04:アヤ、授業しろ
午後の暖かな日差しのなか、耳に心地の良いテノールが耳朶をくすぐる。
なんて、かっこよく言ってみたけど、ぶっちゃけ眠い。
だいたい、五限の一番眠い時間にこんないい声で英文読まれてみなさいよ。眠くならないほうがおかしいでしょ。
周りにも頭が揺れているのがチラホラいるし、完全に夢の世界へこんにちはしているのもいる。
訂正。どうやら眠そうにしているのは男子だけのようだ。女子は瞳を輝かせている。むしろ、机から身を乗り出しそうな雰囲気だ。あたしは教壇に目を向けた。
女子からの熱い視線を当然のように受け止め、流暢に教科書を読み上げるのは、我がクラスの担任様でもある巻藤センセイだ。
プリンにならず綺麗に染められた金髪は少し長めで、今日はハーフアップにしてある。伏し目になってさらに色気が増している目元は普段から涼しげで、一言で言えばクール系のイケメン。
スマートに着こなされたダークグレーのスーツは、細身の長身だから許されるデザインだろう。まぁ、見た目は完全にホストだけど。学校もよく採用したな。
しかしこのホスト教師、これでも授業はわかりやすいと評判である。帰国子女なので発音も綺麗だし、質問にも丁寧に答えてくれるので生徒の受けもいい。
なによりイケメンだから、女子の人気が凄まじい。ノリもいいし、あたしも良い先生だとは思う。ある一点を除いては……。
「じゃあ、今までの英文を訳してみろ。ユリ」
指された逆ハー女は立ち上がった。詰まることなく、日本語訳を読み上げる。
「パーフェクト。さすが、俺のユリだな」
おい、教師。何堂々と俺の物宣言してんだ。淫行で捕まるぞ。いや、むしろ捕まれ!
一人限定で見せる甘ーい笑顔に、喜び半分嫉妬半分と、教室内の女子の空気がざわついた。男子も憧れの美少女を口説く教師に良い顔はしないが、顔面偏差値の違いから表に出せないでいる。
そんな教室内の微妙な空気に気付かないのは、あの二人くらいだろう。
「じゃあ、このthisが何を指しているのかを田中、答えてみろ」
おわかりかと思うが、このホスト教師も逆ハー女に群がるイケメンの一人だ。
「ユリ」だなんて一人だけ名前呼びで、いかにも贔屓してますオーラが出ている。授業中も関係なく口説きだすのは本当に勘弁しろと叫びたい。それでも教師か。チャラすぎるだろ。
あ、今ウインクした。どうせ逆ハー女に向けてだろう。誰も見てないと思ったか。残念、あたしが見てました。
もう、あんなヤツはチャラホストでいい!教育委員会に訴えられてしまえ!
まぁ、それも時間の問題だろう。このチャラホスト、スキンシップが少々どころかかなり派手だからだ。
とにかく目に付いてしょうがない。ハグは当たり前だし、肩や手にはよく触っている。逆ハー女限定で。
はっきりと嫌がらないため、あっちも満更ではないのだろう。学校でイチャつくんじゃねぇよ。まじウゼェ。
教科書の続きを読み始めたチャラホストは、机の間を歩きだした。
間近を通るイケメンに女子は小さな歓声を上げ、船を漕いでいた男子はハッと目を覚ます。
そのとき、あたしは見てしまった。逆ハー女の頭を撫でる、チャラホストの姿を。
もうダメだコイツら。名残惜しげに髪の毛を弄っているチャラホストに見切りをつけ、癒しを求めて幼なじみを見る。
ナナはすでに夢の中へと旅立っていた。どうやら、教室内の悪い空気に気付かないのは三人いたようだ。聞けよ授業。だから成績が悪いんだよ。
はぁ、もう嫌だ。眠気は限界だし、あの二人はウザいし。
めんどくさくなったあたしは、机に突っ伏した。
寝よう。おやすみ。