僕は……死ぬ
――Side 加奈子――
家に帰って、最初に違和感を感じた。
裏返しにされた看板。まだやっている最中のはずなのに明かりひとつない家……。
私は何かを考えるでもなく家に飛び込んでいた。
中には準備された形跡と置手紙、乱暴につかむと内容を一度見て、もう一度見た。
『よくわからないけども、以前の侵攻で出たヴィヴィアンとかっていうやつに招かれた。抵抗するには周囲の被害がでかくなりそうだったから、おとなしくついていくつもりだ。魔力のラインを探れば、きっとこちらの方角はわかるだろう。これを読んでいたら探ってみてほしい。
だが、こちらの方角がわかったからといってすぐに突撃はするな。まず母さんに連絡を入れて、場合によっては国の軍部にも連絡を入れて情報を伝えることを最優先にしろ。僕の身の安全は特に考えなくてもいい。さすがに死んでたらそちらにもわかるだろうけど、これを読んだときに僕が死んでいないことを願おう』
とりあえず、書いてあるように魔力のラインを探る。が、一向につかめない。死んだらわかるそうなので、死んではいないのだろう。不安と焦りが混じった中に少しだけ安心が含まれた。
次に奈々子さんに連絡を入れる。だが、これも通じない。
早鐘を打つ心臓の音を聞きつつ、もう一度魔力のラインを探り、夏を探す。
かすかに、本当にかすかにではあるが、確かにその魔力がわかる。自然の魔力にまぎれてわかりづらいが、確かにそこにあるとわかるのだ。
「見つけた!!」
歓喜で大きな声を出してしまったが、そんなことには一切気を使わず、もう一度奈々子さんに連絡を入れようとして、逆に連絡があった。
『加奈ちゃん? 夏今どこにいるかわからない!?』
「奈々子さん。夏は今例のヴィヴィアンとかって言うやつの元にいるらしいです。
よくわからないんですけど、置手紙があって……」
『大体わかったから大丈夫。
―――今すぐ、二人で行くわよ』
「え? でもとりあえず情報だけでも……」
『場所は軍部も知っているから。そこは明彦さんも行った事あるし、私もその場所を知っているから』
混乱するばかりだ。どういうことだろう。
『とにかく、聞きたいことはいろいろあると思うけど、まずは軍部に行って。そこで会いましょう』
そういって一方的に連絡をきられる。CDからは無機質な機械音だけが響いていた。
軍部に行くと、すでに奈々子さんは戦闘服でいた。私もすでに戦闘服に着替えており、いつでも動ける姿である。
「こっち」
そういって奈々子さんは私を私も知らない地下へと招き、そこにあったものに私は驚愕した。
魔方陣によってできた転移魔術。二地点間の移動を一瞬で行えるもの。
「敵の親玉がいる場所がわかっているんだから、そっちに行く転移魔方陣があるのはある意味当然でしょう?」
確かにそれはそうだが、今の自分の立場を考えると、これを知らないことが信じられない。
「詳しい話は後、とにかく早く行かないと手遅れになる……」
――Side out――
振るった剣は空を切り、そのたびにこの身は引き裂かれていく。
もはや傷のない部分は存在しない。だが、全身を切られてもまだ僕は立って剣を振るっていた。
―――小太刀は最初に両方とも砕かれた。ゆえにヴィヴィアンの持っていたあの剣をもって戦っていたが、もはや限界だろう。
青年の体はもはやいつ死んでもおかしくない。それが今も立って剣を振るえるのは単に彼の魔力吸収能力のおかげである。
生きるだけで消費されるエネルギーをすべてこの場に満ちる神々しい力で代用する。はじめは拒絶反応か、吸収するだけで体中が痛み、体が内から破裂するようであったが、今ではそのような感覚は存在しない。否、すでに痛みという感覚すら消えている。
「もはや死に体。抵抗すればするほど苦しみは増える一方だというのに……やはり下等生物。そのようなことすらわからないか」
『夏、もうやめろ、お前は自分の魂すら破壊したいのか!?』
聞こえない。嘲笑も、制止する声も、何もかも。今の僕に聞こえるのは自分の鼓動がドクドクといっていることだけだった。
―――別にもはや勝ち目がないことぐらいすでに悟っている。
いかなる奇跡も存在しない。この世とはそういうものだ。そもそもあのヴィヴィアンを殺すことができただけでも上々。それ以上を望むことはあまりにも強欲というものだろう。
―――僕の命は、あの時、なんらかによって死んだ瞬間に終わっている。
だからこそ、この足掻きは僕が望んでのことというよりも、この体の生存本能とでも言うべきもののせいだ。決して僕が足掻いているわけではない。
―――これで良いのだろう。落とした命を変な形で拾って、調子に乗って目を付けられて、他のやつらとは違うんだとあたかも自分が特別であるかのように振舞って、いろいろともっともらしい理由を付けて他者をけなす。
こんな人間、もっと早くに消え去るべきだったのだ。こんな魂は、もっと早くに消滅するべきだったのだ。それなのに僕は一人の女性の人生を狂わせている。あのときのヴィヴィアンの問いかけはまさしく図星だったのだろう。僕は彼女を愛してなどいなかった。
ただ都合が良いから、断る理由がなかったから、楽ができそうだったから……理由/言い訳ならいくらでも思いつく。だが、おそらく僕は彼女を愛したことがない。
憧れや、羨望、恨み、憎しみ、情欲。それらの感情を持ったことはあるだろう。だが決して恋慕はない。あくまでも社会的立場や外見、己の肉欲のみに従った結果だろう。
―――そもそもが存在してはならなかった存在。生まれてすぐに死んでいたはずの存在。
ああ、もはや僕に生きる意味も価値もない。
いや、それも間違いだ。そもそも人が生きるのに価値も意味も必要ではない。そんなものは後から人が勝手に付けて勝手に納得するものだ。そうでなくては変だろう。
人を神聖視するな。己を最大だと思うな。先人の苦労を思え。あくまでも僕らはあまりにもちっぽけな砂漠の砂一握りに過ぎないのだと。
己を否定する。人を否定する。思い上がった理想を否定する。
否、否、否、否否否……!!!!
そういった否定は、この体を止めず、ただ精神のみが否定を繰り返す。
剣はなおも走る。触れればおそらくすべてを両断できるであろうその刃は縦横無尽に跳ね回る。
それを完全に交わす男。これがスペックの差。努力でも才能でも何を掛け合わせても届かない遥か遠き地点に存在するもの。
「もはや見苦しい。いい加減に引導を渡してやるのも慈悲というものだろう……」
『夏、もう限界だ。引け!!』
迫る刃、避けられない/避けるつもりのない死。
「夏!!!」
その絶対の死は、彼女の肉体によって止められた。




