愛人は貴族の嗜み?それなら私は天才王子の公妾になりますね
「エルミナ、紹介しよう」
貴族学園の卒業を控えたある日、婚約者のレオン様との放課後のお茶の席。
彼はなぜか、ピンク髪の男爵令嬢を同席させた。
「俺の恋人、ミレイユだ」
「恋人」と紹介された一年生のミレイユは、勝ち誇ったような笑みを私に向ける。
「愛人は貴族の嗜みだ。だから婚約中に恋人をもつのも、別に問題ない」
「…」
「ガリ勉にはわからないかもしれないが、これが男の甲斐性ってやつさ」
そしてまるで、決め台詞のように言うのだ。
「妻をもちながら愛人も養ってやるなんて、男の中の男だろ?」
ミレイユは当然、彼の味方をする。養ってもらいたいのだから。
「ミレも本当にそう思いますぅ♡レオン様かっこぃぃ♡♡」
レオン様の顔に、にやりと笑みが浮かぶ。
「貞淑な妻と可愛らしい愛人から同時に愛されることが、選ばれし男のロマンだ」
「選ばれし男」にも疑問が残るが、それよりも「同時に愛される」という前提は、どう考えても成立しない。
私は彼を愛していないのだから。
とうの昔に、愛想は尽きている。
同級生に影響されて花街や仮面舞踏会に出入りして成績はどんどん下がっているのに、何度忠告しても「俺は天才だから、やる気になればできる」と笑って。
レオン様が、「あの方」のような天才なはずがない。
よくて「中の中」。
伯爵家にようやく生まれた跡取りで、年老いた両親に溺愛されて子どものまま育った彼。
魔法学園では自分より家格の低い取り巻きにちやほやされて慢心し、そこそこの才能を磨こうともせず堕ちるばかりなのに、自己肯定感だけやたら高くて。
そんな彼を、「婚約者だから」という理由だけで愛せるはずなどないのに。
ついため息が出てしまう。
「ああ…心配だよな。でも大丈夫だ」
心配ではなく呆れているのに、彼は「私が恋人の登場に落ち込んでいるのだ」と、いいように誤解する。
「ミレイユを愛人にしても、エルミナは正妻として尊重される。俺は二人とも平等に愛せる男だから」
それが「自分勝手な甲斐性」の定義なのだと理解して、何を言っても無駄だと悟る。
「…そうですか」
私がそれだけ返すと、レオン様は不満げな顔をした。
「なんだよ、その反応。もっとさ…他にあるだろ?」
「他に…とは?」
「俺と結婚できるうえに、妻として尊重されることが嬉しいとか」
信じられないが、どうやら本気で言っているらしい。
「そうは言われてもミレイユと競うのは不安だから、俺のためにもっと自分磨きを頑張る、とか」
眩暈がする。
人を見かけで判断するのは良くないが、どう見ても頭の軽そうなこのピンク髪の一年生に、見習うべきところがあるとは思えない。
「レオン様、そんな風に言っちゃエルミナ様が可哀そうですぅ♡いちおだけど、未来の正妻なんだしぃ♡」
「ミレイユは優しいな。でもエルミナはもっと俺のために努力しなきゃだめなんだ」
「男に媚びる才能は素晴らしいのかも」と無理やり考えると、吐き気までしてきた。
「レオン様のお考えがどうあれ…私の感情は、誰かに強要されるものではございません」
それだけ言って、踵を返す。
「おい、待てよ!茶は!?」
レオン様の声が追いかけてくるけれど、振り返ることはない。ほんの少し残っていた「幼いころからの婚約者に対する情」も枯れ果てた今は、ただできるだけ早くテラスを離れたい。
「彼から離れる」と心に決めて。
◆◆◆
私は婚約破棄のために奔走したけれど、すべて徒労に終わった。
「傍流の我が家から本家に婚約破棄を言い出すなど、できない」
「愛人程度、許してあげなさい」
父に訴えた結果は、「家ぐるみで、何も言わずに我慢」という返事。気持ちを汲み取ってもらうことすら、できない。
ならば、とレオン様の寮を訪ねて「婚約破棄していただいて構いません。どうぞあの恋人と婚約なさってください」と訴えても、にやりと笑ってこう言われるだけ。
「やきもちか?」
怒りと呆れのあまり、その場で何も言えなかった自分が、情けない。
震える脚で戻って来た寮の自室。机を叩きすぎて、手が真っ赤になる。
「…どうしたらいいの?このまま結婚するしかないの?」
誰にも届かない気持ちを抱えて、顔を覆ったとき。
「エルミナ、私だ」
控えめなノックのあとに聞こえた、深くて優しい声。その声を聞くだけで、心が軽くなるようで。
「…殿下?」
魔法科のクラスメイトである、オルフェウス第二王子殿下。
彼こそ、本物の天才。
「研究旅行中では?」
「予定より早く帰ってきたんだ」
殿下のうしろのずらりと控えている侍従たちが、疲れた顔をしている。
「エルミナと婚約者のことを聞いて…心配で」
私は慌てて頭を下げた。
一体、どこからどう伝わったのだろう。
まさか私のためだけに予定を早く切り上げて帰って来たなんてことは、ないと思うけれど。
「内々のことで殿下にまで心配をおかけするなんて」
「謝ることはない。心配するかどうかは私の自由だ」
迷いのない、さっぱりとした物言いに、思わずくすりと笑いがこぼれる。
このお方は魔法の天才であるばかりか、私の心を軽くする天才でもいらっしゃる。
「君は…エルミナは、私にとって大切な存在なのだから」
少しの間が空いて、「無二の親友だからな」と続けられる。
「魔法式にかける君の情熱と才能を、心から尊敬しているんだ」
私は魔力を火や水に変換して実際に使う「具現化」よりも、背景にある魔法式の解析や開発が得意だ。
重要なわりにとにかく目立たない分野だが、殿下は入学当初から私の魔法式を「素晴らしい」と評価してくださった。
両親にもレオン様にも理解してもらえなかった私の情熱を、ただ一人認めてくれた方。
だから「尊敬」や「無二の親友」というもったいないお言葉も、素直に信じられる。
「そう言っていただけて、どれほどありがたいことか」
「言うだけなら簡単だ。ただ私は、それで終わりたくない」
「…?」
「エルミナ、君のために行動させてほしい。ずっと君を見ていたのに…動くのが遅すぎた」
見ていた、とは?
それを聞く前に、殿下が続ける。
「ブラント伯爵令息なりに君を好いているようだったから手を出さずにいたが…こんなことになるなんて」
「何かしたい。何ができる」と聞かれて、私は視線を落とした。婚約自体に不備はないのだから、第二王子とて手の出しようがない。下手に手を出せば、王家の介入だ王族のえこひいきだなんだと言われてしまう。
「何も」と首を振ると、ギリっと殿下が歯を噛む音がする。
「では結婚するのか?あんな男と?」
婚約者のことをはっきり「あんな男」なんて言われて、私は思わずまた笑ってしまう。
「ふふ…仕方ありません。私も貴族の娘ですから」
「笑い事ではない」
本当に心配してくれているのがわかって、素直に「嬉しい」と思う。けれどもう、私は諦めていた。
「卒業と同時に、レオン様と結婚します」
心配してくださる殿下に、さよならを告げるように笑いかける。
結婚当初から愛人のいる夫に、嫁ぐ。
意趣返しをしたくても、私が愛人をもつことはできない。「いつかレオン様との間に生まれる子」の正統性が疑われるようなことは、あってはならないのだから。
「あんな男のために、泣かないでくれ」
いつの間にか涙が頬を伝っていて、オルフェウス殿下の指が涙を拭ってくれる。
「うっ…うう…申し訳…ありませ…んっ…」
「正攻法で婚約解消ができないのならば、こんな案はどうだろうか」
それは…私の人生を一変させる提案だった
◆◆◆
卒業パーティー当日、俺は会場でエルミナを待ってやっていた。ミレイユと一緒に。
エルミナ、早く来ないかな。
凝ったドレスを贈ってやったから、着るのに手間取っているのかもしれない。俺のために、必要以上に化粧しているのかもしれない。
薄化粧でも十分可愛いから、許してやるのに。
右にエルミナ、左にミレイユを置けば、「成績優秀で清楚な婚約者とドジっ子で可愛い恋人、どちらにも愛される俺」の完成。
名門伯爵家のたったひとりの跡取りで、剣の腕もあり、見た目もいい。そんな男だけに許されるシチュエーション。
男子生徒たちが俺に向けるだろう羨望の眼差しを想像するだけで、ぞくぞくと気持ちよくなる。
「エルミナ様ったら、遅くないですかぁ?」
「そうだな」
「傍流の子爵令嬢のくせに、レオン様をお待たせするなんてぇ!ミレだったらレオン様に会いたくて、絶対早く来ちゃうのにぃ♡」
「まったくだ」
あとできっちり指導してやらないと。
俺の前でもじもじするばかりだったエルミナは、いつの間にか口うるさくなった。そのうえ魔法科の首席を、「天才」と争ったりして。
「卒業したらすぐ結婚するんだから、頑張る必要ないだろ」
そう言うと彼女は「認めてくださる方がいるので、期待を裏切りたくない」と口答えしたのだ。俺に守られるはずの女の子が手の届かない存在になったようで、あれは相当イラついた。
と、周囲がざわめく。
「エルミナ様、なんで…っ」というミレイユが息を飲み、俺は視線を上げた。
「おいエルミナ、遅いじゃないか」という言葉が、途中で消える。
上質で艶やかなネイビーのドレスを纏ったエルミナ。だけどそのドレスは、俺が贈ったものじゃなかったから。
ざわめきが遠ざかっていく。
「な、なんで…」
ミレイユを振り払う。足が勝手に動いていた。
「レオン様、ごきげん…」
「俺が贈ったドレスはどうしたっ…!」
エルミナは首をかしげる。本当に「何を言っておられるのですか?」という顔で。
「…いただいておりませんけれど?」
そして隣の男に目を向ける。
「まさか…《《オルフェウス》》、なにかしたの?」
そのとき初めて、エルミナに腕を出している背の高い男に目が行く。エルミナに気を取られていて今まで気づかなかった。
俺よりずっと濃い金髪に、赤い目。
…魔法の天才、オルフェウス第二王子殿下。
「エルミナに似合わない軽薄なドレスだったので、処分させてもらったよ」
金と薄いピンク…俺の色のドレスが…そんな簡単に…
「そもそもなんでエルミナが殿下と…っ!」
立派な裏切りだ。俺に恥をかかせやがって。
「お前は俺の婚約者だろうが!」
掴みかかろうとすると、反対に腕を掴まれた。すごい力で。
「そのような態度で、彼女に接するな」
「し、しかし…こいつは俺の婚約者で…」
「確かにそうだが、同時に…」
焦る俺の声に、淡々とした殿下の声が答える。
「私の公妾になる女性でもある」
理解が、追いつかなかった。
「意味がわかるか?」
公妾の、意味?
公妾っていうのは、王族がもてる「特別な愛人」で、地位も正妃並みに高くて…
公妾になったら、夫よりも、自分が仕える王族を優先するのが当然…
エルミナが…俺よりも殿下を優先して…当然!?
「そんな…!俺に無断で…俺の妻なのに…許可もなしにそんなの絶対おかしいっ!」
「許可なら君の父が出している」
「なっ…!?」
父は「エルミナに配分される公妾予算」の一定額を受け取ることで同意したらしい。
「君はまだ彼女の夫ではない。伯爵家においてもなんの権限もない、ただの子どもだからな」
手がぶるぶると震えてくる。エルミナが…俺の妻が、王子殿下に腕をとられて幸せそうにしているなんて、間違ってる。
「ご安心を、レオン様。私はあなたの妻となりますわ」
エルミナが笑う。晴れやかに。
「ただし…”あなたのことを愛している妻”にはなりませんけれど」
「あ…」
がらがらと、思い描いていた未来が崩れていく。
「男のロマンとやらは、諦めてくださいましね」
息が苦しくなる。立っていられなくて、膝をつく。
周囲からの視線が突き刺さる。欲しかった羨望じゃなくて、軽蔑と野次馬根性の視線。
ミレイユが「レオン様ぁ」と駆け寄るけど、俺が欲しいのはお前じゃない。むしろ愛人風情が寄って来るな、邪魔だ。
「エルミナ…なあ、ただのやきもちと気の迷いだよな?そんなに怒ってるなら、ミレイユとは別れてやるから…」
こう言えば許してもらえるはずだ。エルミナは優しいから。昔からずっと優しいんだから。いたずらしても、謝れば最後には絶対許してくれた。
「嫉妬させるようなことをしたけど、俺は昔からずっと君が好きだ…!エルミナも、そうだよな?」
エルミナはにこりと笑って、少し屈む。
ほら、やっぱり許してくれる…
「嫉妬など、しようがありません。あなたのことなんて、露ほども愛していないのですから」
完全に、音が消えた。
でも、だめだ。なんとか引き止めないと。エルミナを失うなんて耐えられない。そんな未来は考えたことがない。
愛人を何人もっても、俺の帰る場所はエルミナなんだから。エルミナにだって、最後には俺しかいないはずなんだから。エルミナもわかってるはずなのに…!
「殿下の寵愛を失ったらどうなる!?俺は助けてやらないからな!収入がなくなって路頭に迷う悲惨な未来が待ってるんだぞ!今戻ってくれば…」
また殿下とエルミナが顔を見合わせて、ふっと笑う。
「私にエルミナ以外の女性は必要ない。妃も公妾も愛人もな」
第二王子殿下は「学友諸君、今の私の言葉をぜひ覚えておいてくれ。そしてもし私がエルミナ以外の女性を側に置いたら、断罪してほしい」と宣言する。
公衆の面前での、永遠の愛の誓い。
それをお膳立てさせられたのは、俺?
忌々しくも誰かが拍手を始めて、それが会場中に広がっていく。
主役は「妻と愛人を侍らせる俺」だったはずなのに。
まるで二人が「愛し合う夫婦」で、俺は横恋慕している間抜けな男。
エルミナが俺の目を見て、心底嬉しそうに微笑む。見たことのないような、眩しすぎて手も伸ばせないような、美しい笑顔で。
「ロマンの末路ですわね、レオン様」
◆◆◆
殿下が提案したのは、「レオン様と婚姻関係を維持しながら、殿下の公妾になること」だった。
王族の公妾。それはただの愛人や恋人ではない。
既婚の貴族女性のみがなれる、公式な立場。
「王族にとって相応の価値をもつ」と認められた者だけに許される地位。予算も与えられ、豊かな暮らしが約束されている。
「私に、それだけの価値があ…」
「君の魔法式ひとつで、誰しもを納得させられる十分な価値がある」
質問をすべて言い切る前に、迷いのない答えが返ってくる。
「まず言うが、これは提案であり命令ではない。君が乗り気でないなら無理強いはしないし、話は聞かなかったことにしてくれ」
選択を、私に委ねてくださっている。
「しかし公妾になれば、意趣返しは十分できる」
私は頷く。
結婚から逃れられず愛人をもつこともできないのであれば、「公妾」が十分かつ唯一の手だろう。
「エルミナと私が相思相愛だと見せつければ、”妻にも愛人も愛される”という彼の幼稚な願望は叶わない。君を下に見たいらしい彼の鼻も折ってやれるだろう。君が”天才に選ばれるほどの女性”だと証明できるからな」
私はふっと唇に笑みを乗せた。
殿下が自分を「天才」と呼ぶのには何の違和感もないことも、殿下のほうがレオン様への復讐に熱心になってくださっていることも、何だかおかしくて。
「すぐに返事してくれとは言わない。ただ…」
殿下が珍しく言いよどむ。
「…?」
「その…エルミナの気持ちとしては…嫌だろうか?公妾と言っても、エルミナが望まないなら変なことはしないと約束するし、一緒に魔法の研究をするだけでも私は十分だから…その…正直に…嫌か嫌じゃないかだけでも…聞かせてもらえたら…」
言い淀んだと思ったら、早口で顔も赤い。もしかして、照れていらっしゃるのかしら。
「嫌ではありません。お申し出を光栄に思います、殿下」
ぱあっと殿下の顔が輝く。けれど私は首を振った。
「けれど、お断りいたします」
殿下の提案を受け入れれば、レオン様への復讐は叶うだろう。けれど公妾になってしまえば、私自身が、より大きな苦しみに晒されかねないから。
殿下はぎゅっと私の手を握った。
「エルミナが心配していることはわかる。公妾は享受できる繁栄が大きいほど、代償も大きい立場だ」
夫との仲は冷え切るし、正妻に殺された公妾もいる。
「私が君を全力で守る」
「それだけではありません、殿下」
いつも私を気にかけて、励まし、褒め、質問し、聞き、笑いかけてくださる殿下。
「第二王子と、婚約者のいる子爵令嬢」だからと、自分の気持ちに気づかないふりをしてきたけれど、本当は私は…
殿下のことが好き。
だからこそ…
「いつか殿下に愛する方ができたとき…私は…」
私はきっと、嫉妬に狂い、立場に固執し、殿下との友情すら失ってしまうだろう。
「ああ、それは考えたことがなかったな。確かに寵愛を失った公妾の行く末は、悲惨だと聞くが」
殿下は私の顔を覗き込む。
「だけど考える必要がないから、考えなかったんだ」
「え…」
「私はエルミナだけいればいいから」
その目は微笑んではいるけれど、真剣そのもので。
「他に公妾はもたないし、妃も迎えない」
「妃をお迎えにならないなど、陛下がお許しにはならな…」
「なる。私の魔法を盾に取れば、父も兄もうるさいことは言ってこない。認めないなら、今後一切魔法を行使しないとでも言えばいい」
この国において、彼の魔法はそれほどの価値を持つから。
「私には、エルミナだけいればいい」
それはまるで、子どものころ夢に見ていた、愛の告白のようで。
だからこそ、確かめずにはいられない。
「殿下は私を…愛してくださっているのですか」
殿下が口を開くまでが、とても長く、永遠のように感じられる。
「ああ、愛してる」
一度止まったはずの涙が、また溢れてくる。
「正しい形ではないのだろうし、君の境遇を利用するようだけれど…あの男に渡すくらいなら、卑怯な手を使ってでも私は君を奪う」
今流れているのは、喜びの涙。
「愛してる、エルミナ。ずっと前から」
「…私も、お慕いしております」
誰にも認められたなかった私の才能と情熱を、見出してくれた人。私の心をときめかせ、辛いときにも笑わせてくれる人。
彼と一緒にいられるのなら、形なんてどうだっていい。
「…ご提案を、お受けいたします」
ぎゅっと抱きしめられて、早鐘のような鼓動と温かさが伝わってくる。
「あんな男には…いや、誰にも渡さないから」
◆◆◆
魔法式に優れた才能をもつ公妾。
頑として妃を迎えない第二王子の、最愛の女性。
それが今の私の立場。
国務会議では殿下の隣に座り、意見を述べる。私の考案した魔法式はすでに複数が実用化され、国の防衛と発展に寄与していた。
パーティーに出席すれば、多くの貴族に取り囲まれて、誰もが私の機嫌をうかがう。
肩は凝るけれど、私は充実した毎日を過ごしていた。
ほんの息抜きに、お茶に手を伸ばす。
「エルミナ様、ブラント伯爵が…」
「また手紙?」
「いいえ、直接いらっしゃっておいでです。門番が止めておりますが」
殿下と先代ブラント伯爵と交わした覚書には、「契約時の《《当代》》伯爵への援助」のみが明記されていたので、爵位を継いだレオン様には公妾予算は配分されていない。
なのにレオン様が契約書をろくに読みもせずに「自分にも予算が配分されるはずだ」と散財し、伯爵家の財政は悪化の一途。
学園時代の彼の取り巻きも、私とのコネクションを期待して彼に近づいた人たちも、そしてミレイユまでも、彼から去っていったらしい。
窓から覗くと、門の前で喚いている彼が見える。
門番も慣れたもので、「寂しいですね、辛いですね」「でも、もっと嫌われてもいいのですか?」などと、まるで駄々っ子の坊ちゃんをなだめるように接している。
「エルミナ!エルミナァ!まだ俺を愛してるだろ!?金と一緒に戻ってきたら許してやるからっ!家に帰ってこい!」
彼がなりたがった「甲斐性のある男」は影も形もない。「優しい妻」の幻想を追いかけて、私に金をねだるしかない、憐れな男。
「外が騒がしいな」
愛しい声がして、首に重い腕が回される。
「夫がごめんなさい、オルフェウス」
オルフェウスはむっとした表情を浮かべる。
「あんな男を夫と呼ばないでほしい」
「でも事実、夫だもの」
「レオン」と呼ぶことはすでに禁じられているから、「夫」まで禁じられては、彼をどう呼べばいいのかもはやわからない。「哀れなクズ」とでも呼べばいいのだろうか。
「門番が一等気の毒だわ。私が直接追い払わないと」と立ち上がろうとすると、「だめだ」と引き止めらえる。
「君の目にあいつが映ると思うだけで…」
「ふふ」
一緒に暮らし始めてから知ったけれど、私が思うよりもずっと、オルフェウスは私を愛しているらしい。
会議のあともパーティーのあとも、「エルミナが他の男の目にさらされてしまった。本当は誰にも見せたくないのに。けれどそれでは君の才能が…」と懊悩しながら口づけしてくるのだから。
私を抱き寄せる腕は、「腕の中にずっと閉じ込めておきたい」と言っているように強くて。
私とレオン様の問題に気づいてから彼を監視していたことも含めて、密度の濃い愛情を感じざるを得ない。
「だからレオン様が恋人を連れてきたとき、すぐ気づいたのね」
「ああ。彼が君を傷つける前に止められなかったのは手落ちだが」
しかし彼が私を傷つけたからこそ、私は今の道を選べた。
そう言うと彼は、ほっとしたように息を吐いたのだ。許されたような気がしたのだろう。
「…ところで、私が彼に会わず彼を追い払うには、どうすれば?」
「こうしよう」
オルフェウスはがたりと窓を開ける。
レオン様の目がこちらを向いて、歓喜に満ちる。
「エルミナ!エルミナ!!俺だ!お前の愛する夫だ!!」
その彼に見せつけるように、オルフェウスは私の顎に手を添えて、深いキスをした。
「やめろぉおおお!」という咆哮を遠くに聞きながら、甘く絡みつくような口づけを受け入れる。
長い。
「オルフェウス…も、見せつけるのは十分…」
「足りない、まだ…」
切実な声とともに、腰を抱いてもっと近く深く。
「エルミナァアアアア!くそ、くそおおおおおおっ!エルミナァアアアア!」
その声を遠くに聞きながら、私は静かに目を閉じる。
オルフェウスはようやく、「もう見せてやらない」というように窓を閉めた。
窓の向こうで崩れ落ちる男を、私はもう見ない。
「あれ」はもう、愛情と称賛に溢れた私の人生には、関係のない人間だから。
これが、本当に「選ばれた」女の結末。
いいえ、自分で「選んだ」女の結末だ。




