僕は自分で自分を見極める
あの危機的侵攻から三日。世間ではあの侵攻は間が悪かったといって、それほど大きな問題にはならなかった。
僕のあの時の剣舞は母親曰く無限舞踏といわれる僕の亡き父の剣舞に酷似していたという。だが、体の弱かった僕は父から剣術を学んではいないし、父は僕が幼いころに他界している。だからそれそのものではないだろうとも母は言ったが、どうにも自分の中で引っかかっている部分がある。
―――記憶のどこかが、あれをさせた。あれは確かに無限舞踏であると、そう、根拠もなく確信していた。
葉山明彦、最強とされる男、一騎当千どころではない。莫大な魔力、卓越した剣技、尋常じゃない魔力親和率……そんな最強でさえ家族には弱く、母の尻にしかれていた。
―――最強の男の最後は、不明だった。
正直な話、僕にも父親が本当に死んだのかさえ分からない。だが、父がいなくなる前に最後にあったときに告げられたことはよく覚えている。
『―――やはり、お前も俺の子だな……』
うれしそうに、でもどこか悲しそうにそう告げた父の姿は、よく覚えている。
そして、その次の日に何かを残すでもなく、父の姿はなくなったのだ。
「―――葉山、お前に国の方から呼び出しだ。何をやらかした?」
登校したら校門ですぐに担任から言い渡される連絡。だが、残念なことにまったく身に覚えがない。
仕方なくそのまま荷物を持って職員室のほうに行き、職員室前でうろうろしていると先生に連れられて校長室のようなところに入れられる。
「君が“あの”葉山夏かね?」
いかにも偉そうな人がいすから立ち上がってこちらに問いかける。
「は、はい。僕が葉山夏ですが……」
“あの”といわれて何を意味するのかが分からない。
「そう身構えなくてもいい。私は魔物対策委員の松居だ。よろしく」
そういって名刺を出されてとりあえず受け取るが、話の流れが一切分からない。
「よろしくお願いします」
名刺を受け取ると勧められるままに椅子に座る。本当に本題が何なのか分からない。
―――しかし困った、名刺どうしよう。
「どうやら疑問に思っているようだね。何故自分がいきなり呼び出されたか」
この場合、大人だったら名刺を交換するときに一緒に自分の名刺入れに入れるのだろうか? まあ、僕の場合は出す名刺もなかったからどうしようもない、このまま持っておくべきだろうか?
「君が呼ばれたのはほかでもない“無限舞踏”についてだ」
一気に意識が思考の中から会話へと移る。
無限舞踏、自分自身よくわかっていないものだ。それなのにあれが無限舞踏だとはっきりと断言できる。
「―――やはり気になるか、とりあえず無限舞踏について話そう。
無限舞踏とは、君の父親の使った身のこなしや、剣術を総称するものだが、彼が生み出したものではない。あれは元々仙人と呼ばれるような人が目指した最終到達地点だ。そのころはさまざまな呼ばれ方をしていたが、多くは今と同じで無限舞踏と呼んでいた。
だが、その実は二つのものの複合、動と静を完全に複合させること、そういわれている」
確かに、あれは本能に身を任せるような勘頼りで動く野性的な動きと、ただあるがままに身を任せるようなその場の流れを支配するような動きの融合だった。どう口で言い表せばいいのか分からない。だが、あの感覚を忘れるわけにはいかない。
―――自然と一体になったような、自然の中のごく僅かでちっぽけな生き物だと自覚するような、そういった不思議な感覚は、言葉では絶対に表現できない。
「しかし、さすがは葉山明彦の息子というべきか、まさかこの年で無限舞踏を使えるとは、何か秘伝でもあるのか?」
「あ、ありません。僕は父から剣術などは教わってないんです」
「ははは、わかっているよ。君の幼いころはひどく身体が弱かったということはいろいろと有名だしね」
そういうこの男は笑っていたが、僕はどうにも好きになれないでいた。
「―――おっとすまない、用件を言おう。
端的に言うとね。無限舞踏を使った君は、国家でも、人間としても、最高戦力の一人だ。当然、君を狙う者もいるだろうし、君を仲間に取り入れようとする者もいるだろう。
そこで、我々がすぐにでも“保護”しようというのだ。どうだね、悪くない話だと思うのだが?」
僕の性格が捻じ曲がっているからだろうか? それとも本当にそういう意味があるのだろうか?
僕にはこいつが“この国に住む人間以外はどうでもいい”といっているように聞こえてならない。しかも保護だと? “徴兵”の間違いじゃないのか!?
「―――お断りします。僕にはどうにもあなたが信用できないし、保護というのも変だ。
最高戦力なら、保護ではなく、徴兵でしょう。それとも一切戦場には出さないのですか?」
「―――――――」
黙秘、つまりはそういうわけでもないというわけだ。こういう大人は正直嫌いだ。こんな大人になるぐらいならこのまま子供でいい。
「さようなら、失礼します」
そういって、そのまま席を立ち、戸をあけて出て行く。
―――思いっきり失礼なことばかりだったが、誰一人として止めるものはいなかった。
『それはやっちまったな、夏』
「思わずだったんだよ。なんか妙に言い方がいやだったんだよ」
CDによる通話機能で直輝に今日のことを話す。
思いっきり内容は愚痴だが、それもお互い様だし、直輝もこれには慣れているだろう。
『それにしても、昔じゃ考えられないな。お前が国のそんな重要機関に声をかけられるなんて……俺も応援に行ったが、そのころにはもう例の無限舞踏は終わったんだろう?』
「まあ、援軍が来る直前までだったからね」
『―――つかぬ事を聞くが、実はもう竜崎と初体験は終わらせていたりするか?』
「何言ってんだ? 前に見舞いには来たけど、そんなことがあるわけないだろう」
そういうと少しの沈黙の後、妙にあきれたような声が聞こえた気がしたが、そのまま特に何もなく話は終わった。
――Side ???――
「―――ユーフリック現象って知ってるか?」
聞いたことがない。首を横に振って、その問いに答える。
「まあ、そうだろうな。ユーフリックというイカレタ研究者が提唱した現象だ」
その声はイカレタといいつつも、そうは思っていないようである。
「それについて簡単に説明するなら、魔力吸収や、放出に関わる魔力親和率というものがあるだろう。それが吸収のほうに高すぎると、“自然の中にその魂が同化して精霊化する”というもので、そういった精霊化するもののことをその他の正常な研究者たちがそのキチガイの名からユーフリック現象となずけたのだ」
とても楽しそうなその声はその後急に真剣になった。
「俺は、あいつ……葉山明彦がそのユーフリック現象を起こして消えたと確信している」
荒唐無稽といえるその台詞を私は笑い飛ばせなかった。
「あいつの息子が龍のブレスに焼かれそうになったとき、救ったのはペンダントの魔力を使ったその辺の精霊だ。だが、あの魔法は―――」
あの光は、確実に古代魔法の一種。恐らくはサンクチュアリかその辺りだろうと思われている。
「―――あの魔法は、みんなが思っている古代魔法なんかじゃない。ただの精霊による魔力の放出だ。確かに古代魔法は精霊が魔力を使うから古代魔法だといえるし、サンクチュアリがどのようなものなのか知らない俺は、あれがサンクチュアリでないとも言えない。だが、あれの実態はただ精霊が増幅させた魔力を放出しただけだ」
何が問題なのだろうか? そう首をかしげるとやれやれといいながら続きを説明し始める。
「分からないのか? よく考えてみろ、特に精霊に対して何かやったわけでもないあいつが、精霊に守ってもらえるわけがないだろう。となれば、精霊となった葉山明彦に守られたと考えるのが自然ではないか?」
確かに、あの男が本当に精霊となっていて、息子を守るために手を出したと考えるのが妥当なところだろう。
「それに、やつの魂がまだこの世にあるのは確実だ。葉山奈那子はまだ魔力のつながりを感じているらしい。
契りを結んだ男女は魂レベルでつながるからこそ放出力等に関係なく魔力の交換が出来るんだ。これが葉山明彦が少なくとも魂レベルでは生きていることの証明でもある」
つまり……。
「つまり、俺たちの好敵手はまだ滅んでいないというわけだ」
―――つまり、あの男を貴女にささげることが出来るということ……。
――Side out――
調べれば調べるほどに無限舞踏のチートさがわかってくるのだが…大きすぎる問題があった。
―――今の自分には、無限舞踏は使えない。
二つ理由がある。まず、身体が持たない。そして、意識して使えない。
身体が持たないのは寝込んだのでわかりやすいが、意識して使えないのはどうしてか、それは“理性的である人が無我の領域に入り込んで明鏡止水にいたることはそう難しくないが、心を穏やかにしながら本能的な野生的攻撃は出来ない”からだ。
端的に言って、心を落ち着けることだけなら出来る。本能のままに暴れることも出来る。だけど、その両方を一度に意識的に行うのは無理だったということだ。
教師には前線に引っ張られて持ち上げることも満足に出来ない刀を持たされ、親にはそのままでいいと弓を渡される。
父の戦いを見てきた母には、心を落ち着けるほうを明鏡止水といい、暴れるほうを干戈騒乱ということを教えてもらったが、それぞれ弱点があるらしいが、普通に使う分にはさして問題ないらしい。
自分で意識して使えるのは明鏡止水だけだ。干戈騒乱は思わず理性がストップさせてしまった。最初にやってみてそうだったのだ。それに干戈騒乱は攻撃特化だというので回避特化の明鏡止水ほうが性に合っている。
それが原因なのかもしれないが、まあ、別に前線に出たいわけでもない。というよりも出たくないのだ。おとなしく後ろで弓を撃っていることにする。
「葉山、お前は何故そんなにも前線に来たくないんだ? 前線というのは戦場の要、後ろに敵を通さず、真正面から敵と切り結ぶ緊張感あふれる場所であり、最も武名が高くなる場所だ。命を懸けた戦いの中に芽生える友情に愛情、それらが分からないのか?」
―――はい、わかりません!!
そういいたい気持ちをぐっと抑えて理由を説明する。
「先生、僕は刀をまともに持ち上げることすら出来ないほどに筋力が足りません。さらには、筋トレ等をするにもドクターストップがかかっているので出来ません。つまり、前線に出ても何も出来ずに死ぬだけということです。それぐらいなら後ろで弓を撃っているほうが戦場にとってプラスになりますし、固定砲台のような遠距離の人がいれば、その人に魔力譲渡で戦場の余剰魔力を分け与えることも出来ます。そちらのほうが全体にとっていいと思うのですが……」
言っていることは事実だ。本当にそちらのほうが圧倒的に全体のためになる。
「竹中先生、いい加減にしないと夏君も意地になりそうですよ」
そういっていさめるのが加藤先生、たまにふらっと現れて的確すぎるアドバイスを与える高齢の老人。まさしく師父という呼び方が似合いそうな人である。実際に呼んでいる人もいる。
「夏君、君は自分を押さえ込まないといけないと、そうどこかで思っているだろう。
それはとてもいいことだ。人間関係を円滑に進める上で、個人の意見や欲は障害になりやすいし、多くの失敗は人の感情によるものだ。
だけどね、感情が成功を生むことだってあるし、不可能とまで言われるほどに難しい問題も、感情が解決したことが多いんだ。
それをよく覚えておきなさい。そうすればおのずと道は見えてくるだろうから……。
―――あと、自分の心ぐらいはしっかりと見極めなさい」
なにやら意味深な言葉を残して去っていく。
鼻で笑い飛ばそうと思ったけども、どこか心の奥底にまで届き、妙にいやな感じが残った。
―――自分を見極める。
それはとても簡単でいて難しい。どうしても理想に近づけた自分を自分としてみてしまうのだろう。偽りの自分を作り出してしまう。
ここ最近のことを思い返しても、自分がいやになるようなことをやっていることが多いのではないだろうか。
「葉山、頼みがあると聞いてきたのだが……」
考え事をしていると、背後から声をかけられた。自分の部屋なのに。
「竜崎、ああ、今日だったな。
頼みたいことは、僕に剣術を教えてほしいんだ」
「お前、奈那子さんに止められていなかったか?」
そうあきれられる。だけども、これはやらなければならない。
「頼む、基礎だけでいいんだ。何でも言うことは聞く」
「―――ほ、本当か?」
なにやら一瞬間が空いた気がしたが、気にせずに頼み続ける。
「ああ、この通り」
深々と頭を下げて頼み込む。
なにか頭上で震えるような気配があったが、気にせずに下げ続けた。
「―――わかった、だが、奈那子さんには一応連絡して、大丈夫だったらな」
「ありがとう」
もう一度頭を下げて礼を言う。
またもや頭上で何か様子がおかしかったが、気にはしなかった。
「頑張ってねー、でも頑張りすぎちゃダメだよー」
「母さん、どっちだよ……」
間延びした声に突っ込みを入れつつ(あきれるとも言う)、竜崎に木刀をもらって簡単に構えから教えてもらう。
場所は竜崎家の訓練場……さすがは金持ち。
「刀は勘違いしているものも多いが、力で切るのではなく、技で斬るものだ。だから刀の場合での力技は魔力によるものに限定していい。
もう一つ多い勘違いが、二刀流でもない限り、刀は本来両手で持ち、左手で振るものだ。両手の力を思いっきりこめて殴りあいたければ刀ではなく両刃のほかの剣に変えるべきだろう。そちらの場合、“斬る”というよりも“叩き割る”が正しい気もするが……。
まあ、今回は刀ということで簡単に教えようと思う」
言われたとおりに構えを取り、一度の深呼吸で明鏡止水に入る。
だが、明鏡止水に至りきる前に頭を殴られ、手の位置を直された。
「構えもまともに出来ないのに、ほかの事に集中したら構えが乱れるのは当たり前だろう! そういうのはちゃんと構えられるようになってからにしろ」
ごもっともな正論を言われてまずは剣術をしっかりと覚えることに専念する。
何度も動きを直されるときに、身体が密着したりしたが、そんなことに気を取られるような集中力ではなかった。―――無論しっかりと感触は覚えている。
そうして一通りの動きを覚えたころにドクターストップがかかった。
「はい止めてー、それ以上は明日つらい目に合うよー」
このつらい目は筋肉痛などではなく熱を出すということだとわかっていたので素直にやめる。筋肉痛は耐えられるが、熱を出したらこの訓練も止められる可能性が高い。
汗をふきつつ、水分を取っているといきなりこの母親は妙なことを言い始めた。
「それで加奈ちゃんは何を夏にやってもらうの?」
「? どういうことだ母さん」
「何って、なんでもするんでしょ。聞いてたよ」
―――確かに、何でもするからといって教えてもらっている。間違いはない。
「それで、加奈ちゃん。どうするの? 何してもらうの? 夏にナニをする予定なの?」
妙に二度目の発音が引っかかる。
「まだ決めてません!」
妙に語気の荒い竜崎を眺めつつ、その辺に寝転がる。
片方だけ語気の荒い女二人の会話を聞き流しつつ、ゆっくりと目を閉じて周囲の魔力を取り込み、放出する。
吸い込む息にあわせて魔力を取り込み、吐く息にあわせて魔力を放出する。
ある呼吸法の一つだ。ここまで行われる魔力量が多いのは少ないが、自然治癒力が増す。体の弱い僕のこれはもはや運動した後の習慣とも言えるものだった。
徐々に迫る睡魔に抵抗しようとしたが、女二人の会話は一向に終わることなく、それを寝転んで待っていたら、いつの間にか眠っていたのは仕方のないことだろう。
――Side 加奈子――
『頼む、基礎だけでいいんだ。何でも言うことは聞く』
夏はそういった。
少なくともそう聞いたし、その後で奈那子さんが確認したときにもうなずいていた。
―――問題は、何を要求するかだ。
そんなことを加奈子は夏に剣術の基本を教えつつ考えていた。
もちろん、考え事をしているからといって反応が遅れるようなへまはしない。そうしないように細心の注意を払っている。
―――夏の動きは、妙に上手い。
ほとんどのやり方の基本になるところだけを教えたが、そのどれもが吸収が早く、忘れていたものを思い出したかのような上達の早さだった。
しかし、基本の構えの部分がへたくそで、足が少し開き気味だったり、剣が下がっていったり、姿勢が低くなったりとすぐに隙が見えてしまっている。
まあ、その当たりはまだいいだろう。だが、根本的な問題が一つあった。
筋肉の使い方が下手なのもあるが、やはり筋力が足りない。魔力で強化できないというのもあれだが、もともとの基本値が低すぎる。それも軽いものを使えばいいのだが、それでもあげなければならない部分だろう。
―――しかし、疑問だ。
筋トレがダメで、この基礎訓練がいい理由が浮かばない。我ながらけっこう厳しくやった。普通の高校生でもそれなりの体力を使うであろう量をこなしてやっとストップがかかっている。明らかにおかしい。
夏は寝ているが、その眠りも体力を使いすぎたからではない。
「奈那子さん……」
切り出そうと口を開くと、先に言われる。
「夏が前線に出たら、恐らくは魔物たちとの戦線をあの人と同じぐらいには押し返せるでしょうね。でも、それをすると、夏はそれだけ一層早くここから消えてしまう」
―――言っている意味が分からない。
「加奈ちゃん。正直に言って、あのペンダントが砕けてしまった以上、夏が消えるまで後最長でも20年、下手をしたら今消えてもおかしくないの。
ユーフリック現象というのがあってね、それは強い魔力親和率を持つもの…この場合だと吸収のほうがあまりにも強いと起こる現象で、とある魔物側の学者が考えたものなんだけど、それによって明彦さんは精霊となった。
夏がしていたペンダントはそれを抑える効果があった。でも、あのブレスのときに魔力が許容量を超えたのか、明彦さんがそこから魔力を使ったのか、砕け散ってしまった。
無限舞踏は究極とも言える武の領域だけど、このユーフリック効果が始まっている前兆でもある。もしも夏がこのまま何もしなければ、さっき言った年月でおそらくは消えてしまう。
でも、夏がこれから魔力を一切使わずに魔力を断ってすごせば、消えないで人のまま一生を終えられる。
だから、加奈ちゃんには夏を守ってほしい。この子にはもう少ししたら教えてあげるけど、そのとききっとこの子は絶望する。だから、あなたがこの子を守ってあげて」
その訴えは、あまりにも心に響き、この気持ちを固めた。
―――私は、この話を、聞いたことがある。
―――だから私は、強くなろうと、そう誓ったのではないか?
―――だったら何も難しいことはない。私はこれまでどおり、夏を守るために強くなる。
――Side out――
誰が主人公最強ものを書くと言った?
欠陥だらけの剣術、しかも広範囲にわたる攻撃に対する防御方なし。最強もの批判のこの作品が主人公を最強にするわけがないだろう。




