復讐のドレスは血の色に染まる
夫の不倫相手が押しかけてきた。頭が痛い。
「ジゼル様、私、あなたと同じドレスを着てみたんですぅ」
確かにデザインは同じドレスだったが、糸の色など微妙に違う。私のドレス、わざわざ職人に作らせているから一点ものなんだけど。
「どう? 私の方が綺麗でしょぉ?」
ツンと顎をあげ、見下してきた。確かこの不倫女、風俗出身だ。まだ二十五歳ぐらいだろうが、首周りが骨っぽく短い。おかげで真珠のネックレスが首輪みたくなってる。夫は不倫相手のことを犬と呼んでいたから、よく似合ってる。
「ええ。素敵よ。今すぐ私と同じく伯爵夫人にもなれるわぁ」
「まあ、奥さま。私はもっと上も目指せますから。あなたの夫も必ず奪うわ」
ふんっと鼻の穴を開き、そう言い残すと帰っていく不倫女。どっと疲れた。
「奥様、大丈夫です?」
そこのメイドがやってきた。まだ若いメイドだ。不倫されている私にも同情的だった。
「大丈夫じゃないわぁ。本当に頭が痛いわね」
「奥様の方がずっと綺麗です。白鳥のように品があるし、白いドレスなんて奥様の為にあるようなもんですよ」
「そうかしら」
「背筋を伸ばしてください、奥様!
なぜかメイドに応援されてしまったが、夫との関係は冷え切ってる。たとえ不倫女がいなくなろうとも、変わらない事実。夫のことを思うと、心まで萎え果てそう。
そんな毎日を送っている時だった。例の不倫女が殺されたらしい。犯人はあっさり見つかった。風俗の元顧客だった。金銭トラブルも絶えず、あちこちに恨みを買っていたらしい。警察も一応事情を聞きにうちの屋敷にまで来たぐらい。残念ながら私も夫も殺害事件当日、貴族連中のお茶会に出席していたので疑われずに済んだが。
しかし話はそこで終わらなかった。風俗店がある貧困街の周辺で、例の不倫女の幽霊が出没しているという。しかも血だらけのドレスを身につつみ、私への恨み言を叫んでいるという噂。
「はぁ、まいったわ。どうしてこんな噂が流れているのかしら。しかも私があの女を殺したっていうデマまで流れているの……」
伯爵夫人として清く正しく生きてきた。夫の不倫も世間体を気にして公にはせず、ずっと絶えてきたのにこの仕打ちだ。
「奥様。そんな幽霊なんて絶対嘘ですって。誰かが意図的にやっているんでしょう」
「それって誰?」
この若いメイドだけが味方だったが、噂を調査して真相を解明したら良いとけしかけてきた。
「そんな調査だなんて……。無理よ、探偵じゃないわ、私」
「だったら探偵に依頼しましょう。例のサレ妻で有名なフローラ・アガターに依頼するんです」
メイドは耳元でそっと囁く。
「フローラってあの?」
貴族界隈では悪名高い公爵夫人だった。私と同じように不倫されていたが、あろうことか愛人を調べつくす、殺人事件まで解いてしまったらしい。今はその経験を活かして探偵をやるぐらいの変わり者。見た目もきつい美女。悪役女優として舞台に立つ仕事もしているらしい。
正直、フローラみたいな変わり者、あんまり関わりたくなかったが、不倫女の幽霊の真相がわかるかもしれない。
フローラの探偵事務所に出向いた。見た目は普通の事務所だ。
「そう。浮気女が殺されて、その幽霊が出ていると」
キッツイ美女のフローラ、とっつきにくい。
「しかも血だらけのドレスねぇ……。大方浮気女の身内があなたに逆恨みし、評判を落とすのが目的でしょう」
「そ、そうかしら?」
「わかったわ、すぐに調査しましょう。汚名は必ず晴れるわ」
キッツイ美女なのに目は案外優しいから不思議なものだ。
「ありがとう、フローラ夫人」
素直にお礼を言うほどだったが、その二週間後。調査報告書ができたという。再びフローラの事務所に出向く。
「あんまり良い報告じゃないわよ。覚悟して」
「え、ええ」
フローラから調査報告書を受け取った。ざっと目を通す。すぐにフローラが言いたいことがわかった。
犯人は夫の過去の不倫女だった。まだ私を逆恨みし、殺された不倫女を利用し、噂をばら撒いていたらしい。わざわざドレスもインクで染め、人形に着せて幽霊に見せていたという。
「はぁ……」
ため息が出る。しかも犯人、また夫に接触し、ちょっかいまでかけている。
「一体どこまで私を苦しめるのかしらねぇ……」
「ジゼル様、お察ししますわ」
同じサレ妻同士、フローラの声は優しい。でもそれだけでもなかった。
「負けないで。あなたは若く、美しいわ。見てよ、この不倫相手の似顔絵。シワシワの魔女みたいじゃないの。下品ねぇ。ネックレスも奴隷の首輪みたい。こういうのはあなたみたいな首がスッとした人がつけないと」
フローラの声を聞いていたら、視界がぼやけてきた。
「案外、白いドレスじゃなく、挑発的な血の色のドレスも似合うじゃないの? 今度のパーティーで着てみたら?」
「そうね……。でもその前に離婚もしたいかも」
「いいじゃないですか。離婚しちゃったら?」
目も痛く、鼻の奥も痛いが、決めた。もうこんな苦しいのなら、離婚しよう。
離婚はあっさり成立した。貴族界隈では離婚は歓迎されない。世間体は悪かった。陰でヒソヒソと噂され、夫に同情的な声まであったが、そんなある日、パーティーが開かれ、私も招待された。
さて、どのドレスを着ていこうかしら?
ふと、目に止まったのは真っ赤なドレス。血のように真っ赤。胸元も開き、デザインは大胆。似合わない気がして一度も着てこなかったが。
フローラの言葉を思い出した。そうだ、今こそこのドレスを着るべきかもしれない。
メイドにメイクや髪もやってもらい、最後に首に真珠のネックレスもつけた。
「まあ、お似合いです!」
自信なんてなかったが、メイドの声を聞いていたら背筋が伸びてきた。
「ありがとう!」
うんと背筋を伸ばし、堂々とパーティー会場に向かう。最初はクスクスと噂をしていた貴族連中だったが、私を見かけた令嬢たちが歓声を上げていた。
「わぁ、その真っ赤なドレス、素敵!」
「お似合いですよ!」
「綺麗!」
あっという間に令嬢たちに取り囲まれてしまった。視界の隅で元夫が歯軋りしているのが見えたが、どうでもいいか。
その後、私のドレスは令嬢たちの間で話題になり、私の悪い噂は一掃された。隣国からも縁談が多数来ているらしい。




