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02:アヤ、可愛いもの

 可愛いものは好きだ。


 それが動物であれ小物であれ、等しく見ていて癒される。集めたり自分のものにしたいという独占欲はないけれど、愛でるのは個人の自由だし。

 そんなあたしが一番愛でているものは、目の前にいる幼なじみ。小柄な体はもちろんのこと、短い前髪が幼さを際立たせていて、あたしをなんともいえない気持ちにさせる。

 でも、本人はそんなこと知らないし気にしない。食べることにしか興味がないから。今もリュックから出したマシュマロを口いっぱいに放り込んでいる。

 ……はぁ、膨らんだ頬袋つつきたい。いいかな? いいよね。

 迷いは一瞬、あたしはそーっと指を近付けた。あと少し、あと少し。


「あ」


 後三センチというところで、ナナがこちらに振り向いた。伸ばした指は引っ込めることもできず、目の前の小さな鼻を押す。

 ナナからしたら、突拍子もない行動だったろう。気まずい雰囲気に、互いに無言で見つめ合う。普段からやる気のないナナの目が、さらに細められてあたしを見ていた。

 えーっと、言い訳したほうがいいのか? これ。表面上は笑みを浮かべながら、あたしは考え込む。でもそんな時間も経たないうちに、ゴクリという音が聞こえてきた。

 口いっぱいのマシュマロを飲み込んだナナは、すっきりした頬をしている。頬袋つつきたかった。なんて落ち込むヒマもなく、目の前の幼なじみはアゴをしゃくった。

 何、前見ろってこと? 飲み込んだなら口で言えばいいじゃん。言いたいことはあったけど、促されるまま顔を向ける。なんでか逆らえないんだよな。まぁ理由はわかってるんだけど。妙にくすぐったい気持ちになったあたしは、振り向いた先に見えた光景に、気分が急下降した。


「うげっ」


 思わずそんな声を出してしまったことは許してほしい。だって、それくらい嫌な光景だったんだから。

 ナナの可愛さに癒されていた気分が霧散してしまった。きっと、目を逸らしてしまえば楽なんだろう。でも、それだとなんだか負けた気がする。だからあえて、あたしはガン見することにした。


 目の前の光景もとい、あたしが人生で二番目に気に食わない人物を。




 ■□■□■




「ししし、篠原さん、おはよう」


 背後からかけられた声に、ソイツは振り向く。その動きにワンテンポ遅れて、艶やかな黒髪が背中の辺りで揺れた。


「おはよう」


 ぱっちり開いた目を柔らかく細めて、ソイツは笑う。そうすれば、声をかけた男子は首まで真っ赤にした。周りのヤローどもも色めき立つが、反対に女子は殺気立つ。

 そんなことにも気付かないバカな男子が一人、また一人とソイツの元に集まってきた。

 教室の入り口で男子に囲まれた逆ハー女。学校のマドンナ、美少女、優等生。ソイツを表す単語は、集った男子にでも聞けば山ほど出てくるだろう。成績優秀、たおやかな大和撫子で誰にでも分け隔てなく接する人格者。

 だがはっきり言おう。あたしは、この篠原百合が大嫌いだ。

 だって気に食わないじゃん。人の良さそうな顔して、「私は平等ですー」とか言いながらいっつも男子を侍らせている。お前はお姫様か。

 人格者ってのも怪しいし、絶対に心の中でバカにしてるわ、アレ。

 なによりタチ悪いのが、学校のイケメンどもは全員アイツに夢中ってことだ。どこの乙女ゲームですか、って感じ。馬鹿じゃないの?

 言っておくが、嫉妬乙ではない。あたしにそんな趣味はない。こうしてイライラしている間にも、すれ違う男子がヤツの話をしている。


「篠原さん、今日も可愛いな」


「あぁ。無駄に化粧してる女子より全然いいよな。篠原さんって、あんま化粧してないだろ?」


 はっ。これだから彼女いない歴=年齢のやつは。

 あんなの、めちゃくちゃ化粧してるに決まってるじゃん。手間ひまかけて、ナチュラルにみせかけてるんだよ。特に肌が一番ウソくさい。

 あぁー、新学期からキラキラ愛想を振りまいている逆ハー女も、それに鼻の下を伸ばしている男子も気に食わない。だいたい、あんな女のどこがいいんだか。

 アイツ、絶対友達いないわ。周りの殺気立つ女子を見てればわかる。ぼっちざまぁ。


「アヤー、顔、顔」


 ナナの声にハッとして、あたしは自分の頬を押さえた。

 ヤバイヤバイ。あの逆ハー女のせいで、顔が人様に見せられないくらい歪んでいたようだ。頬を手のひらでムニムニと揉んで、気持ちを入れ替える。


「よし、復活。可愛い?」


「かわいいかわいい」


 そう言いながら、こちらを見もせず指でマシュマロをふにふにといじっている。せっかくポーズまで決めたのに。


「てかさ、何やってんの? ナナ」


「んー?」


 横に縦に、時には転がしたり。マシュマロを弄ぶ指は止まらない。もしや……。


「えーっと、飽きた?」


「……」


 返事がない。どうやら図星のようだ。


「ねぇ、逆ハー女の存在を教えたのナナだよね。自分から振っといて飽きるって酷くない?」


 詰め寄るあたしを他所に、ナナは今度はマシュマロを唇に当てていじり始めた。なにそれ、可愛い。いやいやいやいや。


「なら言わなきゃよかったじゃん。そしたらあたしも、朝から嫌なもの見なかったし」


 そんな恨み言も、この幼なじみには意味がないのだろう。弄んでいたマシュマロを口に入れ、その甘さと柔らかさを舌で堪能している。

 はぁ。あたしは諦めて顔を上げた。嫌な光景が近付いてくる。逆ハー女は教室に入ろうとしたところで男子に囲まれていた。つまり、あたしたちの教室の入り口前でかたまっているのだ。

 通行の邪魔だろうが。なんて口にするのも億劫だ。まだイケメンたちがいないだけマシだと思おう。アイツらのキャラの濃さは、面倒以外の何物でもない。なるべく目を合わせないように、邪魔な集団の横を通り過ぎる。

 前に行かせたナナが少し俯いているせいか、切り揃えられた襟足からうなじが覗いていた。

 首、細いなぁ。白くて折れてしまいそうなそこに手を伸ばしたくなる。慌てて目を離せば、次は逆ハー女が視界に入った。向こうはこっちを見ていない。男子の相手で忙しいようだ。

 ならあたしも、関わりあいになりたくないクラスメートから目を逸らす。


 うん。逆ハー女より、あたしの幼なじみのほうが可愛いわ。


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