勇者しかいない世界で、俺は魔王だった
本作は一話完結の物語です。
『あなたは魔王です』
女神が言った。
俺は……そうだ。
魔王アルベルト。
史上最強の魔王。
……のはずだ。
「なぜだ」
俺は頭を押さえた。
「記憶がところどころ欠けている。俺はなぜ、こんな場所にいる?」
『記憶欠損です』
「なに?」
『魔王様の場合、だいぶ重めですね』
「ふはは!」
俺は笑った。
「その程度、魔王城の万能薬を飲めばすぐ治る」
俺は女神を睨みつけた。
「おい、女神とやら」
『はい?』
「貴様が勇者どもを始まりの町に送り出し続けたせいで、
我が魔王軍は滅び、俺はとうとう死んでしまった!」
『おめでとうございます』
女神は両手を合わせた。
『大変喜ばしいことです!』
「喜ぶな! 祝辞はいらぬ!」
俺は吠えた。
「俺を始まりの町へ送れ」
『えぇ〜。嫌ですよ。ここにいればいいじゃないですか』
「送れ」
『嫌です』
「送れぇ!」
女神は小さくため息を吐いた。
『でも……本当にいいのですか?』
「決まっている。冒険者どもを血祭りにあげてくれるわ!」
『それは……楽しみですね』
女神は笑った。
『では、お送りします』
「何だ。妙に聞き分けが良いではないか」
『テレポート』
視界が白く弾けた。
◇
目の前に、街が広がっていた。
始まりの町。
どれほど攻め込もうとしても辿り着けなかった、勇者誕生の地。
そこに今、俺は立っていた。
「ふはは……!」
広場の真ん中に、いかにも勇者らしい若者がいた。
腰には剣。背には盾。
「我は魔王アルベルト!」
名乗ると同時に、魔法弾を放つ。
魔法弾が勇者に直撃した。
「ガハッ!」
勇者は吹き飛ぶ。
だが、立ち上がった。
「生きているのか?」
恐ろしく頑丈な勇者だ。
いや、よく見ると隣にも勇者がいた。
さらに隣にも。奥にも。路地にも。店先にも。
「……なんだ、この町は」
勇者が次々とこちらを見る。
「ふはは! 束になったところで、貴様らに勝ち目はない!」
一人の勇者が、空を埋め尽くすほどの雷撃を放った。
「効かん!」
俺は重力魔法で軌道をねじ曲げ、地面を岩塊として撃ち返す。
勇者たちが吹き飛んだ。
「ふはは! 弱い!」
その直後、背筋に寒気が走った。
「なにぃ!? 背後に回ったか!」
小刀を握った勇者が、俺の背後を狙っていた。
「ならば毒霧を喰らうがいい!」
黒い霧が広場に広がる。
勇者たちは次々と膝をついた。
「ふはははは! 弱すぎる!」
その時、ぽん、と肩を叩かれた。
振り返る。
僧侶が立っていた。
いや、違う。
僧侶っぽい勇者だった。
「ヒーリング」
街全体が治癒魔法に包まれ、倒れていた勇者たちが一斉に起き上がった。
「くっ……ただの僧侶が、これほどの範囲を回復できるはずがない!」
僧侶は穏やかに微笑んだ。
「もう争いはやめましょう、魔王」
その腰にある剣が目に入った。
あの形。あの光。
「お前は、俺を倒した勇者か!」
最後の戦い。
聖剣。
眩い光。
俺を貫いた、勇者の姿。
だが、顔だけが思い出せない。
僧侶は首を横に振った。
「私は、その勇者ではありません」
「では、なぜ同じ剣を持っている!」
「孫ですので、これは借り物です」
「孫!?」
俺は周囲を見渡した。
農具を持つ老人。
買い物袋を下げた主婦。
宿屋の親父。
パン屋の娘。
犬を連れた少年。
……いや、違う。
少年を散歩させている犬。
全員が、異常な覇気をまとっている。
「まさか……こいつら全員が……勇者か?」
どこからともなく女神の声が響く。
『ピンポーン! 大正解です!』
「数は……八十といったところか」
『いえ、町内だけでも三千人くらいいます』
「多すぎるだろうが!」
『今は空前の勇者ブームなんです』
「ブームで勇者になるな!」
『伝説の勇者に憧れて、勇者はもう生活の一部扱いですね』
「では、エルフ族とドワーフ族は!? ただの弓好きの森の民と鍛冶工だったはずだろう!?」
『今では立派な勇者です』
「なん……だと……!?」
『毎日、魔王様を模した銅像を試し撃ち、試し斬りしていますよ』
「俺を練習台にするな!」
俺は歯を食いしばった。
だが、たかが勇者。
何人集まろうと、魔王である俺を殺すことなどできない。
「いいだろう。本気の我を見せてやる」
空が暗くなる。
魔力が渦を巻き、はるか上空から巨大な隕石を呼び寄せる。
「この街を存在ごと消す!」
俺は叫んだ。
「グラビティユニバース滅茶苦茶メテオストライク!!」
名前は今考えた。
だが強そうなので問題ない。
空に巨大な隕石が現れる。
「ふはははは! 灰になるがいい!」
その時、光が飛んできた。
水の魔法。
炎の魔法。
風の魔法。
光の矢。
聖剣の斬撃。
それらが一瞬で千、二千、三千と増えていく。
隕石が削られていく。
「……おい、女神」
俺は震える声で言った。
「まさか、この世界には」
『勇者を送りすぎてしまいまして……』
女神の声は気まずそうだった。
『Y世代しか残ってないんですよねー(笑)』
「何だ、その世代は!?」
『勇者世代です』
「笑いごとではない!」
巨大な隕石は砕かれた。
最終的に、俺の真上に拳大の隕石だけが残る。
俺は指を鳴らした。
魔王らしく、格好よく消滅させるためだ。
ぱちん。
消えない。
「……ん?」
ぱちん。
消えない。
「なぜだ!?」
町中の勇者たちが、俺を中心にバリアを張っていた。
半透明の壁が四方から押し寄せ、逃げ道を塞ぐ。
「待て。これは、ただの防御魔法ではない……檻か!?」
拳大まで削られた隕石は、なおも赤熱し、重力をまとって落ちてきた。
避けようとした瞬間、足元が氷に縫い止められる。
「待て待て待て待て!」
だが、内側からなら破壊できるはずだ。
「ウルトラ究極ライトニングビーム!」
天を貫く一撃の光。
全てのバリアが砕ける。
「魔王の力を見たか!」
勇者たちが一斉に手をかざした。
直後、ファイアーボールが雨のように降る。
俺は掌の魔法陣で必死にさばいた。
「うぉおおおお! あつっ!」
さらに氷、雷撃、光の矢、風の刃が飛んでくる。
「なぜ全員、無詠唱で魔法を撃ってくる!?
最近の勇者は作法も知らんのか!」
「勇者なら詠唱くらいしろぉお!」
叫んだ直後、隕石が俺の心臓を貫通した。
直後、ファイアーボールの業火が俺を包み込む。
◇
たかが燃やされ、心臓を潰された程度で死ぬ俺ではない。
……ないはずなのだが。
ものすごい勢いで死に近づいている。
倒れ込んだ俺を、勇者たちが氷で縛り上げた。
「女神……この世界には、まさかだが……勇者しかいない、なんてことは」
女神の声が優しく響く。
『魔王はあなた一人です』
「……」
『もはやこの世界に、勇者以外の人類は存在しません』
街中の勇者たちが、剣を掲げた。
終わった。
また殺される。
そう思った、その時。
俺を縛っていた氷が砕かれた。
「……お前は」
目の前にいたのは、僧侶の勇者だった。
「まさか、助けてくれるのか?」
僧侶は静かに首を横に振った。
「これは母の分」
腹を刺された。
「ぐはぁ!?」
「これは父の分」
頭を斬られた。
「かはっ!」
「これは弟の分」
胸を刺された。
「待て! お前の親族に何をしたか覚えておらん!」
「これは昨日、銅像で転んだ膝の分」
「最後のは関係ないだろぉおおお!」
俺は天に向かって叫んだ。
「女神! 助けてくれ! 勇者に殺される!」
『わかりましたぁ。では、こちらに連れ戻しますね!』
『テレポート』
視界が白く染まった。
◇
気づけば、俺は女神のいる白い空間に戻っていた。
「はぁ……死ぬかと思った」
俺はその場に座り込んだ。
「いや、何度も死んだ経験はあるが……」
『あれ? 魔王様。もう戻らないんですかぁ?』
「あんなところに戻ってたまるか!」
『では、ここで暮らすんですね』
「当たり前だ。勇者しかいない世界など地獄だ」
女神は笑った。
まるで、最初からそうなると分かっていたかのように。
『そうですか……ふふ』
女神はゆっくりと近づき、俺の肘を掴んだ。
「なにをする? あの地獄に、また送る気か!?」
『そんなわけないじゃないですか』
その声は、ひどく甘かった。
『魔王様が自分からここにいてくれるなんて、初めてです』
「……何?」
女神の指が、俺の腕に絡む。
『ずっと送り続けました』
女神は微笑んだ。
『勇者が世界に満ちるまで』
背筋が凍った。
「まさか……」
『だって、魔王様はいつも魔王城に帰ろうとするんですもの』
『だから、居場所を奪えば……』
「お前……」
『勇者しかいない世界なら、もう戻りたくないでしょう?』
女神は俺の腕を抱きしめた。
『ようやく……』
その笑顔は、あまりにも満ち足りていた。
『これからは、ずっと一緒ですよ。アルベルト様』
ようやく思い出した。
俺が本当に恐れていたものは。
この女だ。
『ふふふ』
女神の手に、一本の剣が現れた。
僧侶が持っていたのと同じ形。
「お前……の名は」
声が震えた。
「勇者アルス」
女神はうっとりと微笑んだ。
『やっと思い出してくれましたね。アルベルト様』
聖剣が淡い光を帯びる。
『ヒーリング』
勇者と魔王しかいない世界
― 完 ―
作者です。ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
一部にAIを使用しておりますが、物語の構成・構想・セリフは私が手がけています。
普段は長編小説を書いていますが、
今回は気分転換に短編を書きたくなり、2時間ほどで一気に書き上げました。
ノリがすべての作品です。
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