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08:ユリ、犬より猫派

 五月某日(2)


 昼休み。

 今日こそは女の子と一緒にご飯を食べるぞと意気込んだけれど、それも腹が立つほど明るい声によって阻まれそうだ。


「ユリせんぱーい」


 来たな、駄犬。

 私は睨みつけたい気持ちを何重にも押し込めて、教室に飛び込んできた少年に振り返った。もちろん、最高の笑顔で迎え入れる。


「また来たの? 藤堂くん」


 彼は今年入った新しい攻略キャ、ではなく一年生の藤堂くん。

 ミルクティーみたいな髪の色にフワフワのパーマが可愛い、やんちゃ系イケメンだ。去年、俺様何様生徒会長様と一緒にショタ系美少年が卒業してしまい、嘆いていたショタコンのお姉様方の新たな希望となっている。

 ちなみに、こっちは年下オーラは出てるけどショタではない。背だってそれなりに大きいし、百八十ないくらい? でもこのフワフワの髪を撫で回したいとかで、同級生よりは年上に人気らしい。だが、私にはゴールデンレトリバーにしか見えない。

 それに、私は犬より猫派である。こんな大きな駄犬に懐かれて、迷惑極まりない。


「ユリ先輩、お昼一緒に食べませんか?」


 持ってきたお弁当箱を顔の横まで持ち上げながら、駄犬はにっこり笑った。

 先輩を付けているとはいえ、気安く下の名前で呼ばないでほしい。

 ほら見ろ、周りの女子の視線が鋭さ増したじゃん。何で気付かないの? 私のこと好きなら、もっとその辺気を遣いなさいよ。

 いっそ大声で言えたら楽なんだけど、今まで築き上げてきたイメージをここで崩すわけにはいかない。さて、どうやってかわすか……。


「ユリ先輩、俺とご飯食べるの嫌?」


 いつまでも何も言わない私に、藤堂くんの眉が垂れ下がる。しょぼーんとした顔文字が似合いそうな様子に庇護欲がそそられたのか、女の子の悲鳴がいくつか聞こえた。それだけでも普通の女の子には効果抜群なのに、さらに追い打ちをかけるように目の前にしゃがみ込む。そして……。


「俺、ユリ先輩と一緒ご飯食べたいなぁ」


 そんなセリフとともに、机に顎と指先を乗せて見上げてきた。気のせいか、犬の耳と尻尾のオプションまで見える。逆転した身長差による自然な上目遣いと年下をアピールしたおねだり。

 あざとい、このイケメンあざといよ。年下趣味の女の子たちが完全にやられてしまった。だが、こちらも負けてはいられない。


「そういう言葉は、好きな女の子に言ってあげなきゃ」


 そして、二度とこちらへは来ないで下さい。切実に。


「ユリ先輩、ソレわざとですか?」


「何のこと?」


 心底わからないという表情で首を傾げるが、わざとに決まってる。迷惑だってさっさと気付きなさい。

 机に肘を乗せて、駄犬が身を乗り出してくる。ちょっ、近い! すると、パンッという小気味いい音が教室に響いた。


「いってー」


「何をしている、藤堂」


「げっ、藤野委員長……」


 助かった。けど今度はお前か、ツンデレ。


「最近、どこぞの一年が二年の教室に押しかけて騒いでいると聞いてな。学内の風紀を乱す行為は慎んでもらおうか、藤堂」


「まぁ俺にも騒いでた自覚はありますよ」


 自覚あったのかよ。やっぱ駄犬だコイツ。誰か、ちょっとブリーダー連れてきて!


「でも」


 駄犬がスッと立ち上がった。成長途中の体はまだ頼りないが、すらりとしている。身長だけなら、ツンデレ委員長より高い。


「委員長自ら、注意に来なくてもいいんじゃないっスか?」


 さっきまでの犬っぷりをどこに置いてきたのか。挑発的な笑みを浮かべて、藤堂くんは藤野先輩を見下ろした。

 確かに、人に手伝い頼むくらい忙しいなら仕事してろよ風紀委員長。わざわざ下級生の教室に来なくてもいいじゃない。

 だが相手は氷の委員長様だ。あの手この手で言いくるめてくるに違いない。これから始まるであろう舌戦を思うと憂鬱になる。お願いだから、私のいないところでやってほしい。はぁ。

 さて、後輩くんの先制攻撃に対して委員長様はどう返すのかな……って、あれ?


「な! べ、別に他意はない。その……彼女には仕事を手伝ってもらっている借りがあるし、後輩が迷惑をかけているならそれを抑えるのが委員長である僕の役目だと思っただけで。断じて、篠原に会いたかったとかそんな、ううう浮ついた気持ちできたわけじゃ」


 何で赤面なんですか、先輩? まぁツンデレなのは知ってたよ。でもまさか、ストレートな物言いにも弱いとは、新事実発見! ってどうでもいいわ!

 藤堂くんも呆れちゃってるじゃん。本当、いつもの氷の委員長はどうしたの。あんたまで自分のキャラ見失ってんじゃないわよ。

 修羅場にはならなかったけど、そろそろいい加減にしてほしい。あ、そういえば。


「あの、私行かなきゃいけない所があるんだけど……」


 そう言うと、二人は同時に私のほうを向いた。実は仲いいだろお前ら!


「ごめんなさい、実は巻藤先生に呼ばれてて」


「危ないんで、俺も付いて行きます!」


 絶対くんな、犬。


「俺も行こう。別に、心配とかではなく、藤巻先生に用があるからであって……」


 めんどくさいわ、ツンデレ。

 なんとか二人を説得すれば、渋々ながらも納得してくれたようだ。教室を出て、周りに人がいなくなったところでため息をつく。

 はぁ、こっちもだけどあっちもマジめんどくさい。あのホスト教師もうっとおしいんだよなぁ。二人っきりとか、何か企んでるとしか思えない。自意識過剰とか言われようとも、去年一年間の経験上、絶対ないとは言い切れない。証拠を残さないのが上手いのよね、あのホスト教師。


 絶対今年中にセクハラで訴えてやるんだから。


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