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Short Short Circuit

並走時間

作者: 境康隆

 電車の車窓から見える流れゆく景色。

 僕はそれが好きだ。

 通勤で毎日乗る電車。その代わり映えのしない風景。それを僕はドア付近に立って堪能する。

 いや実際は毎日少しずつ変わっているのだろう。だが僕はその変化にはなかなか気づけないでいる。

 工事をしているなと思っていたところが、気がつけば立派なビルになっていたりする。逆に知らないうちに取り壊されている家もある。

 いつの間にか紅葉している木々などもそうだ。

 その変わり目を、僕はいつも見逃す。

 所詮風景だからだろうか。かかわりのない重ならない時間だからだろうか。

 僕は言わば時間と並走しているはずなのに、その車窓の時間的な変化に気づくのはいつも劇的に風景が変わってからなのだ。

 思えば僕は代わり映えのしない日常に憂いていたのかもしれない。同じに見えてやはり日々変化していて欲しいと思っていたのだろう。

 だがその景色も予告もなしに、劇的に変われば話が違ってくる。

 それは例えば並走する他路線の電車のダイヤ改正などだ。

 僕の乗る電車は二つの駅の間を他の鉄道の路線と並走していた。

 今までは特にかち合うこともなかった。ただ、余所の会社の線路があるなぐらいの風景だった。だが今度のダイヤ改正で劇的に変わってしまった。

 その駅を出るとしばらく互いの電車が並走するのだ。それもかなり近い距離で。向こうの乗客の表情すら見える程近くで。そしてそれが気まずくなる程長く、同じ速度で並走する。

 いや気まずいよりも何よりも、その電車は僕の楽しみを邪魔している。僕の好きな流れゆく景色を遮ってしまっている。

 僕は毎日同じに見えて少しずつ変わっていく景色が好きなのだ。その景色の変わりように気づけなくとも、むしろその裏切られたような変化に驚かされることが好きだったのだ。

 だが流れゆく車窓の景色が並走する電車ではそんな楽しみもあり得ない。毎日同じ車両なのか、それとも毎日違う車両なのか。無論調べる気になどならない。

 乗客も同じだ。毎日同じ乗客なのか、それとも毎日違う乗客なのか。毎日同じ車両に乗る人もいるだろう。だが毎日同じ人しか乗っていない訳もない。

 そう、つまらない景色だと思っていた。だから僕はその変化に気がつくのが遅れた。

 変化?

 その変化は風景のことだろうか? それとも僕自身このことだろうか? 僕にも分からない。

 それは毎日見かける並走列車の窓際に立つ女性のことだ。初めはただの一乗客だった。風景の一部だったと言ってもいいだろう。

 いつ僕にとって特別な女性に変わったのだろう。その人がその車両にいると、僕はとてもほっとするのだ。今日もいた。ただそれだけのことに、とても心が安らいだ。

 僕の気持ちの変わり目はいつだったのだろう。やはり分からない。いつの間にか紅葉していた木々のように、彼女の存在はその風景の中で特別な色をある日放っていた。そう、そこに特別な女性がいるという変化が起こっていた。

 だがもっと劇的な変化が僕を待っていた。電車が並走する短い時間。その以前は長く感じた短い時間に、彼女はチラチラと僕の方を窺うのだ。

 自意識過剰と笑ってもらって構わない。

 電車に乗った僕達は窓を二枚挟んでしばし並走する。僕たちの時間が並走する。

 僕の目は彼女に釘つけになり、彼女はやはり時折僕の方を見る。

 失礼かと思う時もある。偶然並走する電車の窓から、見ず知らずの男が見つめているのだ。失礼を通り越して不審かもしれない。

 勿論思い上がりかもしれない。僕は向こうの電車から見て、やはりただの風景の一部なのかもしれない。

 二人の時間はやはり並走するだけで、重なってなどいないのかもしれない。

 だが彼女はもう一度劇的に変化した。ある日並走する僕を見て微笑んだのだ。

 僕は思い切って行動に出た。いつもの電車を利用せず、次の日向こうの電車に乗ったのだ。

 会社は休んだ。

 それぐらい当然だと思った。やはり変わったのは、風景ではなく僕自身なのだ。

 僕は演劇の主役になった気分で彼女がいつもいる窓際に向かった。

 そこで待っていたのは更に劇的な変化だった。

 彼女はそこにいなかったのだ。

 その時の僕の驚きはもはや語るまい。もっと驚いた景色が直ぐに目に飛び込んできたからだ。

 それは僕がいつも乗っている電車。そちらの車窓の向こうで、彼女が困った顔をして笑っていた。

 僕は次の駅で降りる。彼女もそうしてくれる。

 僕は代わり映えのしない日常を変える為、並走する二人の時間を重ねることにした。

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