大きな時計塔② 奏でる音
白い猫がいた。なんの変哲もないただの猫。しかし、ある日猫は酷い傷を受ける。
その傷はとてもとても深く心の奥底に刻まれたのだった。その傷からはドロリとした嫌な気色悪い液体が噴出し、やがて白い猫は黒猫になった。
黒猫になったその子はその黒い足跡を白い世界に残していき、そして、そこから次々と影が生まれた。世界は影に包まれていった。
光が見えたのは...そんな時。
「セレネっ!また来たよ!」
「また来たのかお前は。何度言えば解る?もう来るなと言ったはずだぞ。」
「何言ってんだよ!来るに決まってんじゃん?俺、この時計気に入ったんだ!!」
「この古時計が気にいっただと?笑わせるな。こんなボロ時計のどこがいいんだ」
「セレネは分かってないな~。もう何十年も故障一つしないでキンピカのままって、不思議じゃん?!」
「あたりまえだ。私がいるのだから。」
「はえ?なんですと??いるから??」
「わかっているだろう?私はお前らのようなか弱い生物ではないのだ。元々ある目的のために我々は作り出された。そして生まれた我らは...」
「ちょっとまった。我らって事は、もしかしてセレネのような子達が他にいるの?ある目的って何??それって、君がこの時計にいることと何か関係してるの?」
「...」
「まだ話す気になれないの?俺、もう15あるから、色々話してくれても...」
「ふん。15だと?笑わせる。まだまだガキだ。」
「ムカ!~~!はぐらかそうとしないでよね!!」
「...そうだな...」
そこでやっとセレネは重く閉ざした自らの一部をイアンに打ち明ける事にした。もし、これで駄目だったら全て諦めるような覚悟。
きっと、この少年に全てを託してもいいと思ったのだろう。その声はいつもの重たさは微塵もなく、スッキリとさえ感じられた。
「あれは100年前にさかのぼる。」
一人の女がいた。ただの人間の女だ。その心は白く、優雅な身のこなしは、まるで白猫のよう。女はいつも笑っていた。だがある日、やつを酷く痛めつけた者達がいた。
その女の家族の者だった。
その傷はとてもとても深く心の奥底に刻まれたのだった。その傷からはドロリとした嫌な気色悪い感情が噴出し、そいつの白い心は次第に黒く染まっていった。
憎しみと言う、黒い感情は、そいつを黒く染め上げ、その女は次第に誰も彼も傷つけるようになっていった。時には言葉ではなく、肉体的に。
女はもう、ただの人間を止めた。自分をさらに黒く改造していき、そして、死なない体となった。女は誓っていた。永遠に人を苦しめつずける...と。
もう、誰も信じないと。
だが、そんな奴にもまだしも心が残っていた。その心はたった一つの感情を殺さないでもっていた。
「それって、もしかして愛情??」
「そんな綺麗なモノじゃなかったんだ。あいつの中にはもう信じる心さえ失われていたのだから。」
「じゃ、なに?」
「...女が、まだ持っていた感情は、ただ一つ。」
「なになに??」
「...孤独。」
そう、彼女は気ずいてしまった。どんなに黒く染まっても、どんなに心を捨てようとしても、孤独という感情だけは殺しきれない...と。
改めて周りを見ても、すでに皆彼女を諦めていた。誰も近ずかなくなったんだ。そう、それを望んでやっと手に入れたのに、手に入れた瞬間、自分の本当の欲しいものじゃないと解ったんだ。でも、もう遅すぎた。
彼女は死なない体を利用して、自分の記憶と力を数万個の生み出した器に移した。それが我らだ。
無くしてしまった感情を、心を取り戻すため、永い眠りにつく前に彼女らに人間達を守るように命令した。自分で黒く染めた世界を白くしろと命令した訳だ。
孤独が彼女になんかしらの心の変化を行なった。だから、彼女は自分の娘たちをそれぞれの町や村に隠し、眠ると同時に彼女らが目を覚ます仕掛けになっていた。
「でもさ、それなら君もココから出てもいいんじゃない?皆を守るためでしょ?」
「...問題はその後起きた。」
「え?」
「人間達はそいつらを戦争の道具として使った。」
「...え?」
「私が目を覚ます前に、他の彼女達の記憶が入ってきたから、それは間違い無しだ。我らは、記憶を共存できるからな。もちろん、眠っている他のやつらにも、母なる女にも。」
私が最初に作られたのだが、一番最後に目を覚ましたといってもいい。起きた時はもうすでに80年過ぎていた。起きても、私は出られなかった。母が、この中に封印したからだ。母は私に夢越しに語りかけることが多かった。
彼女は言った。私は一番に母に近い心と力が宿ってしまったと。
ゆえに、世界を破壊しかねない。ある条件が重なった場合、解かれると。
一つ目の条件は、心許せる友を作ること。
二つ目は、その友が危機に陥った時
三つ目は、友を守れる心を持つ事。
だが、私は知っていた。私の一つ前の姉は、壊れる前に私のために鍵を作っていた。
私は、母の言いつけを破り、あいつに、シンに、開けさせた。
「そ、それで、どうなったの?」
「...感情がうまくコントロール出来なかったのだ。いつも不安定で...そしてある日、私は暴走した。皆、怖がってしまって。ある日、うまく罠にかかって戦争の道具として使われた。」
そこで、感じたのだ。寂しい、苦しいと。助けて...と。
敵をなぎ払う事でわかった。誰もが救いをもとめて戦っていると言う事を。
その戦争から救い出してくれたのが、シンだった。
私はお願いしたのだ。『元の場所へ私を封印してくれ』と。鍵は捨てろとも。
そのかわり、私は歌いつずけると。この世から戦いが終わるように祈りの歌を。
「そっか。でもさ、あんがとね!俺に話してくれてさっ!!」
「そうだな。お前と話すのは意外と面白い。色んな事がどうとでもよくなってくる。」
「それ、誉められてる気がしないんだけど?」
「ああ。誉めてないからな。」
その時、突然、地響きが起こった。揺れる床にやっと立つイアン。
「な、なんだこれ?」
「...恐れていた事が起こったらしい。」
「え?」
「私の姉が暴走し始めた。まだ残っていたとは、驚きだ。不の感情が流れてくる...誰かに裏切られたんだ。」
「ええ??!何とかできないの??」
二人が話していた正にその時、幾人もの兵士たちが時計塔に駆け込んできた。
「ここが最後か?!」
彼らの話す声が聞こえる。イアンはとりあえずシンの倒れ掛かっていた机に身を潜ませた。
「はい!彼女に立ち向かうにはやはり、同じ作られたもの同志、マリオラ達同士です!!他のマリオラ達は残ってないと思われます!!」
「マリオラ...それが彼女達の呼び名かな?」
「おい!!マリオラ!!そこに居るのは解っている!!返事をしろ!!」
「...」
こんな時、呼ばれて返事をする訳ないでしょう。と、イアンも思っていた。のだが。
「貴様ら、即刻立ち去れ。」
えええEEEEぇぇぇぇ?!ちょっとセレネさあああぁぁぁん?!
「この時計の中か!!開けろ!!」
すぐさま一人の兵士がこじ開けようとしたが、急に電撃が時計の周りに出現した。
「開ける事は不可能。私は母に封じられた。私の力でも無理だ。」
「くそ!じゃあ、我々はどうすればいいのだ?!我々だけじゃあやつを止める事は不可能だ!!!」
「いいではないか。お前達が蒔いた種だ。お前達で狩るがいい。」
ドン!と言う音と共に彼女はやってきた。その長い炎のポニーテールをなびかせながら。兵士達が無理に戦うが、彼女の振るう赤い大鎌とその戦闘力にはまったく歯が立たなかった。
と、突然、隠れているはずのイアン目掛けて彼女が大鎌を振るう
「ちょっ?!とばっちり~い?!」
一体何故。誰もが思った事だった。
ザク!
赤い液体が宙に舞った...
③へつずく