僕は……決断する
「―――ね、どれだけあなたに先がなく、人がどれだけ愚かかわかったでしょう?
さあ、この手をとりなさい。そしたら私が精霊化も多少は止めてみせる」
あまりにも魅力的な提案に、僕は剣を抜くことで答えた。
―――こいつと戦えば、僕は死ぬ。これは確定事項だ。間違いない。
だが、そうしなければ、僕は何か大切なものを守れないような気がしたのだ。
ゆえに、これで死んでも、後悔はしない。確かに後に残す加奈子が心配ではあるが、まあ、大丈夫だろう。
「―――そう、あなたもそう答えるの……やっぱり親子ね」
さびしそうな顔をしたその少女は、どこからか白く輝く剣を取り出して、構えた。
こちらは店で買えるようなもの、いいものではあるが、あの剣と見比べるとただの金属の棒に等しい。刃があたれば、確実に切り裂かれる。
すなわち、僕は攻撃を受け止めることも、受け止めさせることもしてはいけない。
『――――――』
何か聞こえるような気もするが、今の僕には関係ない。
振り上げられる剣、明鏡止水でも、無限舞踏でも避けることはできないこの戦い、今の僕に使えるのは、勘と経験と基礎訓練の結晶だ。
『――――――』
―――否、それは間違いだ。そんな単純なものではない。そもそも生き残れる可能性がほとんどゼロに等しいのだ。僕ごときの剣術で刃に一切触れないなんてできるはずもない。
「気づいていると思うけど、これをそんな剣でとめられるわけがない。受け止めることはできないし、そらそうとするだけでも簡単に切り裂かれるのが落ちね」
おそらく、これが彼女の最後通告。これを断れば次に待つのは死のみだ。
だからといって返事が変わるわけでもない。そんなことで変わるような返答はしない。
『――――――』
「これが最後よ、返答は?」
黙って小太刀を構える。明鏡止水とか、無限舞踏とか、そういうのとはまったく関係なく、今の自分は落ち着いていた。
「くそ食らえと答えておこう」
『―――こち・から、攻・・・はならない。無・・踏・・・におい・・・・ての・・・上だ―――』
魔術の使用はできない。何の意味もないし、それに使う集中力と魔力の無駄だ。
「―――そう、残念ね」
『―――魔・・・用し・も・・ない。魔・・・を乱す。故に殺され・。・・強化含・て使・し・・な・ない』
これははっきり言って意地だ。こんなに馬鹿にされたまま、引き下がるなんてことは僕にはできなかった。ただそれだけの話。これで僕が死んだとしても、おそらく大きな変化はないだろう。このままこいつによって影から人は管理され続け、それに気づかずに小さな自分の世界で生き続けるのだ。
「じゃあ、さよなら」
『―――だからといって、勝ち目がないというのは早計だ。お前にはまだやれることがある。無限舞踏は、明鏡止水と干戈騒乱の複合ではない―――』
さっきからこの声は何だ! 無責任なことばかり言いやがって、自分でやってから言え!! どうやったら勝てるって言うんだよ、全部負けてるじゃないか!!!
『―――無責任か、俺はそうやってしのいだんだがな……夏―――』
白銀の刃が跳ね回る。
それらすべてを自然な動きで、決して速いわけでもないのに完全にかわす。
その様は舞い落ちる木の葉を必死になってつかもうとしているかのようであった。
木の葉を追うものは、あたらぬ刃を見て確信していた。この相手が確かに葉山明彦の子なのだと。
木の葉は特に何かを考えていなった。されるがまま、されど無抵抗であって無抵抗でない。
―――魔力の変動する魔法が場を乱すのならば……力によってものが変動する剣が場を乱さないはずが無い。場が乱れるのであれば無限舞踏で避けれぬはずが無い。
その舞は、破滅の隙間の創造であり、創造の周りの破滅だった。
「これがあんたたちの使う無限舞踏…“やっぱり”私たちのものとは違う……」
『この女の使う無限舞踏は、自然を捻じ曲げて自身を突き通す。それは確かに出力が強いが、その分無理が出る。その無理が自然と同化する俺たちの無限舞踏に踏み込ませる足場を作る。ゆえに、“勝てないが負けない”』
―――勝ちに行けば負ける。負けるようにしたら負ける。だが、勝とうとも負けようともしなければ、この均衡は崩れない。これぞ攻撃能力過少、回避能力過多の転生者の真髄なり。
―――唐突ではあるが、葉山明彦がこれほどにしっかりとした情報を持っているのは、当然、戦ったことがあるからである。
戦闘時の違いはほとんどない。違いは体の肉つきが少々夏よりもよく、持っている武器が夏が刃渡り60センチ程度の小太刀に対して30センチ程度のナイフだったことや夏が武器を順手に持つのに明彦が逆手に持っていたという程度だ。だが、持っている武器の違いは、小さいが大きかった。
スピードはいうまでもないことではあるが夏より早く、間合いは夏より狭い。しっかりと攻撃があたったときのダメージも夏のほうが大きいだろう。それを補って余りあるほどのスピードの差であったが、この話にそのスピードは関係ない。
刃渡りが30センチ違うというのは、持ち方の差もあって、間合いが結構違ってくる。
そして、この間合いの差が当時の葉山明彦と葉山夏とで違う結果をもたらした。
剣を避けつつ振るわれた小太刀は、すべるように天使の腕を薄く切り裂いた。
飛び散るほどの血は出ていないものの、それは確かにはっきりとした傷であった。
「―――高々人間風情が、高等な天使の肌に傷を付けるかっ!!」
無限舞踏も何もなく怒りのままに振るわれた剣など、今の夏の前には何の意味もなく、ただ切り裂かれるだけの的となることを意味していた。
確かに強力な鋭い剣筋ではある。だが、場を乱す剣、しかもその場を制御すらしなければ、そこに致命的な隙ができるのも自明の理だろう。
放たれた一撃は空を切り、この部屋の壁と床を吹き飛ばす。だが、それと同時にその一撃を放ったものは鮮血を撒き散らしながら床に伏すこととなった。
夏がそれを振り向いて血を払い、ふき取って鞘に収めようとするのと、父の声が頭に響くのと、それが現れるのはほぼ同時であった。
「やれやれ、天使と言うだけで調子に乗るからいけないのです。だからこのような下等生物に遅れをとる」
男の声に振り返る。そのまましまいかけていた小太刀を構え、敵と相対す。
「この下等生物も理解力に乏しい。私がそのつもりなら、あなたごときもう死んでいるのですよ?」
『事実だ。気を緩めすぎだぞ、夏』
事実ではあったが、少し仕方がないことでもあった。
夏は本来後衛の弓兵。前線で小太刀を振るうのはまだ十回にすら満たない。そんな夏が『勝ったと思って気を抜くな』といわれても抜けてしまうのが常であろう。
「何のようだ」
夏は警戒を強めながらも問いかける。
「はぁ、どれだけ思い上がっているのか、あのようなものの無限舞踏と、私の無限舞踏が同じだとでも思いましたか? あなたのような自然に溶け込む親和性では、私には絶対に勝てませんよ? 私は完全に場を支配しますから」
試してみるかと、そういう相手をどうやっても切りにいけない。
「私はこれからあなたの故郷をつぶしてからあなたを始末します」
『夏、わかっているな』
夏はそういう父親の声を無視した。
「僕は、後悔したくない……」
そういって、夏はそいつに切りかかった。




