕らえた。
噴出す鮮血。止まる心臓。開く天からの扉……。
「おのれ、カインをよくも」
「邪魔だ」
降りてくるものを切り殺し、周囲に次々と現れるものを一瞥する。
「―――――――――」
「―――――――――」
笑う声が聞こえる。呪う声が聞こえる。ああ、どこが人と違うというのだ。死ぬし、感情もある。
「――――――」
「――――――!!」
殺しに来るものを殺す。傷つけようとして傷つけられる。
周囲に屍を積みつつ、全身から血潮を流し、ただただ天を呪った。
―――その後、人は急速に発展し、自らの力によって滅びることとなった。
終わった。
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