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異世界恋愛・短編小説

復讐のドレスは血の色に染まる

作者: 地野千塩
掲載日:2026/09/20

 夫の不倫相手が押しかけてきた。頭が痛い。


「ジゼル様、私、あなたと同じドレスを着てみたんですぅ」


 確かにデザインは同じドレスだったが、糸の色など微妙に違う。私のドレス、わざわざ職人に作らせているから一点ものなんだけど。


「どう? 私の方が綺麗でしょぉ?」


 ツンと顎をあげ、見下してきた。確かこの不倫女、風俗出身だ。まだ二十五歳ぐらいだろうが、首周りが骨っぽく短い。おかげで真珠のネックレスが首輪みたくなってる。夫は不倫相手のことを犬と呼んでいたから、よく似合ってる。


「ええ。素敵よ。今すぐ私と同じく伯爵夫人にもなれるわぁ」

「まあ、奥さま。私はもっと上も目指せますから。あなたの夫も必ず奪うわ」


 ふんっと鼻の穴を開き、そう言い残すと帰っていく不倫女。どっと疲れた。


「奥様、大丈夫です?」


 そこのメイドがやってきた。まだ若いメイドだ。不倫されている私にも同情的だった。


「大丈夫じゃないわぁ。本当に頭が痛いわね」

「奥様の方がずっと綺麗です。白鳥のように品があるし、白いドレスなんて奥様の為にあるようなもんですよ」

「そうかしら」

「背筋を伸ばしてください、奥様!


 なぜかメイドに応援されてしまったが、夫との関係は冷え切ってる。たとえ不倫女がいなくなろうとも、変わらない事実。夫のことを思うと、心まで萎え果てそう。


 そんな毎日を送っている時だった。例の不倫女が殺されたらしい。犯人はあっさり見つかった。風俗の元顧客だった。金銭トラブルも絶えず、あちこちに恨みを買っていたらしい。警察も一応事情を聞きにうちの屋敷にまで来たぐらい。残念ながら私も夫も殺害事件当日、貴族連中のお茶会に出席していたので疑われずに済んだが。


 しかし話はそこで終わらなかった。風俗店がある貧困街の周辺で、例の不倫女の幽霊が出没しているという。しかも血だらけのドレスを身につつみ、私への恨み言を叫んでいるという噂。


「はぁ、まいったわ。どうしてこんな噂が流れているのかしら。しかも私があの女を殺したっていうデマまで流れているの……」


 伯爵夫人として清く正しく生きてきた。夫の不倫も世間体を気にして公にはせず、ずっと絶えてきたのにこの仕打ちだ。


「奥様。そんな幽霊なんて絶対嘘ですって。誰かが意図的にやっているんでしょう」

「それって誰?」


 この若いメイドだけが味方だったが、噂を調査して真相を解明したら良いとけしかけてきた。


「そんな調査だなんて……。無理よ、探偵じゃないわ、私」

「だったら探偵に依頼しましょう。例のサレ妻で有名なフローラ・アガターに依頼するんです」


 メイドは耳元でそっと囁く。


「フローラってあの?」


 貴族界隈では悪名高い公爵夫人だった。私と同じように不倫されていたが、あろうことか愛人を調べつくす、殺人事件まで解いてしまったらしい。今はその経験を活かして探偵をやるぐらいの変わり者。見た目もきつい美女。悪役女優として舞台に立つ仕事もしているらしい。


 正直、フローラみたいな変わり者、あんまり関わりたくなかったが、不倫女の幽霊の真相がわかるかもしれない。


 フローラの探偵事務所に出向いた。見た目は普通の事務所だ。


「そう。浮気女が殺されて、その幽霊が出ていると」


 キッツイ美女のフローラ、とっつきにくい。


「しかも血だらけのドレスねぇ……。大方浮気女の身内があなたに逆恨みし、評判を落とすのが目的でしょう」

「そ、そうかしら?」

「わかったわ、すぐに調査しましょう。汚名は必ず晴れるわ」


 キッツイ美女なのに目は案外優しいから不思議なものだ。


「ありがとう、フローラ夫人」


 素直にお礼を言うほどだったが、その二週間後。調査報告書ができたという。再びフローラの事務所に出向く。


「あんまり良い報告じゃないわよ。覚悟して」

「え、ええ」


 フローラから調査報告書を受け取った。ざっと目を通す。すぐにフローラが言いたいことがわかった。


 犯人は夫の過去の不倫女だった。まだ私を逆恨みし、殺された不倫女を利用し、噂をばら撒いていたらしい。わざわざドレスもインクで染め、人形に着せて幽霊に見せていたという。


「はぁ……」


 ため息が出る。しかも犯人、また夫に接触し、ちょっかいまでかけている。


「一体どこまで私を苦しめるのかしらねぇ……」

「ジゼル様、お察ししますわ」


 同じサレ妻同士、フローラの声は優しい。でもそれだけでもなかった。


「負けないで。あなたは若く、美しいわ。見てよ、この不倫相手の似顔絵。シワシワの魔女みたいじゃないの。下品ねぇ。ネックレスも奴隷の首輪みたい。こういうのはあなたみたいな首がスッとした人がつけないと」


 フローラの声を聞いていたら、視界がぼやけてきた。


「案外、白いドレスじゃなく、挑発的な血の色のドレスも似合うじゃないの? 今度のパーティーで着てみたら?」

「そうね……。でもその前に離婚もしたいかも」

「いいじゃないですか。離婚しちゃったら?」


 目も痛く、鼻の奥も痛いが、決めた。もうこんな苦しいのなら、離婚しよう。


 離婚はあっさり成立した。貴族界隈では離婚は歓迎されない。世間体は悪かった。陰でヒソヒソと噂され、夫に同情的な声まであったが、そんなある日、パーティーが開かれ、私も招待された。


 さて、どのドレスを着ていこうかしら?


 ふと、目に止まったのは真っ赤なドレス。血のように真っ赤。胸元も開き、デザインは大胆。似合わない気がして一度も着てこなかったが。


 フローラの言葉を思い出した。そうだ、今こそこのドレスを着るべきかもしれない。


 メイドにメイクや髪もやってもらい、最後に首に真珠のネックレスもつけた。


「まあ、お似合いです!」


 自信なんてなかったが、メイドの声を聞いていたら背筋が伸びてきた。


「ありがとう!」


 うんと背筋を伸ばし、堂々とパーティー会場に向かう。最初はクスクスと噂をしていた貴族連中だったが、私を見かけた令嬢たちが歓声を上げていた。


「わぁ、その真っ赤なドレス、素敵!」

「お似合いですよ!」

「綺麗!」


 あっという間に令嬢たちに取り囲まれてしまった。視界の隅で元夫が歯軋りしているのが見えたが、どうでもいいか。


 その後、私のドレスは令嬢たちの間で話題になり、私の悪い噂は一掃された。隣国からも縁談が多数来ているらしい。

 

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― 新着の感想 ―
白いドレスから真っ赤なドレスへ変わるところが印象的でした。最後に背筋を伸ばして会場へ向かうジゼルの姿が気持ちよかったです。
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