第2話 私たちはなぜ働かなくてはならないのか
初出:令和8年3月3日
私たちはなぜ働かなくてはいけないのでしょうか。
1.「働かざる者食うべからず」とは
「働かざる者食うべからず」という言葉があります。
もともと旧約聖書の言葉ですが、ロシア革命のとき、レーニンがスローガンとして使用したので有名になった言葉のようです。
共産主義者レーニンが意味する「働かざる者」とは資本家、財閥、地主を指し、通常私たちがイメージするそれとは少しニュアンスが違っていたようです。
レーニンの定義では、工場で働く工員は「働く者」、工場のオーナー経営者は「働かざる者」でしょう。
投資家などはすべからく「働かざる者」に分類されるかもしれません。
一方、同じ投資サービスでも証券会社に勤める社員で給料だけで生活している人は「働く者」、証券会社のオーナー社長や会社の株主は「働かざる者」なのでしょうか。
これに対し、私たちの通常のニュアンスでは、工場を所有する製造業であれ、証券会社であれ、会社の社長や株主は「働く者」に分類されます。しかも資本主義経済では彼らは最もステータスの高い「働く者」とみなされているかもしれません。
また工場でよく働く工員も「働く者」ですが、仕事をさぼる工員は「働かざる者」でしょうか。
一方、その工場の入社試験に落ち、ニートや終活状態の若者は「働かざる者」に分類されるようです。
もともと旧約聖書の「働かざる者」の概念は、レーニンのスローガンより私たちが日常で考えている解釈の方が近いかもしれません。
2.社員は脅迫されている
ところで「働かざる者食うべからず」という語を私が人生で一番耳にしたのは、新卒で就職した企業の新人研修のときでした。
部署に配属される前に役員や部課長、先輩社員の講和を三ヶ月間聞かされました。
その中で「働かざる者食うべからず」の原則で、無断欠勤した社員は減俸、解雇の対象となる社員規則があることを知りました。
また病気や怪我で長期入院した場合、労働組合との話し合いで1年半は休職扱いになるが、それを過ぎるとクビになるとのこと。
総務部の先輩社員は「働かざる者食うべからず」を何度も連発しました。
人間は長期間食べないと餓死します。「働かざる者食うべからず」は「働かざる者生きるべからず」と同義です。
企業の経営陣が「働かざる者食うべからず」を口にするとき、さながら彼らが社員のこめかみに銃を突きつけ、「働かないと殺す」と脅迫しているようなものだと連想するのは私だけでしょうか。
3.働かなくても生きてけるAI未来社会
ところで私たち全員が働くことを放棄したらどうなるか思考実験してみましょう。
娯楽や贅沢品の財・サービスを提供する人や企業が消滅しても、私たちの日常生活が直ちに死活問題と直面することはなさそうです。
しかし生活必需の財・サービスを提供する人や企業が消滅した場合は違います。
本シリーズの前回のエッセーでも書きましたが、農業を営む人がこの世からいなくなったら私たちの食糧がなくなり、私たちは餓死します。
大工さんがこの世からいなくなれば私たちはホームレスになり、医者や看護師がいなくなれば、命を落とす病人もいるでしょう。
特に生活必需物資関連においては、だれかがどこかでなんらかの仕事をしなければ、私たちは日常生活を維持できません。
また働きたい人だけが働き、働きたくない人は働かないでも働いた人から徴収した税金で生きていける社会にする場合、最初はともかく、そのうちに働きたい人がいなくなってしまう懸念があります。
高齢者や障害者などハンディーを持つ人だけを”働かなくてもいい特権階級”にするならともかく、だれもが働かなくてもいいことにすると、多くの人が働かない方が楽だと考えるようになり、健康な若者の大半が働かなくなってしまいます。
だから私たちだれもが働かなくてはならない、というのが昔からメディアやアカデミズムから連発されるイデオロギーです。
ところがここへ来て、米国の実業家、イーロン・マスク氏が興味深い提案をしています。
AIが発達すれば、私たちは働かなくてもいい世の中になる。マスク氏はそう主張し、AIビジネスを楽観的に語ります。
事実、ホワイトカラーの仕事はAIでどんどん代替できるようになっていきます。
そのおかげで大企業は黒字リストラが盛んです。
ブルーカラー労働者は今のところ相対的にAIによる代替はあまり進んでないようです。でもロボットにAIを搭載したり、PCでロボットを制御したらどうでしょう。
肉体労働や精密作業も早晩、AI付ロボットたちが人間たちから仕事を奪っていくでしょう。
今のところAIの恩恵を被っているのは経営者であり、雇われのサラリーマンたちはAIのおかげでリストラに怯えているだけです。
どうして私たちはAIの負の側面しか影響を受けないのでしょうか。
4.「小人閑居して不善をなす」とは
「小人閑居しえ不善をなす」という言葉があります。
これは社会の支配者階層向けのことわざでしょう。
一般大衆を暇にしておくと、政府の政策や社長の経営の欠点を見つけて批判したり、テロ活動をしたり、労働運動をしたりして、ろくなことがない。よって一般大衆は意図的に忙しくさせ、暇を与えない方が支配者階層にとって都合がいい。
こうした考えから、行政や経営者たちは不当に私たちから暇を奪っているのではないか。
これが私の長年の仮説です。
産業革命以降から、一般大衆は1日8時間以上、働くようになったらしいです。
中世では労働時間は1日4時間程度との研究もあります。
週休二日制もまゆつばです。なぜ週休三日制や四日製にならないのでしょうか。
AIをフル活用すれば、私たちの労働時間は大幅に削減できるはずです。しかしそうならないのは世の支配者階層が私たちに暇を与えない政策をとっているからではないでしょうか。
「働かざる者食うべからず」は支配者階層が私たちを怠けさせないための訓戒であるならば、「小人閑居して不善をなす」は支配者階層のための教訓であって、私たち被支配者階層には意味をなさない言葉です。
私たちはなぜ働かなくてはならないか。
今回の結論として、私たちは支配者階層に不当に働かされている可能性がある、という仮説をご紹介しました。
この仮説の詳細についてはまだページが必要ですが、次回以降に述べることにして、今回はここで筆を置きます。
(つづく)




